表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/70

第22話:隣国の脳筋王が「弟子にしてくれ」と国境を越えてきました

 

 魔力を封じる手錠をつけてから、数日が経過した。


 私の生活は、一言で言えば「ハードモード」だ。

 歩くだけで息が切れ、スプーンを持つのも一苦労。

 だが、その過酷さが逆に心地よかった。


「お嬢様、お茶が入りましたよ」


 瓦礫のベンチで荒い息をついている私に、トムがお盆を持って近づいてきた。


 ……改めて見ると、すごい絵面だ。


 以前は風が吹けば飛びそうなひょろひょろ体型だったトムが、今やプロレスラーのような逆三角形の肉体美を誇っている。

 ピチピチになった執事服の袖が、上腕二頭筋に締め付けられて悲鳴を上げている。

 胸板が厚すぎて、蝶ネクタイが埋もれている。


「ありがとう、トム。……あなた、また大きくなりました?」


「そうですか? 毎日ポチの散歩(という名の格闘)をしているおかげかもしれません」


 トムは爽やかな笑顔で、軽々と岩のようなティーポットを持ち上げた。

 彼もまた、この過酷な環境に適応し、進化を遂げた一人だ。

 中身は相変わらず気弱な従者のままだが、見た目の説得力が違う。


「さて、休憩終わりですわ。午後からは岩運びです」


 私はよろりと立ち上がった。

 手錠が重い。

 だが、初日に比べれば、少しだけ体が軽くなった気がする。

 筋肉が環境に適応し始めているのだ。危機感という最高のスパイスに当てられて。


「お嬢様、無理はなさらないでくださいね。ルイス様も心配されていましたよ」


「平気よ。ここで休んだら、筋肉に申し訳が立たないもの」


 私が歩き出そうとした、その時だった。


 ドスーン! ドスーン!


 地面が揺れた。

 魔獣ではない。もっと規則的で、重々しい足音だ。


「……なんだ?」


 近くでトレーニングをしていたガイルたちが動きを止める。

 領地の入り口の方角から、土煙が上がっていた。


「たのもぉぉぉぉぉッ!!」


 雷のような大声が響き渡った。

 空気がビリビリと震える。


 現れたのは、一人の男だった。


 身長2メートル強。

 ライオンのたてがみのような金髪と、顔の半分を覆う髭。

 そして何より目を引くのは、その肉体だ。

 丸太のような腕、樽のような胴体。着ている豪奢な毛皮のマントが、筋肉の鎧に弾かれそうになっている。


 人間離れした巨漢が、たった一人で、悠然と歩いてくる。


「警戒せよ! ただの旅人じゃねえぞ!」


 ガイルが叫び、弟子たちがツルハシを構える。

 ポチも唸り声を上げて威嚇した。


 だが、男は止まらない。

 彼はジム(神殿)の前まで来ると、仁王立ちして周囲を見回した。


「ほほう……! 見事だ!」


 男は感嘆の声を上げた。


「噂には聞いていたが、これほどとは! 見よ、この洗練された設備! そして、あそこで汗を流す男たちの、はち切れんばかりの筋肉を!」


 彼の目が、ムキムキになったトムに釘付けになった。


「素晴らしい……! ただの執事でさえ、この肉体美! これこそが、余が求めていた『理想郷(ユートピア)』か!」


「あ、あの……どなたですか?」


 私が声をかけると、男はバッと振り返った。

 その眼光は鋭いが、どこか子供のような無邪気さがある。


「おお、お主がここの主か?」


 男は私を見て、一瞬だけ怪訝な顔をした。

 無理もない。

 今の私は手錠をかけられ、顔色も悪く、ドレスもボロボロだ。

 どう見ても「捕虜」か「病人」である。


「はい、アレクサンドラと申します。あなたは?」


「余か? 余は……」


 男は不敵に笑い、マントを翻した。


「隣国『バルガ』を統べる王、ガンドル・ライオ・バルガである!」


「「「「王様ァッ!?」」」」


 ガイルたちがひっくり返った。

 バルガ国。

 北に位置する軍事国家で、「力こそ正義(パワー)」を国是とする戦闘民族(バーサーカー)の国だ。

 そこの国王が、なぜこんな辺境に? しかも一人で?


「こ、国王陛下が、どのようなご用件で……?」


 トムが震えながら(見た目はゴリラだが)尋ねる。


「うむ。先日、我が国の国境警備隊から報告があってな。『隣の領地で、素手でスタンピードを鎮圧した化け物がいる』とな」


 ガンドル王はニカッと笑った。


「居ても立ってもいられなくなってな! お忍びで飛んできたのだ! ガハハハハ!」


 迷惑な王様だ。

 護衛もつけずに他国に不法侵入とか、国際問題になりかねない。


「それで、その化け物……いや、『拳聖』殿はどこにおる? まさか、その手錠をかけられたひ弱な娘ではあるまい?」


 ガンドル王は私を見下ろした。

 今の私からは、覇気も魔力も感じられないのだろう。

 完全にナメられている。


(……カチン)


 ひ弱?

 今、なんと?

 そのキャラ、もう捨てたんだけど?


「王様。訂正していただけますか?」


 私は静かに言った。


「ひ弱ではありません。今は『調整中』なだけです」


「ほう?」


 ガンドル王が面白そうに眉を上げた。


「その手錠、魔封じの拘束具だな? なぜ自ら力を封じている?」


「トレーニングですわ」


「トレーニングだと?」


「ええ。魔法に頼らずとも、最強であることを証明するために」


 その言葉を聞いた瞬間、ガンドル王の目の色が変わった。

 好奇心ではない。

 武人としての、熱い共感の色だ。


「……面白い。気に入ったぞ、娘!」


 彼は豪快に笑った。


「魔法全盛のこの時代に、あえて己の肉体のみを信じるとは! その心意気、天晴れだ! だが……」


 ドンッ!


 彼が足を踏み鳴らすと、地面が揺れた。


「口だけなら何とでも言える。その細腕で、余を満足させられるかな?」


 ガンドル王が構えた。

 素手だ。

 だが、その全身から立ち上るプレッシャーは、ミスリル・ゴーレムにも匹敵する。

 彼もまた、極限まで鍛え上げられた「人間凶器フィジカル・モンスター」なのだ。


「手合わせ願おうか! お主が本物なら、この手錠をつけたまま、余を一歩でも下がらせてみせよ!」


「お嬢様! 無理です! 今の状態では……!」


 トムが止めようとする。

 確かに、今の私はステータスが半減している。

 普段なら物理無効でもない限りデコピンで星にできる相手だが、今の状態では苦戦するかもしれない。


 だが。


「……上等ですわ」


 私は一歩前に出た。

 手錠の鎖がチャリと鳴る。


 筋肉を馬鹿にされて、黙っていられるか。

 魔法がなくても、私は私だ。

 アレクサンドラ・フォン・バーデンだ。


「後悔なさいませんように、陛下」


 私は右足を引いた。

 魔力身体強化は使えない。

 頼れるのは、純粋な筋繊維の収縮と、重心移動の技術のみ。


「いくぞッ!!」


 ガンドル王が突っ込んできた。

 戦車のような突進。

 真正面から受ければ吹き飛ばされる。


 私は動かない。

 ギリギリまで引きつけて――。


 フッ。


 衝突の寸前、私は体を沈めた。

 相手の懐に潜り込む。

 そして、王の突進の勢いを利用して、下から掌底を顎に突き上げた。


 魔力はない。

 だが、タイミングは完璧だ。


 パァンッ!!


 乾いた音が響いた。


「ぐっ……!?」


 ガンドル王の巨体が浮いた。

 脳を揺らされ、足がもつれる。


 そこへ、追撃のボディブロー。

 腹筋に力を込め、腰の回転だけで拳をねじ込む。


 ドスッ!!


「ごふぁっ……!!」


 王がくの字に折れ曲がり、タタタッと数歩後ずさった。

 そして、尻餅をついた。


 シーン……。


 静寂が場を支配する。

 ガイルたちが口をあんぐりと開けている。


「……う、嘘だろ……?」


「手錠をつけたまま、あのバケモノを転ばせた……?」


 私は息を切らせていた。

 今の連撃で、残りのスタミナをすべて使い果たした気がする。

 膝が笑っている。


 だが、勝った。

 一歩どころか、転ばせてやった。


「……カッカッカッ!」


 沈黙を破ったのは、ガンドル王の笑い声だった。

 彼は尻餅をついたまま、空を仰いで大笑いした。


「痛快! 実に痛快だ! 魔力に頼らず、技と胆力だけで余を倒すとは!」


 彼はむくりと起き上がり、私の前に跪いた。

 そして、私の手(手錠つき)をガシッと握りしめた。


「惚れたぞ、アレクサンドラ殿! いや、師匠!」


「……は?」


「余を弟子にしてくれ! その『魔力に頼らない戦い方』、ぜひとも我が国の兵に教授願いたい!」


「ええぇ……?」


 私は困惑した。

 倒した相手に弟子入りされる。

 ガイルたちの時と同じパターンだ。

 筋肉キャラというのは、どうしてこうも思考回路が単純なのだろうか。


 ◇


 その頃。

 騒ぎを聞きつけたルイスが、血相を変えて飛んできた。


「おい、アレクサンドラ! 隣国の王が来ているというのは本当か! 外交問題になったら……」


 彼が見たのは、筋肉隆々の巨漢(王様)と、ムキムキの執事(トム)と、私の弟子たちが肩を組んでスクワットをしている地獄絵図だった。


「ワンツー! ワンツー!」


「素晴らしい負荷だ! 筋肉が喜んでおるわ!」


 その中心で、手錠をつけたアレクサンドラが、死んだ魚のような目でカウントをとっている。


「……」


 ルイスは眼鏡を外した。

 見なかったことにしたい。

 だが、現実は非情だ。


「……私の平穏な研究生活は、どこへ行ったんだ」


 彼の嘆きは、誰にも届かなかった。

 こうして、カルスト領は「一国家の王」という最強の弟子(兼トラブルメーカー)を迎え入れ、さらなるカオスへと突き進んでいくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ