第29話:お隣の妹君が殴り込んできましたが、私の苦労話(盛った)を聞いて信者になりました
カルスト領の入り口。
そこには、異様な殺気を放つ二人の人影があった。
ジークフリート領の事実上の支配者、セレスティアお嬢様。
そして、その忠実なる老執事、セバスである。
「ここが噂のカルスト領ね……。空気からして野蛮だわ」
セレスティアは扇子で鼻を覆った。
目の前には、上半身裸で岩を運ぶ男たち(元冒険者&暗殺者)の群れ。
汗と筋肉の楽園が広がっている。
「お嬢様、ご注意を。ただならぬ気配がいたします」
セバスが老眼鏡の位置を直しながら、油断なく周囲を警戒する。
「グルルゥ(お客様ですか? いらっしゃいませ!)」
その時、茂みから巨大な影が飛び出した。
領地の番犬(熊)、ポチである。
ポチは侵入者を排除すべく、5メートルの巨体で二人に襲いかかった。
「キャッ! 魔獣!?」
セレスティアが悲鳴を上げる。
Aランク魔獣の一撃。まともに食らえば即死だ。
だが。
「……失礼」
セバスが動いた。
いや、消えた。
サササッ。
風のような音がしたかと思うと、セバスはポチの背後に回っていた。
その動きは、人間というよりゴキ……いや、俊敏な昆虫のようだ。
「グルッ!?」
ポチが驚いて振り返る。
その鼻先を、セバスが横切る。
サササササッ!
「グルルッ(えっ)! ワンッ(すごっ)! キャンッ(追いかけっこおもしろ)!」
ポチが目を回して倒れ込んだ。
攻撃されたわけではない。
セバスが「サササ」と言いながらポチの周囲を高速移動し、残像で包囲したのだ。
さらにすれ違いざまに、ポチの急所(肉球の間や耳の後ろ)をこちょこちょとくすぐっている。
気配を完全に消した高速移動。
かつて『閃光』と呼ばれた暗殺術の神髄である。
「お嬢様、道は開けました。さあ、こちらへ」
「さ、さすがはセバスね! 動きが気持ち悪いこと以外は完璧よ!」
二人は気絶したポチを乗り越え、屋敷へと向かった。
◇
その頃、私は神殿で瞑想をしていた。
手錠による魔力封印状態にも慣れ、最近では「正座をしたまま動かず地面を破壊(筋肉の圧と気合いで)」することができるようになっていた。
「そこまでよ! 兄様をたぶらかす泥棒猫!」
バンッ!
神殿の入り口で、可愛らしい少女が叫んだ。
銀髪のツインテール。気の強そうな瞳。長い白銀の睫毛。
ルイスによく似ている。
「あら、お客様?」
私は静かに着地した。
後ろには、枯れ木のような老執事が控えている。
ただならぬ気配だ。トム(ムキムキ)とは対極にある、静の強さを感じる。
「あ、あれ……? アレクサンドラはここにいるとセバスが気配で感じ取ったのに……? セバス! 話が違うじゃない! メスオークはどこ!」
「お嬢様。あそこにおられる方が拳聖アレクサンドラ嬢で間違いないかと。あの強者のオーラ、私が見間違うはずもありませぬ」
「え? だ……だって……どう見ても……。い、いえ……! 私はセレスティア・ヴァン・ジークフリート! ルイスの妹よ! あなたがアレクサンドラなの!?」
「まあ、ルイス様の妹君でしたか。ようこそ、むさ苦しいところへ。いかにも、私がこのカルスト領の領主、アレクサンドラ・フォン・バーデンでございます」
私は優雅にカーテシーをした。
手錠の鎖がチャリと鳴る。
「……っ!」
セレスティアが息を呑んだ。
彼女は私を見て、絶句していた。
(か、可愛い……!?)
セレスティアの脳内予想図は崩壊した。
メスオークだと思っていた女は、透き通るような金髪と、宝石のような碧眼を持つ、儚げな美少女だったのだ。
しかも、その手首には痛々しい手錠がかけられている。
「な、なによその格好! 手錠なんてして……被害者ぶるつもり!?」
「いいえ。これは修行ですわ」
「修行? そんなか細い腕で?」
セレスティアは困惑した。
兄が夢中になるのも分かる。この美貌だ。まともな男なら誰でも傍に置きたいと思うだろう。
だが、許すわけにはいかない。
「単刀直入に言うわ! 兄様から手を引きなさい! 貴女のような得体の知れない女に、ジークフリート家に関わってほしくないの!」
「手を引くも何も、私はルイス様に『研究』されているだけですけれど」
「嘘よ! 兄様は毎日、鏡を見てニヤニヤしながら出かけてるのよ! あんなの恋する乙女……じゃなくて男の顔よ!」
それは多分、新しい実験データを思いついてニヤついているだけだと思うのだが。
「それに、こんな辺境で何をしているの? 王都を追放されたってセバスから聞いたけど、本当は何か企んでいるんでしょう!」
彼女は私を指差した。
敵意満々だ。
これは、誤解を解くのが大変そうだ。
(……はいはい。ブラコンね。あるある。めんどいし、同情誘っとくか)
私は伏し目がちに、寂しげな笑みを浮かべた。
悪役令嬢としての処世術、「悲劇のヒロイン・モード」発動だ。
「……企むなど、とんでもない。私はただ、生きるのに必死なだけです」
「え?」
「10年前……。私は自分の『呪われた力(怪力)』に気づきました。この力がバレれば、私は化物として処刑される。そう思った私は、必死に猫をかぶり、息を潜めて生きてきました」
私は手錠を撫でた。
「でも、婚約破棄され、全てを失ってこの地に来ました。荒れ果てた大地、襲い来る魔獣。……ここで生きていくには、私は『化物』になるしかなかったのです」
嘘は言っていない。
ちょっと表現をドラマチックにしているだけだ。
「この手錠は、強大すぎる己の力を抑え込むための戒め。そして、この身一つで民を守るための、覚悟の証なのです」
私は窓の外、汗を流す弟子たちを見やった。
「彼らを見てください。社会からはじき出された者たちです。彼らに居場所を作り、共に生きていく。そのためなら、私は泥を啜り、岩を砕き、どんな重荷も背負いましょう」
実際は、私が彼らを強制労働させているだけなのだが、言い方次第である。彼らもまた、私に救いを見ているのだからあながち嘘とも言いきれない。ヤバい教祖的な考えではあるけど。
「そ、そんな……」
セレスティアの目が潤んだ。
彼女の脳内で、勝手な補正がかかっていく。
(なんてこと……! この方は、自分の呪いと戦いながら、こんな辺境で民のために身を粉にしているの!?)
か細い体で、重い手錠を引きずりながら、それでも笑顔で前を向く少女。
その姿は、まるで神話に出てくる『豊穣の女神』のようではないか。
「誤解していました……。貴女は、メスオークなんかじゃない。……聖女様だわ」
「はい?」
「ごめんなさい! 私、なんて酷いことを!」
セレスティアが私の手を取り、その場に崩れ落ちた。
「こんな過酷な環境で、たった一人で……! 兄様が惹かれるのも当然だわ! むしろ、……兄様だけズルい!」
「えっと……セレスティア様?」
「決めたわ!」
彼女はバッと顔を上げた。
その瞳には、ルイスと同じ、いやそれ以上に強烈な「オタクの光」が宿っていた。
「私が、貴女を支えます!」
「え?」
「この領地、ここまで観察しながら来たけど、ポテンシャルは凄いのに経営が滅茶苦茶よ! せっかくの巨大野菜も流通ルートがないし、魔石も放置されてる! もったいない!」
セレスティアの事務能力が火を吹いた。
「私がコンサルタントになります! ジークフリート領の流通網を使って、この領地の産物を世界に売り込みましょう! 貴女はただ、その美しく尊いお姿で、そこにいてくださればいいのです!」
「え、いや、でも……」
「セバス! 契約書の準備を! あと、兄様には事後報告よ!」
「御意に。……お嬢様、良い目になられましたな」
セバスがハンカチで涙を拭っている。
どうやら彼も、私の作り話に感動したらしい。
なんてチョロい主従だ。この子、ちょろイン枠か。
「アレクサンドラ様! いえ、お姉様と呼ばせてください!」
セレスティアが抱きついてきた。
「私たちの領地と、このカルスト領……合併させちゃいましょう!」
「が、合併!?」
「ええ! どうせ兄様は研究以外に興味がないし、実権は私が握ってますから! 二つの領地を合わせれば、一大経済圏が作れます! その収益は全て、お姉様の活動資金に回しますわ!」
とんでもない提案だ。
隣の領地を乗っ取るつもりか、この妹は。
でも、悪い話ではない。
私には経営の才能がないし、計算も面倒だ。
優秀なマネージャーができるなら、それに越したことはない。
「……分かりましたわ。よろしくお願いします、セレス」
「はいっ! お姉様!」
こうして。
筋肉帝国に、最強の「経営顧問」と「最強の執事」が加わった。
ルイスの研究、ゼノンの武力、ガンドルの権力、そしてセレスティアの運営力。
役者は揃った。
もはやこの領地を止められる者は、世界中どこにもいないだろう。
私は手錠をつけたまま、新しくできた妹の頭を撫でてあげた。
彼女の背後で、セバスが「サササ」と口に出しながら高速移動でお茶の準備を始めているのが見えた。
え? G?




