第27話:王都最強の暗殺者たちが夜襲をかけてきましたが、うちのセコム(魔王級)が強すぎてたどり着けなかったようです
深夜。
カルスト領は静寂に包まれていた。
月明かりの下、私は一人、ジムで汗を流していた。
日課の岩運びスクワット、500回目。
「……ふぅ」
私は岩を降ろし、自分の手を見た。
手首には、黒い魔封じの手錠が嵌められている。
相変わらず重い。魔力は底をつき、体は鉛のようにダルい。
はずなのだが。
(なんかおかしい。最近、妙に体が軽い気がする)
手錠をつけた当初は、歩くのもやっとだった。
だが今は、こうして数百キロの岩を担いでスクワットができている。
慣れにしては早すぎる。
「筋肉が……馴染んでいる?」
私は二の腕をさすった。
見た目は変わらず細い。だが、皮膚の下にある筋繊維一本一本が、以前とは比べ物にならないほど高密度に圧縮されている感覚がある。
まるで、鋼鉄のワイヤーを束ねたようだ。
それに、体の奥底から湧き上がってくるこの熱。
手錠で封じ込めているはずの「何か」が、私の筋肉と混ざり合い、溶け合おうとしているような……不思議な感覚。
「まあ、調子が良いなら問題ありませんわね!」
私は深く考えるのをやめた。
成長期なのだろう。きっとそうだ。
私はタオルで汗を拭き、屋敷へと戻った。
◇
その直後。
闇に紛れて、5つの影が領地に侵入した。
王家直属の暗殺部隊、『ロイヤル・シャドウ』。
隊長の男は、音もなく屋敷の塀を越え、舌打ちした。
(なんだここは。警備兵が一人もいないぞ)
門番もいなければ、見回りの兵もいない。
無防備すぎる。
やはり、アレクサンドラが要塞を築いているという報告はデマだったか。
「散開せよ。ターゲットの寝首をかけ」
隊長がハンドサインを送ると、部下たちが四方へと散った。
簡単な仕事だ。
寝ている小娘の首を掻き切るだけ。5分もあれば終わる。
そう思っていた。
……3分後。
「ギャアァァァァッ!!」
北側の森から、部下の悲鳴が聞こえた。
隊長がハッとして振り返る。
(何だ!? 罠か!?)
気配を探る。
部下の気配が消えている。一瞬で絶命したのか。
代わりに、そこには得体の知れない巨大な殺気が渦巻いていた。
「グルルゥ……」
闇の奥から、赤い瞳が二つ、浮かび上がった。
巨大な熊だ。
ブラッディ・グリズリー。
だが、様子がおかしい。野生の獣特有の荒々しさがない。
まるで訓練された番犬のように、静かに、確実に侵入者を狩っている。
(チッ……! 魔獣使いという情報は本当だったか!)
隊長は焦った。
だが、まだ4人残っている。
別働隊が屋敷に侵入しているはずだ。
ドゴォォォォン!!
今度は、東側の広場から爆音が響いた。
「な、なんだ!?」
隊長が目を凝らすと、そこには異様な光景があった。
「夜中の筋トレじゃあぁぁぁッ!!」
「筋肉のゴールデンタイムを逃すなァァッ!!」
松明の明かりの下、屈強な男たちの集団が、真夜中だというのに岩を担いで走り回っていたのだ。
アレクサンドラの弟子たちだ。
運悪く、そこに鉢合わせてしまった部下の一人が、男たちに囲まれている。
「ん? なんだお前、ヒョロヒョロだな!」
「栄養足りてねえぞ! これ食え!」
「一緒にスクワットしようぜぇぇ!!」
「ひぃぃぃ! 離せ! 俺は暗殺者だぞ!」
部下は抵抗しようと短剣を抜いたが、ガイルと呼ばれた大男に手首を掴まれ、そのまま強制的にスクワットの列に加えられてしまった。
あのままでは朝まで帰してもらえないだろう。
(バカな……。この領地は狂っているのか?)
隊長の背筋に冷や汗が流れる。
警備がいないのではない。
住人全員が、規格外の戦闘力を持っているのだ。
「ええい、構わん! 私が直接やる!」
隊長は覚悟を決め、屋敷の窓を目指して走った。
その時。
ピタリ。
足が止まった。
本能が警鐘を鳴らしたのだ。
「そこを通れば死ぬ」と。
屋敷の離れ。
そこから、二つの強烈なプレッシャーが放たれていた。
一つは、肌を切り裂くような鋭利な剣気。
もう一つは、魂まで凍りつくような冷徹な魔力。
「……誰だ、貴様」
闇の中から、眼鏡の男が現れた。
ルイス・ヴァン・ジークフリート。
手には氷の杖を持ち、不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
「深夜に人の家の庭をうろつくとは、マナーのなっていない客だ」
「くっ……! 氷の魔術師か!」
隊長は舌打ちした。
まさか隣国の辺境伯が、護衛のように常駐しているとは。
「逃がさんぞ、賊め」
反対側からは、大剣を担いだ黒髪の騎士が現れた。
ゼノン・アイアンハート。
その殺気は、ルイス以上に濃密だ。
「私の愛する人に仇なす者は、この黒曜丸の錆にしてくれる!」
(ば、バカな……! ぜ、ぜぜぜぜぜ、ゼノンだと!?
なぜ他国の騎士団長までここにいる!?)
隊長はパニックに陥った。
聞いていない。
ターゲットは「たった一人のしがない令嬢」のはずだ。
それなのに、なぜ魔王城のような厳重警備が敷かれているんだ。
前門の虎、後門の狼。
逃げ場はない。
「……くそったれがァァァッ!!」
隊長は最後の手段に出た。
懐から発煙筒を取り出し、地面に叩きつける。
ボォン!!
白煙が視界を遮る。
その隙に、彼は屋敷の二階、開いていた窓へと飛び込んだ。
アレクサンドラの寝室だ。
(こいつらとまともに戦っては勝てん! だが、ターゲットさえ殺せば任務完了だ!)
彼は音もなく着地した。
ベッドの上には、布団が膨らんでいる。
寝ている。無防備だ。
隊長は毒塗りの短剣を逆手に持ち、忍び寄った。
「死ねェッ!!」
布団めがけて、渾身の一撃を振り下ろす。
ガシッ。
鈍い音がした。
短剣が止まった。
布団に刺さったのではない。
布団から伸びた細い腕が、隊長の手首を掴んでいたのだ。
「……んぅ?」
布団がめくれ、アレクサンドラが顔を出した。
寝ぼけ眼で、あくびをしている。
「な、なんだと……!?」
隊長は驚愕した。
完璧な奇襲だったはずだ。殺気も消していた。
なのに、なぜ反応できた?
彼は腕を引き抜こうとした。
だが、動かない。
少女の細腕に掴まれているだけなのに、まるで万力で固定されたかのように微動だにしない。
「貴様……離せッ!」
隊長は逆の手で予備のナイフを抜き、彼女の喉元を狙った。
キンッ。
金属音が響く。
ナイフは彼女の首に届く前に、指先で弾かれていた。
デコピンだ。
寝返りを打つような無造作な動作で、必殺の一撃を弾き飛ばしたのだ。
「……蚊かしら?」
アレクサンドラは眠そうに呟くと、隊長の手首を掴んだまま、ゴロンと寝返りを打った。
グンッ!!
彼女の体重移動(と寝返りの遠心力)に引っ張られ、隊長の体は木の葉のように舞った。
「べぶらっ!?」
隊長は空中で一回転し、部屋の壁に叩きつけられた。
ドォォン!!
壁に人型のヒビが入る。
「う……が……」
隊長は床に崩れ落ちた。
全身の骨が悲鳴を上げている。
信じられない。
見たところ彼女の手首には、魔封じの手錠が嵌められている。
魔力など微塵も感じられない。
なのに、この圧倒的なまでの「生物としての強度」はなんだ。
(バケモノだ……。ここは、人間の住む場所じゃねえ……ここには、気の狂った化け物しかいねぇ)
隊長は薄れゆく意識の中で悟った。
自分たちは、虎の尾を踏んだどころではない。
ドラゴンの巣穴に、丸腰で飛び込んでしまったのだと。
◇
翌朝。
「あら? おはようございます」
私が目覚めると、部屋の隅で黒装束の男が伸びていた。
縄でぐるぐる巻きにされ、天井から吊るされている。
「お目覚めですか、アレクサンドラ嬢」
部屋に入ってきたゼノンが、爽やかな笑顔で挨拶してくれた。
その後ろには、不機嫌そうなルイスもいる。
「ゼノン様、この方は?」
「昨晩侵入した害虫です。少し躾けておきました」
「まあ、泥棒さんですか。物騒ですわね」
私は伸びをした。
なんだか昨日の夜、蚊を叩き落としたような夢を見た気がするけれど、夢じゃなかったのかしら。
「……アレクサンドラ」
ルイスが、私の手錠をじっと見ていた。
「手錠の具合はどうだ? きつくないか?」
「ええ、問題ありませんわ。むしろ、最近少し緩くなってきたような気がします」
「緩く、だと……?」
ルイスが眉をひそめた。
この手錠はオリハルコン製で、サイズ調整は魔術的に固定されているはずだ。
物理的に伸びるなんてことはありえない。
だが、私は確かに感じていた。
手錠の拘束力が弱まっているのではない。
私の体の中で、何かが変わり始めている。
筋肉と魔力が、手を取り合ってダンスを踊り始めたような、そんな高揚感。
「今日もいい天気ですわね! さあ、朝練に行きましょう!」
私は吊るされた泥棒さんに「お大事に」と声をかけ、元気に部屋を飛び出した。
王都の「アレクサンドラ暗殺計画」は、一夜にして壊滅したのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
明日からも毎日3話投稿を続けたいと思います!
最終話まで予約済みで、最終話は1/17に投稿予定です。
最終話付近では、一日の投稿本数が今より少しだけ増えると思います。
全70話、予約投稿済みということもあり、エタる心配は100%ございませんので、このまま安心してお読みいただけたらと思います!
それでは、次回、第28話:暗殺者たちを物理で説得して「入信」させました。一方、お隣の領主館では妹君が私のことを「メスオーク」だと勘違いしているようです
でまたお会いしましょう!




