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第19話:氷の魔術師と筋肉令嬢の「共同作業(ケーキ入刀)」で、硬いアイツを粉砕しました

 

 ガラガラガラッ……!!


 10メートルの巨体だったものが、無数の破片となって降り注ぐ。

 極低温で凍てつき、私の拳によって粉砕されたミスリルの残骸が、夕日を反射してダイヤモンドダストのようにキラキラと舞っていた。


 その中心で。

 私は拳を突き出したまま、大地に着地した。


 残心。

 我ながら完璧なフォームだ。


「……ふぅ」


 肺に溜まった熱い息を吐き出すと、白い蒸気となって空に昇っていった。

 構えを解き、ゆっくりと顔を上げる。


 目の前には、銀色の砂利の山があるだけ。

 さっきまで私を絶望させた「質量の暴力」は、もうどこにもない。

 勝ったのだ。


「や、やった……!」


 背後から、震えるような声が聞こえた。ガイルだ。


「やったぞぉぉぉぉッ!! 姉御が、あの化物を粉砕したぁぁぁッ!!」


「「「「うおおおおおおおおッ!!」」」」


 爆発的な歓声が上がり、弟子たちが駆け寄ってくる。

 トムも涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら走ってきた。

 ポチも「ワンワンッ!」と嬉しそうに吠え、私の周りを飛び跳ねている。


 この、理不尽なまでの暴力の塊に、私たちは打ち勝ったのだ。


 私は空を見上げた。

 そこには、ゆっくりと降下してくるルイスの姿があった。

 彼は私の目の前に降り立つと、氷の翼を霧散させ、眼鏡をクイッと上げた。


「……見事だ」


 短い言葉だった。


 だが、その声には偽りのない称賛が含まれていた。


「ルイス様のおかげですわ。あそこで凍らせてくださらなければ、私の手の方が砕けていました」


「ふん。私はただ、物理法則を少し手助けしたに過ぎない。最後の一撃を加えたのは、君の力だ」


 ルイスは足元に散らばる銀色の砂利を見下ろし、呆れたように吐息を漏らした。


「それにしても、ミスリル・ゴーレムを一撃粉砕か……。学術書に載せても『童話の類』だと笑われるだろうな」


「あら、証拠ならここにありますわよ」


 私は足元に落ちていた、赤く輝く宝石を拾い上げた。


 ゴーレムの動力源だった魔石だ。

 バスケットボールくらいの大きさがあり、内側から脈打つような魔力を放っている。


「これ、売ったらいくらになります?」


「……そうだな。城を三つ買ってもお釣りがくる」


「大金星ですわね!」


 私は魔石を高く掲げた。

 夕日を受けて輝く赤い宝石。

 それが勝利の証だった。


「宴ですわ! 今日は肉もミスリルも魔石も、全部私たちのものです!」


 わぁぁぁっと、今日一番の歓声が上がる。

 こうして、バーデン領初の防衛戦「スタンピード迎撃作戦」は、私たちの完全勝利で幕を閉じた。


 心地よい疲労感とともに、私はルイスと視線を合わせた。

 言葉はなかったが、私たちは互いに小さく頷き合った。

 なんだかんだで、いいコンビかもしれない。


 ……まあ、彼が理屈っぽい変態(研究者)でさえなければ、もっと良かったのだけれど。


 ◇


 その夜。

 屋敷の前では盛大な祝勝会が開かれていた。


 庭には何本もの焚き火が焚かれ、大量のオーク肉が焼ける香ばしい匂いが漂っている。

 男たちは酒を酌み交わし、筋肉を見せ合って笑い、今日の武勇伝を語り合っていた。


 そんな喧騒から離れた場所で。

 ルイスは一人、砕け散ったミスリルの破片を焚き火にかざしていた。


「……やはり、異常だ」


 彼は破片を検分し、戦慄していた。

 確かに、私は魔法で凍結させ、分子構造を脆くした。


 だが、相手は魔法金属の王、ミスリルだ。

 いくら凍っていたとしても、物理攻撃だけでここまで微細な「粉状」になるまで破壊するには、理論値を遥かに超える衝撃が必要になる。


「アレクサンドラが拳を放った瞬間、計測不能なスパイク(波形)が記録されていた」


 ルイスは懐から取り出した魔力測定器の記録紙を見た。

 そこには、針が振り切れた際に生じた、焼け焦げたような跡が残っていた。


「体内の魔力を、拳の一点に極限まで収束させ、それを純粋な運動エネルギーに変換して撃ち出す……。そんな神業のような術式を、彼女は無詠唱で、しかも無自覚にやってのけたというのか?」


 それはもはや、「魔法」の定義すら揺るがす現象だった。

 魔法とは、術式と詠唱によって世界に干渉する技術だ。


 だが彼女は、複雑なプロセスをすべてすっ飛ばして「結果(破壊)」だけを叩き出している。


「天才……いや、天災か」


 ルイスは屋敷の方を振り返った。

 そこには、巨大な骨付き肉に豪快にかじりつき、口の周りを油まみれにして笑うアレクサンドラの姿があった。


 金色の髪が、焚き火の明かりに照らされて美しく輝いている。

 その姿を見て、ルイスの胸の奥で、何かが疼いた。

 それは研究者としての好奇心だけではない。

 もっと根源的な、焦燥感のようなものだった。


「……言わなければならないな」


 彼は決意した。ポケットにミスリルの破片をしまう。

 このまま彼女を無自覚なままにしておくのは危険すぎる。


 あのデタラメな出力は、いずれ彼女自身の体を壊すかもしれない。


 それに、王都や他国の連中が彼女の真価に気づけば、なりふり構わず「兵器」として奪いに来るだろう。


「彼女を守るためには、正しい知識を与えなければならない」


 ルイスはアレクサンドラのもとへと歩き出した。

 残酷な真実を告げるために。


 彼女が信じる「筋肉」というアイデンティティを、根底から覆すために。


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