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第34話:隣国の軍隊と合同演習(スクワット)をしていたら、王都の父から『筋肉の輪が広がっているぞ』と手紙が届きました


 バルガ国軍3万人が「入会」してから、カルスト領の風景は一変した。


「全体、構え!」


 宰相の号令が響き渡る。


「「「「サー、イエス、サー!!」」」」


 地平線を埋め尽くす3万人の兵士たちが、一斉に岩を担ぎ上げた。


 壮観である。

 彼らは整然とした隊列を組み、一糸乱れぬ動作でスクワットを開始した。


 ズシン、ズシン、ズシン。


 3万人が同時に地面を踏みしめるたび、凄まじい振動が発生する。

 しかし、そのリズムは心地いい。筋肉の鼓動だ。


「素晴らしい統率ですわ!」


 私は岩場の上から、拡声器を使って賛辞を送った。


「さすがは軍隊、息がぴったりです! その調子で南側の荒れ地を耕してしまいましょう!」


「「「「了解であります、師匠(マスター)!!」」」」


 兵士たちの目は輝いていた。

 当初は戸惑っていた彼らも、ガンドルの熱血指導と、ゼノンの剣技演舞、そしてポチによる愛の鞭(物理的な追いかけっこ)によって、すっかり筋肉の虜になっていた。


 何より、食事が美味いのが効いている。

 ルイスとセレスティアが手配してくれた大量の食料と、私が開発した新メニュー「マッスルカレー(魔獣肉ゴロゴロ煮込み)」が、彼らの胃袋と心を鷲掴みにしたのだ。


「姉御、次は何をしますか? 崖崩しですか? それとも川の付け替えですか?」


 ガイルたち古参の弟子も張り切っている。

 彼らは今や「先輩」として、新人の軍人たちにフォーム指導を行っていた。

 元冒険者が正規軍に指導する。本来ならありえない光景だが、ここでは筋肉歴が全てだ。


「そうねえ……」


 私は地図(手書きです)を見た。

 3万人の人海戦術(物理)のおかげで、開拓予定地はほぼ更地になっている。

 あとは種を撒き、家を建てるだけだ。


「そろそろ『街』を作りましょうか」


「街、ですか?」


「ええ。これだけの人数が住むには、テント生活では限界があります。石材は売るほど(砕いた岩が)ありますし、みんなでマイホームを建てましょう!」


「うおおおおッ! マイホーム!」


「俺たちの城だ!」


 男たちが歓声を上げる。

 衣食住の最後の一つ、「住」の充実。(衣は男性陣は基本みんな筋肉を見せつけるために半裸なので機能停止)

 これが完成すれば、カルスト領は名実ともに「国」のような機能を持ち始めるだろう。


「アレクサンドラ様」


 そこへ、セバスが音もなく現れた。

 手には手紙が乗った銀の盆を持っている。


「王都より、早馬が到着いたしました。バーデン公爵閣下からの書簡でございます」


「あら、お父様から?」


 私は手紙を受け取った。

 お父様が帰ってから半月ほど。

 きっと、筋肉痛が治ったころだろうか。元気でやっているといいのだが。


 私は封を開け、手紙を読んだ。


『愛する娘、アレクサンドラへ。

 息災か。父は元気だ。すこぶる元気だ。

 お前がくれた緑の粉(プロテイン)のおかげで、ここ数十年悩まされていた肩こりと胃痛が嘘のように消えた。

 今では毎朝、庭の石像を持ち上げるのが日課になっている』


 まあ。

 お父様ったら、すっかりハマっているみたい。


『さて、報告がある。

 私が王都に戻ってから、貴族たちの間で「バーデン公爵が若返った」と話題になってな。

 秘訣を聞かれたので、お前の教えを広めることにした』


 教えを広める?


『現在、王都の貴族街の一角を借りて、「バーデン・サロン(筋肉教団・王都支部)」を開設した。

 最初は物珍しさで集まった者たちだったが、実際に体を動かし、汗を流す喜びを知ると、皆ハマっていったよ。

 今では大臣も、将軍も、騎士団長も、商会の会頭も、皆こぞってサロンに通い詰めている』


「……ええ?」


 私は目を疑った。

 あの上品でプライドの高い王都の貴族たちが?

 サロンで優雅に紅茶を飲むのではなく、プロテイン片手にスクワットをしているというの?


『さらに、王太子殿下の近衛騎士団も、ガルド団長の影響で完全に感化されている。

 彼らは今や、剣の稽古よりも筋トレに熱心だ。

 王都の空気は変わりつつある。

 虚飾と策謀に満ちた社交界が、清々しい汗と筋肉の社交場へと生まれ変わりつつあるのだ』


 すごい。

 お父様、才能あるんじゃないかしら。

 まさか王都のど真ん中で、筋肉の輪を広げているなんて。


『ただし、一つ懸念がある。

 ジェラルド殿下とソフィ嬢だ。彼らだけは、この変化を良く思っていないようだ。

 特にソフィ嬢は、何か不穏な動きを見せている。

 「神の啓示を受けた」などと言って、民衆を集めているらしい。

 十分に気をつけてくれ。

 父より』


 手紙はそこで終わっていた。


「……なるほど」


 私は手紙を畳んだ。

 お父様の活躍は嬉しいが、最後の一文が気になる。


 ソフィ。

 乙女ゲームのヒロイン。

 彼女が「神の啓示」なんて言い出す時は、ろくなことがない。

 ゲームのシナリオでは、聖女として覚醒し、魔王《私》を断罪する展開があったはずだ。


(完璧にルートから外れたってのに、まだ諦めてないのか。しつこ)


 私はため息をついた。

 こっちはもう、王子のことなんて名前どころか、顔すらも思い出せないほど忘れて楽しくやっているのに。

 向こうから喧嘩を売ってくるなら、買うしかない。筋肉の名にかけて。


「どうなさいました、お姉様」


 セレスティアが心配そうに覗き込んでくる。


「いいえ、なんでもありませんわ。ただ、もう少し防備を固めた方がいいかもしれませんね」


 私は3万の軍勢を見渡した。

 彼らがいれば、大抵のことは跳ね返せるだろう。

 だが、油断は禁物だ。


「よし! 休憩終わり! 午後の部は『対人戦闘訓練(スパーリング)』を行います!」


「「「「イエス、マスター!!」」」」


 地響きのような返事が返ってくる。

 頼もしい限りだ。


 どんな陰謀が来ようとも、私たちは筋肉で打ち砕く。

 それが、カルスト領の流儀なのだから。


 ◇


 数日後。

 屋敷の執務室では、ルイスとセレスティア、そしてバルガ宰相による「会議(という名の事後処理)」が行われていた。


「……つまり、バルガ国軍3万名は、当面の間『研修生』としてカルスト領に駐留する。そういうことですね?」


 ルイスが頭痛をこらえるように言った。


「うむ。王が帰らぬと言う以上、我々も帰れぬ。それに……」


 宰相は窓の外、汗を流す兵士たちを眺めて、ふっと笑みをこぼした。


「悪くない。この国は腐敗が進んでいたが、ここは違う。兵たちの目が死んでいない。……バルガも感化され、さらに逞しい国へと変わるかもしれん」


「そうですわね! 生産性も上がりますし、食料自給率も安泰。ウィンウィンです!」


 セレスティアが電卓を叩きながら言った。

 彼女はすでに、3万人の労働力をどう活用して利益を出すか、完璧な計画書を作り上げていた。


「はぁ……。もう勝手にしてくれ」


 ルイスは椅子に深く沈み込んだ。

 彼の懸念は、外交問題ではない。

 もっと根本的なことだ。


 アレクサンドラの周囲に集まる人間が、例外なく「変質」していくこと。

 父である公爵も、敵国の王も、そして宰相までもが。

 彼女の持つ「無自覚なカリスマ(あるいはウイルス)」に感染し、常識を捨て去っていく。


「彼女は、世界を筋肉で塗り替えるつもりか……?」


 それは冗談めいた独り言だったが、あながち間違いではない気がした。

 王都からの不穏な知らせ。

 それが、この筋肉の楽園に対する「旧世界の最後の抵抗」のように思えてならなかった。


(まあ、手出しをするなら容赦はしないがな)


 ルイスの眼鏡が冷たく光った。

 彼はすでに、アレクサンドラのためなら国の一つや二つ、氷漬けにする覚悟を決めていたのだから。


 その時、執務室の扉がノックされた。

 入ってきたのは、ゼノンだ。


「報告します。国境付近に、不審な影を確認しました」


「影?」


「はい。少数ですが、手練れです。おそらく……王都からの『監視者』かと」


 ルイスとゼノンの目が合った。

 敵は、まだ諦めていない。


「泳がせておけ。我々の『戦力』を見せつけてやる良い機会だ」


 ルイスは不敵に笑った。

 3万の筋肉軍団と、規格外の領主。

 その光景を持ち帰った時、王都の上がどんな顔をするか、今から楽しみでならなかった。


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