第23話:脳筋王が敗因を熱く語り始めたので、私の『技術』が魔法以上だと証明されました
「……納得いかねえ」
ポツリと呟いたのは、弟子のガイルだった。
彼は呆然とした顔で、私とガンドル王を見比べている。
「姉御が強いのは知ってる。だけど、今の姉御は、その『呪いの手錠』で体力を極限まで奪われている状態のはずだ。相手はあのガンドルだぞ? 真正面からぶつかって、なんで力負けしなかったんだ?」
ガイルの言葉に、他の弟子たちもウンウンと頷いている。
そう。彼らはこの手錠を「魔力封じ」ではなく、「体力を奪う呪いの修行アイテム」だと認識している。
私が「最近筋肉の調子が良すぎるから、ハンデを背負って鍛え直すわ」と適当な嘘をついたからだ。
まさか「実は今まで無自覚に魔法で強化してました」なんて言えるわけがない。筋肉教団の教祖としての威厳に関わる。
「ふん、未熟者が」
答えたのは、ガンドル王だった。
彼は土を払いながら立ち上がり、ニヤリと笑った。
「力負け? 勘違いするな若造。師匠は余と『力比べ』などしておらんわ」
「え?」
「師匠は、余の突進を止めなかった。ただ、そのベクトルをほんの少し上にずらしただけだ」
ガンドル王は自分の顎をさすった。
「余が全力で踏み込んだ運動エネルギーに、下からの突き上げを合わせる。衝突の瞬間、二つの力は合算され、すべて余の顎へと流し込まれた」
彼は感嘆のため息をついた。
「いわば『交通事故』だ。余は自分で自分を殴ったも同然。これでは、いくら筋力を鍛えていても耐えられるわけがない」
「そ、そうか……! カウンターか!」
ガイルが手をポンと打った。
「しかも、狙ったのは顎だ。脳を揺らされたら、どんな巨漢だって平衡感覚を失って倒れる。……すげえ。呪いで弱体化しているからこそ、力じゃない、純粋な『技術』で制したのか!」
「その通りだ!」
ガンドル王が我が意を得たりと叫んだ。
「これぞ武の極致! ただ筋肉を膨らませるだけが強さではない。極限まで研ぎ澄まされたタイミングと、人体の構造を知り尽くした一撃! 師匠は身をもって我々に示してくださったのだ!」
二人が熱く語り合っている。
私はそれを聞いて、内心ほっと胸を撫で下ろしていた。
(あぶなー……。バレてない)
彼らは勝手に「高度な技術」だと解釈してくれたようだ。
まあ、あながち間違いではない。
10年間。
私は「自分は弱い」と思い込んでいた。
だからこそ、無駄な力を使わないフォームを研究し、相手の力を利用する護身術を、体に染み込ませてきた。
魔法がなくなっても、その「技術」だけは、私の体に残っていたのだ。
「……そっか」
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
筋肉は魔法だったかもしれない。
でも、私が流した汗は、技術となって裏切らなかった。
私はニセモノなんかじゃなかったんだ。
「ふふっ」
自然と笑みがこぼれた。
手錠の重さが、今は誇らしく感じる。
「あーっはっはっは! そうでしょう、そうでしょう! よく気づきましたわね!」
私は調子に乗って高笑いした。
ここで「偶然です」なんて言うのは野暮だ。カリスマ指導者らしく振る舞わなくては。
「筋肉に頼るだけでは二流ですわ! 真の強さとは、己の肉体を理解し、制御することにありますのよ!」
「おおおおっ! さすが姉御! 深いお言葉だ!」
「俺たちも、もっと技術を磨きます!」
ガイルたちが目を輝かせてメモを取っている。
よし、完全に誤魔化せた。
◇
「……よく言う」
そこで、呆れたような声が割り込んできた。
少し離れた場所で頭を抱えていたルイスだ。
彼は眼鏡をかけ直し、私とガンドル王を交互に見た。
「魔力炉というエンジンを失っても、ドライバーとしての腕前は超一流だったということか」
ルイスは小声で呟いた。
彼だけは真実を知っている。
その上で、私の嘘に合わせてくれているのだ。
「心配して損したよ。君の強さの本質は、魔力ごときではなかったようだな」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
「ああ、最大限の賛辞だ」
彼は真剣な表情に戻り、ガンドル王に向き直った。
「それで、国王陛下。貴国にお帰りいただくわけにはいきませんか? お忍びとはいえ、他国の領地に居座られるのは外交上、非常にまずいのですが」
「断る!」
ガンドル王は即答した。
「余はまだ、師匠の奥義の神髄を学びきっておらん! 満足いくまで帰るつもりはないぞ!」
「……はぁ」
ルイスは深くため息をついた。
一国の王が駄々をこねている。力ずくで追い出そうにも、相手は武王ガンドル。
アレクサンドラ以外に止められる人間はいないが、そのアレクサンドラは今、嬉々として王様のフォームチェックをしている。
「肩甲骨を寄せて! そうです、そこが力の源ですわ!」
「ぬおおお! 効くぅぅぅ!」
地獄絵図だ。
だが、不思議と楽しげな光景でもある。
「……分かった。外交ルートの揉み消しは私がやっておく」
ルイスは諦めたように肩をすくめた。
「その代わり、私の研究にも付き合ってもらうぞ。……サンプルが増えたことだしな」
彼はチラリと、嬉々としてスクワットをする筋肉王を見た。
希少なサンプルに加え、最強の比較対象まで手に入ったのだ。
研究者としては、これ以上の環境はない。
ルイスの瞳の奥で、マッドサイエンティストの光が怪しく輝いた。
「望むところですわ!」
アレクサンドラが笑う。
こうして、カルスト領には新たなトラブルメーカー……もとい、強力な味方が加わった。
かくして、武王ガンドルの「筋肉留学」が始まった。




