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第21話:これまでの努力が無駄で魔法こそが最強だと認めたくないので、さらに負荷(物理)を倍増させることにしました

 

 翌朝。

 私は屋敷の瓦礫の上で、体育座りをしていた。


 目の前には、弟子たちが嬉々として筋肉を鍛えている光景が広がっている。

 普段なら「いい大胸筋ね!」と声をかけるところだが、今の私にはその元気がない。


「お嬢様……? 朝食の時間ですが……」


 開拓によって鍛え上げられムキムキになったトムがお盆を持って近寄ってきた。

 メニューはオーク肉のステーキ。大好物だ。

 なのに、食欲が湧かない。いつもはオークステーキを5枚は平らげるのに(1枚約500g)今日は4枚しか食べられそうにない気分だ。


「……トム」


「はい」


「私って、魔法使いに見える?」


「え? いえ、どう見てもゴリラ……じゃなくて、ひ弱なお嬢様に見えますけど」


「そうよね。そうよねえ……」


 私はため息をついた。

 昨晩、ルイスに言われた言葉が頭から離れない。


『それは筋肉ではない。魔法だ』


 無自覚な身体強化。

 つまり、私が10年間積み上げてきた努力は、魔法というチート機能による「底上げ」に過ぎなかったのだ。

 自分の足で登ってきたと思っていた山頂へ、実はエスカレーターで運ばれていただけだったような、そんな虚しさ。


(悔しい……)


 私は自分の手を見た。

 マメができ、皮が厚くなった手。

 これも全部、魔法のおかげだったの?

 私が流した汗は、嘘だったの?


 認めたくない。

 絶対に認めたくない。


 私は筋肉を愛している。この筋肉のお陰で処刑ルートを回避できた(と思い込んでいた)。

 そして、何より努力が確実に形となって返ってくる、あの正直な反応を愛しているのだ。

 それを「魔法のおかげ」の一言で片付けられてたまるか。


 ふつふつと、腹の底から怒りが湧いてきた。

 それはルイスに対する怒りではない。

 安易に魔法に頼っていた(らしい)自分自身への怒りだ。


「……そうよ」


 私はガバッと立ち上がった。

 トムがビクッとする。


「魔法が勝手に発動しているのが悪いんですわ。だったら、魔法が使えない状態にすればいいだけの話です!」


「は、はい?」


「トム、出かけますわよ! ルイス様のところへ!」


 私はステーキを一気食いし、口の周りを拭って走り出した。

 悩んでいる時間があるなら、スクワットの一回でもした方が建設的だ。


 逆境こそが筋肉(わたし)を育てる。

 ピンチはチャンス。魔法が邪魔なら、魔法ごとねじ伏せてやる。所詮この世は、力こそパワー(筋肉)なのだから!


 ◇


 ジークフリート領の領主館。

 ルイスの執務室のドアを、私はノックもせずに開け放った。


「ルイス様! お願いがあります!」


「……ノックをしろと言っただろう。それからドアを壊すな」


 ルイスは机に向かって書類仕事をしていたが、呆れたように顔を上げた。

 その顔には、少しだけ安堵の色が浮かんでいるように見えた。

 昨晩、私が廃人のようになっていたのを気にしていたのかもしれない。


「それで? 魔法の使いすぎで体が痛むのか?」


「いいえ。アイテムを貸していただきたいのです」


 私は彼の机に身を乗り出した。


「『魔封じの手錠』はお持ちですか?」


 ルイスの目が丸くなった。


「魔封じの手錠……? 犯罪者の魔術師を拘束するための、魔力循環を阻害する拘束具のことか?」


「そうです! それの一番強力なやつを!」


「持ってはいるが……何に使うつもりだ?」


 彼は怪訝な顔をした。

 当然だ。自分から手錠をかけたがる令嬢なんて、変態かマゾヒストくらいのものだ。


「証明するためです」


 私は胸を張った。


「私の筋肉が、魔法ごときに負けていないことを!」


「……は?」


「手錠をつけて魔力を封じれば、純粋な筋力だけで勝負できますでしょう? その状態でトレーニングをして、以前と同じパフォーマンスが出せれば、私の勝ちです!」


 ルイスは口をポカンと開けていた。

 天才魔術師の頭脳をもってしても、私の理論(屁理屈)を処理しきれていないようだ。


「……待て。意味が分からない。魔力を封じれば、君の身体能力は数百分の一に低下するはずだ。下手をすれば、自分の体重すら支えられなくなるぞ」


「だからこそ、ですわ! それは最高の『負荷(ウェイト)』ではありませんか!」


 私の目は輝いていた。


「今の私には、どんな重い岩も軽すぎます。でも、自分の魔力を封じれば、日常生活そのものがハードなトレーニングになりますのよ! こんな効率的な鍛錬法、他にありませんわ!」


「…………」


 ルイスは眼鏡を外し、こめかみを強く揉んだ。

 長い、長い沈黙。

 やがて彼は、引き出しから黒い金属製の手錠を取り出した。


「……これだ。オリハルコン製で、強力な封印術式が組み込まれている。これを着ければ、大魔導師でも子供以下の魔力しか出せなくなる」


「ありがとうございます!」


 私はひったくるように手錠を受け取り、自分の両手首に装着した。


 カチャリ。


 その瞬間。


 ズシッ……!


 体が重くなった。

 まるで鉛のコートを着せられたような感覚。

 今まで体の内側から湧き上がっていた力が、霧散していくのが分かる。


「う、ぐ……ッ!」


 私はその場に膝をつきそうになった。

 重い。

 自分の腕を上げるのさえ億劫だ。

 呼吸をするだけで体力を消耗する。


(これが……本当の、私……?)


 あまりの弱体化に、目の前が暗くなる。

 やはり、私は魔法に生かされていただけだったのか。


「……無理だ、外せ」


 ルイスが痛ましげな声で言った。


「急激な魔力遮断は体に毒だ。今の君は、その反動で一般の女性よりも虚弱になっている。そんな状態で動けるはずが……」


「いいえ」


 私は歯を食いしばり、震える足に力を込めた。


「まだ、です……!」


 動け、私の大腿四頭筋。

 起きろ、私の脊柱起立筋。

 魔法がなくなったくらいで、へこたれるな。

 私たちが積み上げてきた10年は、そんなに柔なものじゃないはずだ。


「ふんッ……!!」


 私は気合一閃、床を踏みしめて立ち上がった。

 汗が吹き出る。

 心臓が早鐘を打つ。

 だが、立てた。


「見ましたか、ルイス様。立てましたわ」


 私はニヤリと笑ってみせた。

 顔は引きつっていたかもしれないけれど。


「……馬鹿な」


 ルイスが絶句している。


「その手錠は、魔力だけでなく体力も奪う呪いがかかっているんだぞ。精神力だけで耐えられるレベルではない」


「気合ですわ。……さて、お暇しますね。今日はこれから、この状態で岩運びをしなくてはなりませんので」


 私は重たい足を引きずりながら、出口へと向かった。

 一歩歩くごとに、全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 最高だ。

 久しぶりに感じる、この「生きてる」感覚。


「アレクサンドラ」


 背後から呼び止められた。

 振り返ると、ルイスは複雑な表情で私を見ていた。

 呆れと、困惑と、そして微かな敬意がないまぜになったような顔。


「……無理はするなよ。君に死なれては、私の研究が頓挫する」


「ご心配なく。筋肉は裏切りませんから」


 私は手を振って(重くて上がらなかったので、小さく振って)部屋を出た。


 ◇


 扉が閉まった後。

 ルイスは一人、椅子に深く沈み込んだ。


「……理解不能だ」


 彼は天井を仰いだ。


 魔力こそが至高とされるこの世界で、自らその力を封じ、あえてイバラの道を選ぶ人間など見たことがない。

 しかも、その理由が「筋肉を証明したいから」などと。


「だが……」


 ルイスは、自分の胸が高鳴っているのを感じた。


 魔力を封じられた状態で、彼女は立ち上がった。

 それはつまり、彼女の精神力が、魔法の拘束力を凌駕したということだ。


「彼女は、私の理論の外側にいる」


 計算も、予測も通用しない。

 だからこそ、目が離せない。


「アレクサンドラ・フォン・バーデン。君という生き物は、どこまで私の予想を裏切れば気が済むんだ」


 ルイスは口元を緩め、楽しそうに笑った。

 手元の観察日記に、新たなページを加える。


 『観測対象A:魔力封印下における異常な適応能力を確認。彼女の強さの本質は、魔法でも筋肉でもなく、その「魂の強度」にあるのかもしれない』


 外からは、アレクサンドラの「いち、に、いち、に!」という掛け声(悲鳴に近い)が聞こえてきていた。

 ルイスはいつの間にか、彼女の声を聞くのが日課になっている自分に気づき、苦笑した。


本日もお読みいただきありがとうございました!


明日はついに(やっと)、タイトルにもあります隣国の筋肉王が登場いたします……。

タイトルにいるにも関わらず、22話まで出さないという、なろうにあるまじき蛮行。お待たせいたしまして、申し訳ありません……。


明日も3話更新いたします!


第22話:隣国の脳筋王が「弟子にしてくれ」と国境を越えてきました


で、またお会いいたしましょう!


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