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第20話:勝利の宴の裏で、ルイス様から残酷すぎる宣告を受けました。あまりのショックに夜は9時間しか寝られず、食事も3食しか喉を通りません

 

 祭りの夜は、熱気に包まれていた。


 屋敷の前の広場には巨大な焚き火が焚かれ、狩りたてのオーク肉やボア肉が豪快に焼かれている。

 脂が炭に落ちてジュウジュウと音を立て、香ばしい匂いが立ち込める。


「姉御に乾杯ィィィッ!!」


「俺たちの筋肉に乾杯ィィィッ!!」


 ガイルたち弟子(元冒険者)が、樽ジョッキをぶつけ合って雄叫びを上げている。

 彼らは今日の防衛戦で大活躍だった。

 人間投石機で岩を投げまくったせいで、全員の上腕二頭筋と大胸筋がパンパンに張っているらしい。それを自慢し合っている姿は、実に微笑ましい。


「グルゥ~(肉うめぇ)」


 ポチも山盛りの肉を前にご満悦だ。

 どうやら、この領地の食料事情は当分安泰のようだ。


「……ふふっ」


 私は骨付き肉を片手に、その光景を眺めていた。

 幸せだ。


 乙女ゲーの攻略に失敗し、王都を追い出された時はどうなることかと思ったが、これだけ充実しているなら結果オーライである。

 ここには美味しい空気と、美味しい肉と、一緒に汗を流せる仲間がいる。


「さて、私もおかわりを……」


 私が次の肉に手を伸ばそうとした時だった。


「アレクサンドラ。少し良いか」


 後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこにはルイスが立っていた。

 周囲の喧騒とは無縁の、静かな佇まい。

 手にはワイングラスを持っているが、一口も飲んでいないようだ。


「あら、ルイス様。もっと召し上がらないのですか? 今日のオークは脂が乗っていて絶品ですわよ」


「……いや、私は遠慮しておく」


 ルイスは少し言い淀み、真剣な眼差しで私を見た。


「話がある。少し、場所を変えよう」


 彼の声は低く、重かった。

 いつもの「変態研究者」としての軽薄さがない。


(……なんだ? 私なんかしちゃったか?)


 私は首を傾げた。

 もしかして、マグマ風呂の件でまだ怒っているのだろうか。


 少し不安になりながらも、私は彼の後について、宴の喧騒から離れた岩場へと向かった。


 ◇


 月明かりだけが照らす静かな岩場。

 ルイスは立ち止まり、夜空を見上げた。


「今日の戦い、見事だった」


 彼がポツリと言った。


「君がいなければ、この一帯は魔獣に踏み荒らされていただろう。そして、私の領地にもその影響は及んでいたはずだ。礼を言う」


「え? あ、はい。どういたしまして」


 素直なお礼に、私は面食らった。

 なんだ、改まって何を言うかと思えば。


「お礼なら、お肉の差し入れで十分いただいていますわ。それに、ルイス様の氷魔法がなければ、あのゴーレムには勝てませんでしたし」


「……そうだな」


 ルイスは私に向き直った。

 銀縁眼鏡の奥の瞳が、射抜くように私を見つめている。


「だが、アレクサンドラ。君は気づいていないのか?」


「何にです?」


「君があのゴーレムを殴った時、何が起きたのかを」


 彼は懐から、一台の機械を取り出した。

 先日、私の家に設置していった「測定器(ダンベル)」の小型版のようなものだ。


 だが、その機械は無惨な姿になっていた。

 ガラス管は砕け散り、金属部分は黒く焦げ付いている。


「これ、壊れてますわよ?」


「ああ。壊れたんだ。君が最後の一撃を放った瞬間、計測限界を突破して焼き切れた」


 ルイスは壊れた測定器を握りしめた。


「アレクサンドラ。君はずっと、自分の力を『筋トレの成果』だと言っていたな」


「ええ、そうですわ。毎日欠かさずトレーニングしていますもの」


「結論から言おう」


 ルイスは一呼吸置き、残酷な事実を告げた。


「それは筋肉ではない。魔法だ」


「……は?」


 私は瞬きをした。

 何を言っているのだろう、この人は。


「魔法? 私が? まさか。私は魔法なんて使えませんわよ。ステータス画面も『魔力:E(極小)』でしたし」


「それは、君の魔力が体内で循環しきっていて、外部に漏れ出ていなかったからだ」


 ルイスは淡々と説明を始めた。


「今日の戦闘で確信した。君の体には、常識外れの魔力炉(コア)が存在する。そこから生み出された膨大な魔力は、無意識のうちに君の全身の筋肉繊維一本一本に流れ込み、極限まで強化しているんだ」


 彼は私の一歩前に進み出た。


「君が『パンプアップした』と思っている時、実際には『魔力充填(マナ・チャージ)』が行われている。君が『気合を入れた』時、それは『身体強化魔法(フィジカル・ブースト)』の無詠唱発動だ」


「…………」


 私は口をパクパクさせた。

 理解が追いつかない。


 つまり、なんだ。

 私のこの、鋼鉄のような腹筋も?

 ドラゴンを投げ飛ばす背筋も?

 すべて、魔法の力でドーピングされた結果だと言うのか?


「嘘……ですよね?」


 私の声が震えた。


「だって、私、頑張りましたのよ? 雨の日も風の日も、筋肉痛に耐えてスクワットをして……プロテインだって我慢して飲んで……」


「その努力を否定はしない。だが、純粋な生物学的な筋肉だけで、ミスリルを粉砕することは物理的に不可能だ」


 ルイスは冷静に、科学者の視点で断言した。


「君は天才だ、アレクサンドラ。無自覚とはいえ、これほど高度な身体強化を常時発動し続けるなど、宮廷魔導師でも不可能だ。誇っていい」


 誇っていい?

 天才?


 違う。

 そんな言葉、欲しくない。


 ガガーン……。


 頭の中で、何かが崩れ落ちる音がした。

 それは、私のアイデンティティだ。


(私は……筋肉キャラじゃ、なかった……?)


 魔法が使えないから、物理で頑張ろうとした。

 悪役令嬢として、このゲーム最大のイベントである処刑から生き残るために、己の肉体だけを信じて鍛え上げてきた。

 その汗と涙の結晶が、実は「才能(チート)」によるものだったなんて。


「あ、あぁ……」


 私はその場に崩れ落ちた。

 膝から力が抜ける。

 あれ? 膝に力が入らない。

 これも、魔力が切れたからなのかしら。


「おい、どうした? 具合でも悪いのか?」


 ルイスが慌てて駆け寄ってくる。

 彼は不思議そうな顔をしていた。


 自分が「君は魔法の天才だ」という最高の褒め言葉を贈ったつもりでいるのだ。

 それが、私にとっては死刑宣告にも等しい言葉だとは気づかずに。


 私は真っ白に燃え尽きた灰のように、虚空を見つめた。


 遠くから、楽しげな宴の声が聞こえる。

 ガイルたちの「筋肉! 筋肉!」という掛け声が、今の私には皮肉にしか聞こえなかった。


(私は……ニセモノの筋肉だったんだ……)


 カルスト領の冷たい夜風が、私の心を吹き抜けていった。


 ◇


 ルイスは困惑していた。


 真実を告げれば、彼女は喜ぶと思っていたのだ。

「自分には魔法の才能があったんだ!」と。

 そして、その才能を伸ばすために、自分(ルイス)の指導を受け入れてくれると期待していた。


 だが、目の前のアレクサンドラは、まるで世界の終わりを見たような顔でへたり込んでいる。

 目から光が消え、魂が抜けたようだ。


「……なぜだ?」


 ルイスには理解できなかった。

 魔法が使えることは、この世界において最高のステータスだ。

 ましてや彼女のそれは、歴史を変えるレベルの異能である。


「なぜ、そこまで落ち込む?」


 彼はアレクサンドラの肩に手を置こうとして、躊躇った。

 彼女の華奢な肩が、小刻みに震えていたからだ。


 ルイスは知らなかった。

 彼女にとって「筋肉」とは、単なる肉体組織ではなく、前世からのコンプレックスと、現世での生き様そのものだったことを。


 二人の認識のズレは、決定的な亀裂となってその場に横たわっていた。


 宴の夜。

 アレクサンドラ・フォン・バーデンは、人生最大の挫折を(少しだけ)味わっていた。


 果たして彼女は、愛する筋肉と残りの人生を笑い合いながら過ごすことができるのであろうか……。


 この日、彼女はどうしようもない不安に襲われ、夜も9時間しか眠れなかったという……。


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