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第28話:暗殺者たちを物理で説得して「入信」させました。一方、お隣の領主館では妹君が私のことを「メスオーク」だと勘違いしているようです

 

 朝。

 爽やかな日差しが差し込む中、朝練を終えた私は神殿(ジム)の前で仁王立ちしていた。


 目の前には、昨晩私を襲撃し、返り討ちにあった5人の暗殺者たちが正座している。

 彼らの顔色は悪い。


 それもそのはず、私の部屋に侵入した隊長以外は、ポチや筋肉教団(弟子たち)に捕まり、朝まで「強制スクワット」や「ポチとのハグ」を強要されていたからだ。


「さて、皆様」


 私は腕組みをして、彼らを見下ろした。


「夜中にレディの寝室に忍び込むなんて、感心しませんわね。本来ならポチの餌にするところですが……」


「ひぃッ! お、お助けを!」


「命だけは!」


 彼らが額を地面に擦り付けて懇願する。

 王家直属の暗殺部隊『ロイヤル・シャドウ』。

 泣く子も黙る処刑人たちも、筋肉の前では形無しだ。


「命は助けて差し上げます。その代わり」


 私はニッコリと微笑んだ。


「その素晴らしい隠密スキルと身軽さ、当領地のために役立ててみませんか? 具体的には、害獣駆除とか、高所作業とか、収穫の手伝いとか」


「は、はい?」


「入会金は無料。衣食住完備。さらに、私の特別指導付きです。……どうします? 断って、王都に帰って任務失敗の報告をしますか?」


 彼らは顔を見合わせた。

 任務失敗は死を意味する。

 それに比べて、ここは地獄のようだが、飯は美味いし、筋肉はつく。


「や、やらせてください!」


「一生ついていきます、姉御!」


 隊長が叫び、部下たちが続いた。

 こうして、カルスト領に新たな労働力が加わった。

 隠密スキルを持つ彼らは、畑の害虫駆除や、絶壁にある薬草の採取などで大活躍することになるだろう。


 現在、カルスト領の人口(信者数)

 私とトムを筆頭に、元冒険者チーム4名、暗殺部隊5名。

 そして、なぜか居座っているガンドル王と、その護衛騎士ゼノン。


 さらに最近では、私の「拳聖」という噂を聞きつけた猛者たちが、世界中から集まり始めていた。

「俺の方が強い!」と挑んでくる武闘家や、「弟子にしてくれ」とやってくる傭兵たち。


 彼らはもれなく私(またはガンドル王)に返り討ちにされ、その圧倒的な筋肉(教義)に魅了され、そのまま領民として定住している。


 気づけば、村と呼べる規模の集落ができ始めていた。

 もちろん、全員ムキムキである。


「順調ですわね……」


 私は活気あふれる筋肉の楽園を眺め、満足げに頷いた。

 この調子でいけば、世界一健康的な領地になる日も近いだろう。


「これこそ、スローライフ(物理)ですわ!」


 ◇


 一方その頃。ジークフリート領、領主の館にて。


 執務室で、一人の少女が苛立たしげに貧乏ゆすりをしていた。


 セレスティア・ヴァン・ジークフリート。


 ルイスの3歳下の妹であり、兄に代わって領地経営を一手に担う才女だ。

 銀髪をツインテールに結び、吊り上がった気の強そうな瞳をしている。


「……おかしい」


 彼女は窓の外を睨みつけた。

 視線の先には、兄のルイスがいる。

 彼は今、鏡の前で入念に髪を整え、ローブのシワを伸ばしていた。


 普段のルイスといえば、研究以外に興味がなく、寝癖がついたまま実験室に引きこもるような男だ。


 それが最近はどうだ。


 毎日、決まった時間になると身だしなみを整え、どこかウキウキした様子で出かけていく。


「貴方もそう思わない? セバス」


 セレスティアは、背後に控える老執事に語りかけた。


 セバスチャン・バス・セバス。

 白髪のオールバックに、片眼鏡モノクル。背筋の伸びた、いかにも「できる執事」といった風貌の老人だ。


「左様で。ここのところ、ルイス様の行動は目に余るものがございます。自領の管理も全てセレスティア様に任せ、遊び呆けております」


「そうよね。領地の管理は元から私任せだけど、どうにも気に食わないわ」


 セレスティアは爪を噛んだ。


「あの兄様が……あんなにお洒落に気を使って色気を出しているのが、許せないわ」


「左様で」


「女……ね」


「ほう?」


 セバスが眉を上げた。


「セバス、そうは思わない? 兄様の行動の端々から、女の気配がプンプンする。あの香水臭いローブ、絶対に誰かに会いに行ってるわよ」


「お気付きになられましたか」


 セバスは恭しく一礼した。


「知っていたのね。さすがはセバス。で、その女は何者なの」


「隣国との国境、カルスト領の領主にして、最近では巷で、『拳聖』と呼ばれている……とかいないとか」


「拳聖? ……へえ……凄いの?」


 セレスティアが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 拳の聖などと、野蛮な響きだ。


「聞く話によると、凄まじいですな。恐らく、ルイス様以上の豪傑かと」


「あの魔法オタクの兄様以上……。気になるわね」


「なんでも、あの武王ガンドル様が弟子入りした……とかしないとか」


「……その女の見た目が気になるわ」


 セレスティアは想像した。

 武王が弟子入りするほどの「拳聖」。

 そして、あの変わり者の兄が興味を持つ相手。


 脳内に浮かんだのは、身長3メートルの、筋肉だるまの大女だった。

 全身傷だらけで、棍棒を振り回し、生肉を食らう野獣のような女。


「きっと、オークより醜いゴリラのような女なのでしょうね。兄様の趣味、ついにそこまで歪んだのかしら」


「それが……絶世の美女という噂も……あるとかないとか」


「噂はあくまで噂。この目で見たものしか私は信用しないの」


 セレスティアが立ち上がった。

 その瞳には、ある種の使命感が燃えていた。


 兄が変な女に騙されているなら、妹として目を覚まさせてやらねばならない。


 もしその女が、兄を(たぶら)かして領地を乗っ取ろうとしているなら、排除しなければならない。


「行くわよセバス! 兄様を(たぶら)かしている女がどれ程のものか、私が見定めてあげふわ!」


「……お嬢様、大切なところを噛みましたな」


 セバスが真顔で指摘する。

 セレスティアは顔を真っ赤にして、咳払いをした。


「……行くわよセバス! 兄様を誑かしている女がどれ程のものか、私が見定めてあげるわ!」


「御意に」


「道中の護衛はあなたに任せる。腕は……鈍っていないわね?」


「はい。お任せ下さい」


 セバスは手袋を締め直した。

 その瞬間、老執事の全身から、隠しきれない鋭利な覇気が立ち上った。


「このセバス……かつて世界に名を馳せた実力は衰えることを知りませぬ」


 彼はかつて、『閃光の処刑人』と呼ばれた伝説の暗殺者(今は引退して執事)である。

 その実力は、今のロイヤル・シャドウごときが束になっても敵わないほどだ。


「頼もしいわ! さあ! いざ、カルスト領のメスオークの元へ出発よ!!」


 セレスティアは意気揚々と部屋を出て行った。


 彼女はまだ知らない。

 彼女が足を踏み入れようとしている場所は『筋肉の魔境』だと言うことを。


 新たな嵐が、カルスト領に近づいていた。



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