第24話:『武王』を連れ戻しに来た最強騎士が、私に一目惚れして求婚してきました
隣国の『武王』ことガンドル陛下が、「筋肉留学」と称して居座り始めてから数日。
カルスト領は、かつてない活気に包まれていた。
「ふんぬぅぅぅッ!!」
ガンドルが、巨大な岩(推定300キロ)を背負ってスクワットをしている。
その隣では、執事のトムが負けじと丸太を持ち上げている。
「師匠! 見てくれ! 大腿四頭筋が歌っておるわ!」
「ええ、素晴らしいキレですわ陛下。ですがフォームが甘いです。もっと深く!」
私が手錠をつけたまま指導すると、陛下は嬉しそうに「イエス、拳聖!」と叫んで腰を落とす。
平和だ。
筋肉が共通言語のこの場所では、身分も国境も関係ない。やはり世界を救うのは肉体言語なのだ。私はそれを証明してしまった。なんと罪深い存在か。
ただ、ルイスだけが「胃が痛い……」と遠くで頭を抱えているが、まあ気にしないでおこう。
そんなある日のこと。
ヒヒィィィン!!
領地の入り口から、激しい馬のいななきが聞こえた。
振り返ると、砂煙を上げて疾走してくる一騎の騎馬が見えた。
黒い駿馬に跨っているのは、全身を漆黒の鎧で固めた騎士だ。
その背中には、身の丈ほどもある巨大なバスターソードを背負っている。
「陛下ァァァァァッ!! どこにおられますか陛下ァァァッ!!」
悲痛な叫び声が響き渡る。
ただならぬ気配に、ガイルたちが作業の手を止めた。
「ちっ……。見つかったか」
ガンドルが舌打ちをして岩を置く。
「どちら様ですの?」
「うむ。余の国の近衛騎士団長、ゼノンだ。『黒曜の騎士』などと呼ばれておる堅物でな。余が城を抜け出したのがバレたらしい」
黒曜の騎士、ゼノン。
その名は私でも聞いたことがある。
バルガ国最強の騎士にして、単騎で竜を狩ると言われる英雄だ。
まさかそんな大物が、王様を連れ戻すためだけに国境を越えてくるとは。
騎馬は猛スピードで私たちの前まで来ると、華麗な手綱さばきで急停止した。
「とうっ!」
鞍から飛び降りた騎士は、ガンドル陛下の前に跪く……かと思いきや、陛下の襟首を掴んでガクガクと揺さぶり始めた。
「陛下!! 何をなさっているんですかこんなところで!!」
「お、おいゼノン。苦しいぞ」
「苦しいのは私です! 貴方が書き置き一つで消えたせいで、城内は大パニックですよ! 宰相なんて泡を吹いて倒れたんですよ!?」
騎士が兜を脱ぎ捨てた。
現れたのは、黒髪を短く刈り込んだ、精悍な顔立ちの青年だった。
切れ長の目には知性が宿っているが、今は疲労と心労で目の下に濃いクマができている。
(……うわぁ……苦労してそう)
私は同情した。
あんな自由奔放な筋肉王に仕えるのは、さぞ大変だろう。
「とにかく、帰りますよ! 今ならまだ『視察』で誤魔化せます!」
「ならん! 余はまだ修行の途中だ!」
陛下が駄々をこねる。
「修行!? 一国の王が何を言っているんですか! これ以上ワガママを言うなら、力ずくでも連れて帰ります!」
ゼノン騎士団長が背中の大剣に手をかけた。
一触即発の空気。
さすがに止めに入った方がいいだろうか。
「あの、お取り込み中失礼いたしますわ」
私は二人の間に割って入った。
「どなたか存じませんが、ウチの敷地内で喧嘩はやめていただけます?」
「……あ?」
ゼノンが苛立たしげにこちらを向いた。
鋭い眼光。
並の人間なら竦み上がるほどの威圧感だ。
だが、私を見た瞬間。
彼の時が止まった。
「あ……」
ゼノンの目が大きく見開かれる。
怒りに燃えていた瞳から、急速に険が取れていく。
彼は持っていた大剣を取り落とし、呆然と私を見つめた。
「……天使?」
「はい?」
ゼノンはふらふらと私に近づき、そしてその場に跪いた。
今度は、王に対するそれよりも遥かに恭しい動作で。
「失礼いたしました。あまりの美しさに、言葉を失ってしまいました」
彼は私の手(手錠つき)を取り、そっと口付けんばかりの距離で見つめた。
「貴女のような可憐な方が、なぜこのような荒野に? ここは危険です。それに、その手錠は……?」
ゼノンの声は、甘く、優しかった。
さっきまでの怒号が嘘のようだ。
「えっと……私はここの領主のアレクサンドラです。この手錠は、その、トレーニング用で……」
「トレーニング……? まさか!」
ゼノンが悲痛な顔で立ち上がった。
「嘘をおっしゃらないでください! そのような華奢な体で、トレーニングのために拘束具をつけるなどありえません!」
彼は鋭い視線で周囲を見回し、そしてガンドル陛下を睨みつけた。
「陛下……まさか、貴方ですか?」
「ん? 何がだ?」
「この可憐な令嬢に手錠をかけ、無理やり侍らせているのは貴方ですかと言っているんですッ!!」
「な、なんの濡れ衣だ! 逆だ逆! 余が拳聖殿に弟子入りしておるのだ!」
「黙らっしゃい! 言い訳など聞きたくありません!」
ゼノンは完全に勘違いしていた。
彼の中では、私は「野蛮な王に囚われた、悲劇の美少女」という設定になっているらしい。
いや、確かに今の私は手錠姿で顔色も悪いから、そう見えなくもないけれど。
「アレクサンドラ嬢、ご安心ください。この私が来たからには、もう大丈夫です」
ゼノンは私を背に庇い、大剣を構えた。
「このゼノン・アイアンハートの名にかけて、貴女を救い出し、守り抜いてみせます! ……そして、もしよろしければ、この後お茶でも!」
(……こいつも大概かい)
私は遠い目をした。
苦労人の常識人かと思いきや、色恋沙汰になるとポンコツになるタイプらしい。
◇
「……何をしている」
そこへ、絶対零度の声が降ってきた。
ルイスだ。
彼は空中から冷ややかな視線でゼノンを見下ろしている。
「あ、ルイス様」
「貴様、どこの馬の骨だ。私の『研究対象』に気安く触れるな」
ルイスが地上に降り立つ。
その全身から、ビリビリとした冷気が放たれている。
明らかに機嫌が悪い。
「研究対象……だと?」
ゼノンが眉をひそめた。
「貴様か。この淑女に手錠をかけ、実験動物のような扱いをしている下衆は」
「下衆だと? 言葉を慎め、蛮族の騎士風情が」
バチバチバチッ!
二人の間に、火花が散った。
氷の魔術師ルイスと、黒曜の騎士ゼノン。
美青年とワイルド系。タイプは違えど、どちらも顔面偏差値の高いイケメン同士の睨み合いだ。
乙女ゲームならスチルが入るシーンだろう。
だが、争っている理由が酷い。
「彼女は私のものだ(研究素材的な意味で)。他国の騎士が手出しするな」
「黙れ! レディを拘束するような男に、彼女を語る資格はない! 私が彼女を解放し、国へ連れ帰って幸せにする!」
ルイスは「所有権」を主張し、ゼノンは「保護(という名の求婚)」を主張している。
どちらも私の意思は不在だ。
「あの、お二人とも? 私の話を聞いていただけます?」
「アレクサンドラ、下がっていろ。害虫駆除だ」
「アレクサンドラ嬢、ご安心を。この変態は私が斬ります」
話が通じない。
ガンドル陛下を見ると、彼は「ガハハ! 若いのは元気でいいのう!」と岩を持ち上げながら高みの見物を決め込んでいた。
この師弟、役に立たない。
(はぁ……。面倒くせ)
私はため息をつき、手錠の鎖をチャリと鳴らした。
喧嘩をするなら、ジムの外でやっていただきたい。
ここは神聖な筋肉の神殿なのだから。
「……いい加減になさい!」
私は二人の間に割って入り、それぞれの胸板にドンと掌底を入れた。
「ぐっ!?」
「がはっ!?」
不意を突かれた二人が、同時に数メートル吹き飛んだ。
手錠で弱体化しているとはいえ、不意打ちならこれくらいはできる。
「ここは私の領地です! 勝手な争いは許しません!」
私が仁王立ちすると、吹き飛ばされた二人は目を白黒させていた。
「……手錠をした状態で、私を吹き飛ばした?」
ゼノンが信じられないものを見る目で私を見ている。
「なんと……。か弱いだけではない、芯の強さも兼ね備えているとは……!」
彼の瞳が、さらに熱っぽく輝いた。
「ますます気に入った! アレクサンドラ嬢、やはり貴女こそが私の運命の人だ!」
「はぁ?」
「結婚してください! 我が国の城で、一生不自由なく暮らせることを約束します!」
突然のプロポーズ。
しかも、筋肉王を連れ戻しに来たはずの最強騎士から。
「……おい、待て」
ルイスが低い声で割り込んだ。
彼は眼鏡のブリッジを押し上げ、殺気立った笑顔を浮かべた。
「聞き捨てならないな。彼女を国外へ連れ出す? そんなことは、この私が許さん」
ルイスの背後に、無数の氷の槍が出現する。
「彼女は私の最高傑作(の研究対象)になる予定なんだ。横取りはさせない」
こうして、私の預かり知らぬところで、奇妙な三角関係(?)が爆誕してしまった。
研究したい変態魔術師と、勘違いで惚れた熱血騎士。
そして、トレーニングしたいだけの筋肉王。
カルスト領の明日は、どっちだ。




