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第33話:隣国から数万の軍勢が押し寄せてきたので、とりあえず『団体様ご一行』として入会手続きをさせました


 お父様がムキムキになって帰還してから、数日が経った。


 カルスト領は今日も平和だ。

 天気は快晴。絶好の筋肉日和である。


 私は神殿(ジム)の受付カウンター(岩を素手で削って作った)で、会員名簿の整理をしていた。


「うーん、最近少し伸び悩んでいるわね」


 現在の会員数(領民数)は約100名。


 噂を聞きつけた傭兵や武闘家たちがポツポツと入門してくるが、ジムのキャパシティからすればまだまだ余裕がある。

 せっかくルイスとゼノンが広大な農地を開拓してくれたのだから、もっと人手が欲しいところだ。


「お嬢様、大変です!」


 トムが血相を変えて走ってきた。

 彼の極太の足が地面を蹴るたびに、ズシン、ズシンと地響きが鳴る。


「どうしました、トム。プロテインの在庫が切れましたか?」


「違います! あれを見てください!」


 トムが指差した先。

 北の地平線が、黒く染まっていた。


 砂煙が舞い上がっている。

 スタンピードの時と同じだ。

 だが、今回は魔獣の唸り声ではなく、整然とした行軍の足音と、金属の触れ合う音が響いてくる。


「……軍隊?」


 私は目を凝らした。

 掲げられている旗印は、二本の剣が交差した紋章。

 隣国、バルガ王国の国旗だ。


 その数、目算で3万。

 地平線を埋め尽くすほどの大軍勢が、我がカルスト領に向かって一直線に進軍してきている。


「な、なんて数ですか……! これは戦争ですよ!」


 トムが青ざめる(筋肉はパンプアップしたままだが)。


「戦争? まさか」


 私は首を傾げた。

 確かにバルガは軍事国家だが、こんな何もない辺境に攻め込むメリットがない。

 あるとすれば……。


(あ。そゆこと?)


 私はポンと手を打った。


「ガンドル陛下とゼノン様を迎えに来たのですね」


 国王と騎士団長が長期不在なのだ。

 国が心配して、お迎えの馬車を出したのだろう。

 それにしても3万人は過保護すぎる気がするが、王様の送迎ならそんなものかもしれない。


「ちょうどよかったですわ。彼ら、きっと暇を持て余しているでしょうから」


「へ?」


「トム、急いで準備を! 入会申込書を3万枚、印刷(ルイス様の魔法でコピー)してきて!」


「は、はい!?」


 私は立ち上がった。

 これはチャンスだ。


 3万人の屈強な兵士たち。

 彼らが全員、うちの神殿(ジム)に入会してくれたら?

 農地の開拓は一瞬で終わるし、会費(労働力)収入も莫大なものになる。


「団体様ご一行、入りまーす!」


 私は拡声器(魔導具)を手に取り、神殿(ジム)の入り口へと走った。


 ◇


 バルガ国軍、本陣。


 総大将を務めるバルガ宰相は、馬上で険しい顔をしていた。


「……王よ。ご無事でいてくだされ」


 事の発端は、武王ガンドルと騎士団長ゼノンの失踪だ。


 彼らは「ちょっと隣国へ行ってくる」という書き置きを残して消えた。

 その後、国境警備隊から「カルスト領に入ったまま戻らない」という報告が入ったのだ。


 宰相は確信していた。

 二人は拉致されたのだと。

 噂によれば、カルスト領の領主は、魔獣を操り、人を洗脳する恐るべき魔女だという。


 いくら最強の二人とはいえ、卑劣な罠に嵌められた可能性は高い。


「総員、聞けッ!!」


 宰相が剣を抜いて叫んだ。


「我らの目的は、囚われた王と騎士団長の奪還である! 敵は魔女だ! どんな妖術を使ってくるか分からん! 決して油断するな!」


「「「「応ッ!!」」」」


 3万の兵士たちが鬨の声を上げる。

 彼らの士気は最高潮だ。

 愛する王を救うためなら、たとえ地獄の底だろうと進軍する覚悟だ。


 軍勢がカルスト領の境界線を越え、謎の石柱群(ジム)に迫った、その時だった。


『――いらっしゃいませー!!』


 戦場全体に響き渡る、場違いに明るい女性の声。

 拡声魔法だ。


「な、なんだ!?」


 宰相が馬を止める。

 前方の砦の門の上に、一人の少女が立っていた。

 金髪の美女。

 だが、その手首には黒い手錠がかけられている。


『ようこそ、筋肉の聖地バーデン・ジムへ! 本日は団体様のご予約ですね! お待ちしておりましたわ!』


「……は?」


 宰相の思考が停止した。

 ジム? 予約?

 何を言っているんだ、この魔女は。


『これだけの人数ですと、更衣室が混み合いますので、順番にご案内いたします! まずは先頭の部隊から、こちらで整理券をお受け取りください!』


「き、貴様! 我々を愚弄するか!」


 宰相が激昂した。

 これは挑発だ。軍隊を「客」扱いするなど、王国の威信に関わる。


「全軍、突撃! あの魔女を捕らえ、王の居場所を吐かせるのだ!」


 ドラムが打ち鳴らされ、先鋒部隊5000騎が突撃を開始した。

 地響きを立てて迫る騎馬隊。

 普通の軍なら、この圧力だけで壊滅するだろう。


 だが、少女は逃げなかった。

 それどころか、困ったように眉を下げて、マイクに向かって言った。


『あらあら、順番を守れないのは困りますわ。マナー違反のお客様には……』


 彼女がパチンと指を鳴らした。


強制退場(デコピン)です』


 次の瞬間。


 ドゴォォォォォォォォォン!!


 大気が爆発した。

 少女の指先から放たれた衝撃波が、突撃してきた騎馬隊の最前列を薙ぎ払ったのだ。


「ぐわぁぁぁッ!?」


「馬ごと吹き飛んだぞ!?」


 数百人の兵士が、木の葉のように宙を舞い、後続の部隊を巻き込んで将棋倒しになる。

 たった一撃。

 魔力反応すら感知できない、純粋な風圧だけで、精鋭部隊の突撃が止められた。


「な……ッ!?」


 宰相は目を剥いた。

 魔法ではない。


 物理攻撃だ。

 あのか細い腕の、しかも見るからに魔力を抑え込む手錠をされた状態から放たれた一撃が、軍隊を吹き飛ばしたのか?


『はい、そこ! 列を乱さない!』


 少女の声が響く。


『入会希望者が殺到するのは分かりますが、押し合わないでください! 怪我をしたらトレーニングができませんわよ!』


 彼女は本気だ。

 本気で、この軍勢を「マナーの悪い客」だと思っている。


「ば、バケモノか……」


 兵士たちの足が止まる。

 恐怖が伝染していく。

 剣も魔法も通じそうにない、圧倒的強者への本能的な恐怖。


「ひるむな! 数は我らが上だ! 包囲して圧殺せよ!」


 宰相が叫ぶ。

 ここで退けば、バルガの武名に関わる。


 だが、その命令が実行されることはなかった。


「やかましいわッ!!」


 戦場を切り裂くような、雷鳴のごとき怒号。

 砦の中から、二つの影が飛び出してきた。


 一人は、筋肉隆々の大男。

 もう一人は、黒い鎧の騎士。


「へ、陛下……!? それにゼノン団長!?」


 宰相が声を上げた。

 間違いない。探し求めていた二人だ。

 だが、その姿は予想外のものだった。


 王は上半身裸で汗だくになり、騎士団長はクワを担いでいる。

 そして二人とも、鬼のような形相で自軍を睨みつけていた。


「宰相! 貴様、何をしに来た!」


 ガンドル王が吠える。


「余は今、師匠から『トライセット法』の追い込みを受けている最中なのだ! いいところを邪魔するでない!」


「は……? と、とらい……?」


「せっかく筋肉がパンプアップしていたのに、貴様らのせいで冷えてしまったではないか!」


 ゼノンもキレている。


「お帰りください! それとも、我々の邪魔をするなら、全員『スクワット1000回の刑』に処しますよ!」


 宰相は口をパクパクさせた。

 洗脳されているようには見えない。

 むしろ、以前よりも元気そうだ。

 ただ、言っていることの意味が全く分からない。


「さあ、宰相。選べ」


 ガンドル王が仁王立ちした。


「今すぐ回れ右して帰るか。それとも、余と一緒に汗を流して、真の男(マッチョ)になるか」


 王の背後には、アレクサンドラが笑顔で立っていた。

 その手には、大量の入会申込書が握られている。


 3万の兵士たちは顔を見合わせた。

 帰れば処罰されるかもしれない。

 だが、ここに残れば……地獄のトレーニングが待っている。


 究極の二択。

 彼らが選んだのは――。


「「「「入会しまーす!!」」」」


 こうして、バルガ国軍3万名は、一夜にして「筋肉教団・バルガ支部」へと生まれ変わった。

 カルスト領の開拓スピードが、音速を超えた瞬間だった。


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