第30話:お隣と勝手に合併したら怒られましたが、父が王命で視察に来るそうなので「おもてなし」します
屋敷のリビング(元廃墟、現会議室)には、重苦しい空気が流れていた。
テーブルを囲むのは、私、ルイス、ガンドル、ゼノン、そして新しく加わったセレスティア。
そうそうたるメンバーによる、第一回・領地経営戦略会議である。
「……説明してもらおうか、セレスティア」
ルイスがこめかみをピキピキとさせながら、一枚の羊皮紙を指差した。
そこには『カルスト・ジークフリート連合領 設立宣言書』と書かれている。
「兄様の留守中に、私が手続きを進めておきました」
セレスティアは悪びれもせずに紅茶を啜った。
「当家の資金力と流通網を、お姉様の生産力と筋肉に投資する。そのための合併です。合理的でしょう?」
「合理的かもしれんが、違法だ!」
ルイスがバンと机を叩いた。
「領地の合併や譲渡は、国王陛下の許可が必要だぞ! 勝手にこんな真似をすれば、王家への反逆とみなされかねん!」
「あら、事後承諾でいいじゃない。どうせ今の王都は、お姉様を恐れて何も言えないわよ」
「そういう問題ではない! 形式というものがある!」
ルイスが頭を抱えた。
彼は変人だが、貴族としての常識はあるようだ。妹の方がよほど肝が据わっている。
「ガハハ! 細かいことを気にするな、眼鏡!」
そこで、ガンドル陛下が豪快に笑い飛ばした。
「王の許可など待っておれん。……いっそのこと、余がこの地をバルガ国の領土として宣言し、囲い込んでやろうか?」
「なっ!?」
ルイスが絶句する。
「他国の王が、隣国の領土を勝手に併合宣言? ……それは『侵略』です! 即座に全面戦争になりますよ!」
「構わんよ。余の国は強いぞ? それに、この国の王とは古い付き合いだ。余が直々に『ここは貰った』と言えば、文句は言えまい」
ガンドルは本気だ。
筋肉外交ここに極まれり。
「師匠、どうだ?」
ガンドルは私の手(手錠つき)をガシッと握りしめた。
「余があと20若かったら、国ごと貴殿に捧げて嫁に貰うところなのだが……今からでも遅くはないぞ? 我が国の王妃にならんか?」
「えっ!?」
突然のプロポーズに、私は目を白黒させた。
この人、隙あらば嫁にしようとしてくる。
「そ、それは名案ですわ!」
そこで、セレスティアが身を乗り出した。
彼女はメガネ(伊達)をクイッと押し上げ、早口でまくし立て始めた。
「ど、どこが名案だ! 狂っているのかお前は!」
「待ってください、兄様。落ち着いて聞いて。これは感情論ではなく、極めて合理的な『政治的判断』なのです」
「……何がだ!」
「現在、お姉様は王都から警戒されています。暗殺部隊が送られてきたのがその証拠。今は撃退できましたが、次は軍隊が来るかもしれない。王国にいる限り、お姉様は常に『反逆者予備軍』として命を狙われ続けるのです」
セレスティアは地図を広げた。
「ですが! もしお姉様がバルガ国の王妃になれば、話は別です。お姉様は『王国の貴族』から『他国の王族』へとジョブチェンジします。これによって発生する『外交特権』は絶大ですわ!」
彼女は指を一本立てた。
「第一に、不可侵権。王妃に対する攻撃は、即ちバルガ国への宣戦布告とみなされます。今の王国に、軍事大国バルガと戦争をする体力はありません。つまり、王都からの干渉を完全にシャットアウトできるのです」
指を二本立てる。
「第二に、関税障壁の撤廃。現在、カルスト領の産物を輸出するには王国の高い関税がかかりますが、バルガ領となれば直通ルートが開けます。巨大野菜や魔石を、高値で世界中に売り捌くことができる! 利益率は推定400%アップです!」
指を三本立てる。
「第三に、ジェラルド殿下との関係清算。他国の王妃になった元婚約者に、未練がましく手出しをするなど国際的な恥。あの粘着質な王子も、二度と近寄れなくなります」
「……なるほど」
ルイスが唸った。
悔しいが、理に適っている。
アレクサンドラを守り、領地を繁栄させるための手段として、「王妃になる」というのは最強の一手なのだ。
「で、ですが……!」
セレスティアの声が、急に湿っぽくなった。
彼女はハンカチを取り出し、目元を拭った。
「そ、それはあくまで……政治的な話……! 私の個人的な感情としては……認められませんわ!!」
「え?」
「だって! お姉様があの……失礼ですが、筋肉ダルマの王様のものになるなんて! 美しき女神が野獣に嫁ぐようなものですわ! 夜の営みとか想像したくもありません! 絶対にお姉様の体が壊れてしまいます!」
「ぶふっ」
私は吹き出した。
何を心配しているんだこの子は。
「でも……でもっ! お姉様の安全と、この領地の未来を考えれば……! 私が我慢すればいいだけの話……! うぅっ、お姉様ぁ……!」
セレスティアは机に突っ伏して泣き出した。
どうやら、「尊敬するお姉様の幸せ」と「自分の独占欲」の間で板挟みになっているらしい。
健気というか、面倒くさいというか。
「……セレス。顔を上げて」
私は苦笑して、彼女の頭を撫でた。
「お気持ちは嬉しいですが、その提案はお断りします」
「師匠、なぜだ! プロテイン飲み放題だぞ!」
ガンドルが食い下がる。
「王妃なんて窮屈な仕事、自由を知ってしまった今の私には合いません」
私は窓の外を見た。
弟子たちが汗を流し、ポチが昼寝をしている、平和な風景。
「私は……10年間、王家に嫁ぐことだけを目標にして生きてきました」
前世の記憶。乙女ゲーム『聖女と剣のラプソディ』。
そのシナリオをクリアし、破滅を回避し、幸せな結末を迎えること。
それが私の全てだった。
「でも、婚約破棄されたあの瞬間、どうでもよくなったんです」
王妃教育も、猫をかぶる日々も。
そして、あの……えっと、名前なんだっけ。
ヘラルク? ジェラ……ジェラピケ?
まあいいわ、あの王子のことも。
「今の私には、この場所があります。自分の手で耕し、仲間と作り上げた、大切な場所です」
私は二人の目を見て、きっぱりと言った。
「私は逃げません。他国の庇護下に逃げ込むことも、コソコソ隠れることもしません」
悪いことはしていない。
ただ、領地を豊かにし、美味しいご飯を食べて、筋肉を育てているだけだ。
「もし、それを咎める者がいるなら……受けて立ちます」
王家だろうと、軍隊だろうと。
理不尽な暴力には、それ以上の理不尽な筋肉で対抗するのみ。
「……くぅ~っ! 痺れる!」
ガンドルが身悶えした。
「その心意気! その高潔さ! やはり師匠は最高だ! フラれてしまったが、余はますます惚れ直したぞ!」
「お姉様……! 一生ついていきます!」
セレスティアも涙目で拍手している。
どうやら丸く収まったようだ。
コンコン。
その時、ドアがノックされた。
入ってきたのは、元暗殺者部隊の隊長(現・農作業班長)だ。
彼は顔色を変えていた。
「姉御、緊急報告です」
「どうしました? また巨大イノシシですか?」
「いえ……人間です」
隊長は息を整え、告げた。
「王都方面より、大規模な馬車隊が接近中。旗印は……『公爵家の紋章』です」
「……!」
空気が凍りついた。
公爵家の紋章。
それはつまり。
「父上……」
バーデン公爵。
私の実の父親だ。
「数は?」
「馬車5台に、護衛の兵士が50名。……完全武装しています。どうやら、王家からの命令を受けた『強制査察』のようです」
「……なるほど」
私は顎に手を当てた。
お父様が自ら来るなんて珍しい。
あの人は事なかれ主義だ。自分から面倒ごとに首を突っ込むタイプではない。
つまり、王家から相当な圧力をかけられて、「娘をどうにかしてこい」と尻を叩かれたのだろう。
(可哀想に……。胃薬、持ってるかなぁ)
私は父を恨んでいない。
むしろ、私が無理やり「領地をください」と脅迫して出てきた手前、少し申し訳ない気持ちすらある。
きっと、私が野垂れ死んでいるんじゃないかと心配して、夜も眠れなかったに違いない(私が岩を砕いたトラウマのせいかもしれないが)。
「……面倒なのが来たな」
ルイスが顔をしかめる。
合併問題や、他国の王がいることがバレれば、父は発狂するかもしれない。
だが、私は立ち上がった。
手錠の鎖をチャリと鳴らす。
「ちょうどいいですわ」
私は不敵に笑った。
「お父様には、ご心配をおかけしましたから。元気な姿をお見せしなくては」
娘が、こんなに立派に、逞しく(物理的に)生きている姿を見れば、きっとお父様も安心するはずだ。
ついでに、このカルスト領が王都よりも快適な「楽園」になったことを自慢してあげよう。
「総員、迎撃準備! ……いえ、『おもてなし』の準備ですわ!」
「「「「イエス、マスター!!」」」」
部屋にいた全員が(ルイス以外)声を揃えて応えた。
こうして、筋肉帝国vs実家の父。
愛と筋肉の親子対面が、幕を開けようとしていた。




