第26話:王都が「アレクサンドラ暗殺計画」を立てたようですが、当の本人は野菜作りで忙しいです
ルイスとゼノンが死力を尽くして開拓した畑は、予想以上の成果を上げていた。
「……でかい」
私が畑の前に立つと、そこには異様な光景が広がっていた。
大根である。
だが、私の知っている大根ではない。
太さが丸太ほどあり、長さは私の身長を超えている。
「ルイス様の栄養調整魔法と、ゼノン様の剣技による土壌粉砕……。二つの力が合わさると、野菜ってここまで巨大化するんですね」
私は感心して頷いた。
隣の畝では、キャベツが巨大な岩のように鎮座している。ポチが昼寝をするのにちょうどいいサイズだ。
「収穫だーッ!!」
ガイルたち弟子が、掛け声とともに大根を引き抜く。
一本抜くのに、大人三人がかりだ。
まるで綱引き大会である。
「いいトレーニングになりますわね。食べるだけでなく、収穫そのものが筋トレになるなんて、まさに一石二鳥」
私は満足げに頷いた。
これで食料問題は完全に解決だ。
肉は魔獣から、野菜は畑から。
ここはもう、不毛の大地ではない。「筋肉と食欲の楽園」だ。
「お嬢様、お昼休憩にしましょうか」
ムキムキになった執事のトムが、巨大なバスケットを片手で軽々と持ってやってきた。
中には、巨大野菜を使ったサンドイッチと、プロテインが入っている。
私たちは瓦礫のベンチに座り、ランチタイムをとることにした。
今日のメンバーは豪華だ。
私とトム。
そして、「特別顧問」のルイスとゼノン。
さらに、「筋肉留学生」のガンドル。
一つのテーブルを囲み、和やかに食事をする。
……側から見れば、各国の要人が集まる首脳会談のような面子だが、会話の内容は筋肉と野菜のことばかりだ。
「このキャベツ、甘みが強いな。私の配合した肥料が効いているようだ」
ルイスがサンドイッチを齧りながら、分析的に呟く。
「いや、私の剣圧が土に空気を混ぜ込んだおかげでしょう。根の張りが違いますから」
ゼノンも負けじと張り合う。
二人は相変わらず仲が悪いのか良いのか分からない。
「ガハハ! どちらでもよい! 美味くて筋肉になれば正義だ!」
ガンドル陛下が豪快に笑い、プロテインを一気飲みする。
その口髭には白い泡がついていて、どこか愛嬌がある。
そんな平和な光景を見ながら、トムがふと、素朴な疑問を口にした。
「……あの、皆様」
「ん? どうしたトム」
「いえ、大変失礼なことをお伺いするのですが……」
トムは恐る恐る、ガンドルとゼノンを見た。
「ガンドル陛下は一国の王ですし、ゼノン様も騎士団長ですよね? ……その、こんなところにずっといて、大丈夫なんですか?」
トムの疑問はもっともだ。
普通に考えれば、王様が他国で長期休暇なんて許されるはずがない。
国政はどうなっているのか。クーデターでも起きているのではないか。
「ん? ああ、そのことか」
ガンドルは、大根スティックをボリボリと齧りながら、あっけらかんと言った。
「問題ない! 余がいなくても、宰相がなんとかする!」
「……えっ」
「それに、影武者を置いてきたからな。今頃、玉座で冷や汗をかきながらハンコを押しているはずだ。ガハハ!」
「そ、そんな無茶な……」
トムが絶句する。
なんと無責任な王様だろうか。
宰相さんの胃に穴が開いていないことを祈るばかりだ。
「ゼノン様は……?」
「私も問題ありません」
ゼノンは真剣な顔で、私を見つめた。
「騎士の務めとは、主君を守ること。陛下がここにいる以上、私が護衛として付き従うのは至極当然の義務です」
「あ、なるほど。建前はそうなんですね」
「それに、私にとってのアレクサンドラ嬢は『心の祖国』! 貴女のそばにいることこそが、私にとっての帰国なのです!」
「……はい?」
トムが理解を拒絶した顔をした。
要するに、二人とも「仕事を放り出して遊びに来ている」ということだ。
「まあ、よいではありませんかトム」
私はのんきに言った。
「優秀な人材が揃っているのは助かりますし、お二人がいるおかげで、魔獣も寄り付きませんもの」
実際、Aランク魔獣ですら、この豪華メンバーの気配を察知して逃げ出しているらしい。その証拠にポチもビビりっぱなしだ。
ここは今、大陸で一番安全な場所かもしれない。
「はぁ……。お嬢様がそう仰るなら……」
トムは諦めたように溜息をつき、極太の腕で紅茶を注いだ。
彼の苦労は、まだまだ続きそうだ。
◇
一方その頃。王都の王城にて。
空気は重く、張り詰めていた。
「……ガルド騎士団長が、洗脳されて帰ってきた」
王太子ジェラルドは、玉座の間で頭を抱えていた。
彼の前には、先の任務でカルスト領から帰還した騎士団長ガルドが跪いている。
だが、ガルドの様子がおかしい。
以前よりも一回り体が大きくなり、顔色がツヤツヤと輝いているのだ。
そして何より、その瞳には狂気じみた信仰の色が宿っている。
『殿下! アレクサンドラ様は聖女です! 彼女の施しは、我々に新たな命を吹き込んでくださいました!』
ガルドは熱弁を振るった。
『あの方の作る野菜は、一つ食べれば力がみなぎります! あの方の言葉は、迷える魂を導く光です! どうか、バーデン領への不可侵条約を!』
「……下がれ」
ジェラルドは力なく手を振った。
ガルドが退出した後、隣にいたソフィがヒステリックに叫んだ。
「間違いありませんわ、ジェラルド様! あれは『魅了』の魔法です!」
ソフィは青ざめた顔で爪を噛んでいる。
「毒を飲ませて洗脳し、意のままに操る……。アレクサンドラは、本当に魔女になってしまったのですわ!」
「くっ……! まさか、精鋭騎士団まで手玉に取るとは……」
ジェラルドは拳を握りしめた。
恐怖は、確信へと変わっていた。
アレクサンドラは危険だ。
放置しておけば、洗脳された騎士や魔獣の大軍を率いて、王都を火の海にするだろう。
もはや、正面からの討伐は不可能に近い。
「……こうなれば、手段を選んでいる場合ではない」
ジェラルドは低い声で言った。
その目には、冷酷な光が宿っていた。
「影を呼べ」
「えっ……? 影、ですか?」
「そうだ。王家直属の暗殺部隊、『ロイヤル・シャドウ』だ」
ソフィが息を呑む。
それは、王国の裏仕事を一手に引き受ける、非合法の処刑人たちだ。
毒、暗器、魔法。あらゆる手段を用いて、ターゲットを「事故死」や「病死」に見せかけて始末するプロフェッショナル。
「騎士団が通じぬなら、寝首をかけばいい。いくら怪力女とはいえ、寝ている間は無防備なはずだ」
ジェラルドは歪んだ笑みを浮かべた。
「アレクサンドラよ。その傲慢な筋肉、闇の中で静かに腐らせてやる」
王太子による、元婚約者への暗殺指令。
それは、最悪の悪手だった。
彼らは知らない。
ターゲットの元には、大陸最強の魔術師と、隣国の武王と、最強の騎士団長が常駐していることを。
そして、ポチや筋肉教団の信者たちが居ることを。
哀れな暗殺者たちが、「死地」へと送り込まれようとしていた。




