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第36話:王都の聖女様が『神託』を下したようですが、内容は『アレクサンドラは魔王』だそうです


 王都、王城の大広間。

 そこには、国の中枢を担う貴族たちが集められ、異様な熱気に包まれていた。


 玉座には、病床の国王に代わり、ジェラルド王太子が座っている。


 だが、今日の主役は彼ではない。

 その隣に立つ、ピンク色の髪の少女――男爵令嬢ソフィだ。


「皆様、聞いてくださいまし!」


 ソフィが悲痛な声を上げた。

 彼女は純白の聖女の衣を纏い、瞳に涙を溜めている。

 その姿は、見る者の保護欲をかき立てる「儚さ」の結晶だった。


「昨夜、女神様から『神託』が下りましたの……! 我が国に、滅びの危機が迫っていると!」


 ざわっ……。


 貴族たちがどよめく。

 ソフィは「聖女」として認定されているわけではない。だが、彼女には不思議なカリスマ性――あるいは『魅了(チャーム)』の力があった。


 彼女の言葉は、人々の心の隙間に入り込み、理性を麻痺させる甘い毒のようだった。


「滅びの危機とは、何事か!」


「魔族の侵攻か!?」


 貴族たちが問うと、ソフィはふるふると首を振った。


「いいえ。敵は外から来るのではありません。……北の辺境、カルスト領に巣食う『魔女』こそが、国を食い荒らす元凶なのです!」


「魔女……?」


「そうですわ! 北の魔王! アレクサンドラです!」


 ソフィが叫んだ。


「あの方は、悪魔に魂を売り渡しましたの! その証拠に、彼女は人の身に余る怪力を手に入れ、善良な人々を洗脳し、異形の怪物(マッチョ)へと変えているのです!」


 ジェラルドが立ち上がり、言葉を継ぐ。


「ソフィの言う通りだ! 現に、調査に向かった近衛騎士団も、我が父のように慕っていたバーデン公爵も、彼女の毒牙にかかり、変わり果てた姿となってしまった!」


 ジェラルドは拳を震わせた。

 彼にとって、ムキムキになって帰ってきた公爵の姿は、トラウマ以外の何物でもない。あんなものは人間ではない。魔改造された生物兵器だ。


「さらに! 彼女は隣国バルガと結託し、国王を人質に取り、3万の軍勢を我が物顔で使役しているという情報もある!」


 それは事実(半分くらい)だっただけに、説得力があった。


「なんということだ……!」


「バーデン家の娘が、そこまでの悪魔だったとは!」


 貴族たちが青ざめる。

 恐怖が伝染していく。

 ソフィは心の中で、ほくそ笑んだ。


(おっさんたち、マジ、ちょっろ)


 彼女は転生者だ。

 ここは乙女ゲームの世界。本来なら、自分がヒロインとして愛され、アレクサンドラを断罪してハッピーエンドを迎えるはずだった。


 だが、シナリオは狂った。


(にしても、アレクサンドラ……あいつなんなの!? ラスボスにでもなる気!?)


 ソフィは焦っていた。

 このままでは、自分が主役の座を追われる。

 ならば、シナリオを書き換えるしかない。

 アレクサンドラを「人類の敵」に仕立て上げ、国中の戦力を結集して叩き潰すのだ。


「皆様! 戦わなくてはなりません!」


 ソフィは両手を広げ、演説した。


「このままでは、王都も筋肉……いいえ、闇に飲まれてしまいます! 聖なる光の下、魔王兼魔女のアレクサンドラを討伐し、囚われた人々を解放するのです!」


「おおお……!」


「聖女様万歳! 魔女を倒せ!」


 広間は熱狂に包まれた。

 ジェラルドは満足げに頷き、高らかに宣言した。


「直ちに『魔女討伐令』を発布する! アレクサンドラを王都へ召喚し、公開裁判にかけるのだ! 逆らうようなら、王国軍全軍をもって殲滅する!」


 こうして、王都の総意として、アレクサンドラへの宣戦布告が決定された。

 彼らは信じて疑わなかった。

 正義は我にあり、と。


 しかし、彼らは大きな計算違いをしていた。

 彼らが相手にしようとしているのは、魔女などという生易しいものではない。

 物理法則すらねじ伏せる、「筋肉の化身」であることを。


 ◇


 数日後。カルスト領。


 私は神殿(ジム)のカウンターで、届いたばかりの書状を読んでいた。

 差出人は、ジェラルド王太子。

 仰々しい封蝋がされた、極厚の羊皮紙だ。


「……なるほど」


 私は読み終えて、ため息をついた。


『罪人アレクサンドラに告ぐ。貴様の悪行は露見した。悪魔と契約し、禁忌の肉体改造を行い、隣国と通じて国家転覆を企てた罪により、王都への出頭を命じる。拒否すれば、王国軍5万が貴様の領地を焼き払うであろう』


「お嬢様、何と書いてあるんですか?」


 トムが心配そうに覗き込んでくる。


「招待状よ、トム。王都で大きなパーティーがあるみたい。私が主役ですって」


「パーティー? ……嫌な予感がしますね」


 トムは筋肉質の首を傾げた。

 野生の勘が鋭くなっている彼は、書状から漂うきな臭さを敏感に感じ取っているようだ。


「要するに、言いがかりをつけて私を処刑したいみたいね」


「処刑!? 大変じゃないですか!」


「ええ。大変ですわ」


 私は立ち上がり、窓の外を見た。

 そこでは、3万のバルガ軍と、100人の弟子たちが、笑顔でスクワットをしている。

 平和な光景だ。

 この楽園を、王国の軍靴で踏み荒らされるわけにはいかない。


「ここでの迎撃も考えましたが、せっかくの農地が荒れてしまいます」


 戦場にするには、丹精込めて育てた野菜たちが可哀想だ。

 それに、売られた喧嘩は、相手の土俵で勝ってこそ気持ちがいい。せっかくやり合うなら、私はそういうカタルシスが欲しい。


「行きましょう、王都へ」


 私はニヤリと笑った。


「ちょうど、お父様が作った『王都支部』の視察もしたかったところですし。ついでに、王都の人々にも、筋肉の素晴らしさを説いて差し上げましょう」


「……お嬢様。目が笑っていませんよ」


「気のせいよ」


 私は手錠の鎖を指に巻きつけ、拳を固めた。


 魔女? 悪魔?

 違う。

 私はただの、健康的なスローライフ(筋肉)を愛する令嬢だ。

 それを邪魔する害虫は、物理(筋肉)で排除する。


「ルイス様とゼノン様、それにガンドル陛下を呼んでちょうだい。……『遠征』の準備ですわ」


 ◇


 一時間後。

 屋敷の前には、カルスト領が誇る最強戦力が集結していた。


「面白い。王都の研究所にある文献には用があったんだ。ついでに、王城の結界強度でもテストしてやるか」


 ルイスが不敵に眼鏡を光らせる。


「アレクサンドラ嬢の名誉を守るため、この剣を捧げましょう! たとえ相手が国王軍でも、私の愛は止められません!」


 ゼノンが黒剣を掲げる。


「ガハハ! 余も行くぞ! 王国には美味い菓子があると聞いておる! 観光ついでにひと暴れしてやろう!」


 ガンドル陛下がウキウキしている。


 そして、彼らの後ろには、選抜された「筋肉親衛隊(エリート・マッスル)」100名と、おめかし(リボン着用)をしたポチ。


「……戦争でもしに行くんですか?」


 セレスティアが呆れたように言ったが、その手にはしっかりと「王都支店の経営計画書」が握られている。


「いいえ、セレス。これは『パレード』ですわ」


 私は馬車(という名の装甲車並みに頑丈な特別車)に乗り込んだ。


「さあ、出発進行! 目指すは王都! ジェラルド様に、地獄のトレーニングメニューをプレゼントして差し上げましょう!」


「「「「イエス、マスター!!」」」」


 地響きとともに、最強の軍団が動き出した。


 筋肉帝国の逆襲が、今始まる。


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