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第18話:Sランク魔獣『ミスリル・ゴーレム』が現れたので全力で殴りましたが、私の腹筋より硬かったです


 ズズズズズズ……!!


 不気味な地響きとともに、森の木々が左右に押し分けられていく。

 現れたのは、銀色の巨人だった。


 身長は10メートルを超えているだろうか。

 全身が鏡のように磨き上げられた金属で構成されており、夕日を反射してギラギラと輝いている。

 のっぺらぼうの顔には、二つの赤い宝石が眼球のように埋め込まれ、不気味に明滅していた。


「な、なんだあれは……!?」


 ガイルが悲鳴を上げる。

 無理もない。これまでの魔獣とは、纏っている空気の質が違う。

 生物としての生々しさがない。

 ただそこにあるだけで、周囲の空気を圧迫するような「質量の暴力」。


「あら、珍しいお客様」


 私は首を傾げた。

 金属質の魔獣なんて、図鑑でもあまり見たことがない。

 強いて言えば、リビングアーマー(動く鎧)の親玉だろうか。


(美味しそう……ではないわね)


 さすがの私も、金属を食べる趣味はない。

 鉄分補給には良さそうだが、歯が欠けそうだ。


「グルルゥッ……!」


 ポチが低く唸り、後ずさりした。

 あの好戦的なポチが、怯えている?

 野生の勘が「勝てない」と告げている証拠だ。


「キィィィィン……」


 巨人が(くち)(のようなスリット)を開き、金属が擦れるような耳障りな音を発した。

 次の瞬間。


 ドォォン!!


 巨人が地面を蹴った。

 その巨体からは想像もできないスピードで、一気に距離を詰めてくる。

 狙いは、前線にいるガイルたちだ。


「しまっ……!?」


 ガイルが反応するより早く、丸太のような銀色の腕が薙ぎ払われた。


「危ない!」


 私はとっさに地面を蹴り、ガイルの襟首を掴んで後ろに放り投げた。


 ブォンッ!!


 豪風が顔を叩く。

 巨人の腕が、ガイルのいた空間を通り過ぎ、そのまま横にあった巨岩(投石用)に激突した。


 ガギィィィン!!


 甲高い音が響き、巨岩が粉々に砕け散った。

 まるで豆腐のように。


「……冗談だろ?」


 宙を舞って着地したガイルが、顔面蒼白で呟く。

 直撃していたら、今頃彼は赤い霧になっていただろう。


「下がっていなさい、みんな!」


 私は前に出た。

 久々に、背筋に冷たいものが走る。

 武者震いだ。


 こいつは強い。

 これまでの「食材」たちとは違う。

 明確な「敵」だ。


「お客様、当店での暴力行為は禁止されておりますの。私は暴力を嫌悪しますわ。暴力反対!」


 私は巨人の前に立ちはだかり、右の拳を握りしめた。

 相手が何であろうと関係ない。

 売られた喧嘩は、倍の値段(物理)で買い取るのが私の流儀だ。


「キィィン……」


 巨人が私を見下ろす。

 赤い瞳が、ターゲットを私に変更したようだ。


 振り上げられる銀色の剛腕。

 質量にして数十トン。それがトップスピードで振り下ろされる。


「ふんッ!!」


 私は避けない。

 正面から迎え撃つ。

 私の右拳が、光を纏って突き上げられた。


 カアァァンッ!!


 鐘楼の鐘を突いたような、澄んだ音が戦場に響き渡った。


 私の拳と、巨人の腕が衝突した。

 地面がクレーター状に陥没する。


 拮抗。

 いや――。


「……っ!?」


 私は目を見開いた。


 硬い。

 ありえないほど、硬い。


 私の拳は、これまでどんな岩も鉄も粉砕してきた。

 ドラゴンですら、デコピンで気絶させた。

 なのに、こいつの腕には、ヒビ一つ入っていない。


 それどころか、私の衝撃が「吸い込まれている」ような感覚がある。


「キィィィ……」


 巨人が嘲笑うかのように目を細めた。

 そのまま体重を乗せて押し込んでくる。


 ミシッ、ミシシッ……。


 私の足が、地面にめり込んでいく。

 力負けしているわけではない。

 だが、こちらの攻撃が通じない以上、押し返せない。


「嘘……でしょ……?」


 私の拳が、通じない?

 10年間、血の滲むような思いで鍛え上げた、この筋肉が?


 一瞬の動揺。

 それが命取りになった。


 巨人のもう片方の手が、横から迫っていた。


 ドォォォォン!!


 強烈な衝撃が脇腹を襲う。

 私はボールのように弾き飛ばされた。


「がはっ……!」


 息が詰まる。

 地面を何度も転がり、瓦礫の山に激突してようやく止まった。


「姉御ーッ!!」


「お嬢様!!」


 トムと弟子たちの悲鳴が聞こえる。


 痛い。

 久しぶりに感じる痛みだ。

 肋骨が数本、悲鳴を上げているのが分かる。

 日頃の鍛錬がなければ、即死していただろう。


 私はよろりと立ち上がった。

 ドレスは破れ、土まみれだ。


「……やってくれますわね」


 私は口の端から垂れた血を拭った。

 怒りよりも、困惑が勝っていた。


 なぜ壊れない?

 あの銀色の金属は何だ?

 鉄ではない。鋼鉄でもない。

 私の拳を受け止めて、傷一つ付かない物質なんて、この世に存在するのか?


「キィィィン!」


 巨人が追撃に来る。

 今度は足だ。巨大な足裏が、私を踏み潰そうと迫ってくる。


 避けるしかない。

 私は横に跳んだ。


 ズシンッ!!


 私がいた場所が、巨大な足跡の形に窪む。


 勝てない。

 攻撃が通じない相手に、どうやって勝てばいい?

 投石? いや、私の拳より威力が低い石なんて、豆鉄砲にもならないだろう。

 関節技? あの太い腕を極めるのは物理的に不可能だ。


 初めて味わう、「手詰まり」の感覚。

 これが、絶望というやつか。


「グルァッ!!」


 ポチが私の前に飛び出し、巨人に噛み付いた。

 だが、自慢の牙が金属の表面を滑り、傷一つつけられない。

 逆に巨人の裏拳を食らい、キャンッ! と悲鳴を上げて吹き飛ばされた。


「ポチ!!」


 私の大切なペットが、やられた。

 弟子たちも、恐怖で動けない。


 このままでは全滅する。

 私が守らなければ。私が、この領地最強の「力」なのだから。


 私は吠えた。

 全身の筋肉を限界まで収縮させる。

 金色の光が、太陽のように激しく輝き出す。


「うおおおおおおおおっ!!」


 理屈なんてどうでもいい。

 硬いなら、もっと強く殴ればいい。

 100の力でダメなら、1000の力で殴るまでだ。


 私は捨て身の覚悟で、巨人に突っ込んだ。


 だが、その時。


 ヒュオオオオオオ……!


 猛烈な冷気が、戦場を支配した。


 私の突進よりも早く、青白い光の奔流が巨人を飲み込んだのだ。


 パキパキパキパキッ!!


 空気が凍りつく音。

 輝いていた巨人の銀色の体が、一瞬にして白く霜に覆われていく。


「……え?」


 私は足を止めた。

 上空から、聞き覚えのある声が降ってきた。


「下がるんだ、アレクサンドラ! 物理一辺倒では、奴には勝てない!」


 見上げると、そこには氷の翼を生やした(ように見える魔法を使った)ルイスが浮いていた。

 手には杖を構え、額には脂汗が滲んでいる。


「あれは『ミスリル・ゴーレム』だ! 魔法金属の王、ミスリルで構成された古代兵器だぞ!」


「ミスリル……?」


 魔法を弾き、物理衝撃を拡散させる、世界でも屈指の、硬金属。

 私の腹筋よりも硬い物質が、この世にあったなんて。


「奴に打撃は通じない! 衝撃吸収特性を持っているからだ!」


 ルイスが叫ぶ。


「だが、物質である以上、物理法則からは逃れられない! 私の魔法で『熱収縮』を起こさせる!」


 彼の杖から、さらなる冷気が放たれた。

 極大魔法『絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』。

 ミスリル・ゴーレムの全身が、完全に氷漬けにされていく。


 動きが止まった。

 関節が凍りつき、あの滑らかだった金属の表面が、極低温によって脆く変質していく。


「今だ、アレクサンドラ!」


 ルイスが私を見た。

 その瞳は、私を信じていた。


「凍らせて脆くした! 今のお前の馬鹿力なら、砕けるはずだ!」


 なるほど。

 理屈はよく分からないが、要するに「カチカチに凍ったバナナなら、釘が打てる」みたいなことか。

 違うか。まあいい。


 やることは一つだ。


 私は拳を握り直した。

 さっき弾かれた痛みはもうない。

 あるのは、この不愉快な鉄屑を粉砕したいという破壊衝動だけ。


「了解ですわ、ルイス様!」


 私は大地を踏みしめた。

 右足、腰、背中、肩、そして腕。

 全身のバネを連動させ、一点に集約する。


 私の全身から溢れる金色の光が、右拳に収束していく。


「これでも食らいなさい! 我が領地秘伝、岩砕き流……」


 私は跳んだ。

 凍りついた巨人の胸板めがけて、流星のような一撃を放つ。


「ただの……正拳突きィィィィッ!!」


 ◇


 上空のルイスは、その瞬間を目撃した。


 金色の光を纏った拳が、絶対零度で凍結したミスリルの装甲に突き刺さる瞬間を。


 魔法と物理。

 相反する二つの力が、一つの目的のために融合した瞬間を。


 ドッ……………………………………──!!


 世界から音が消えた。

 そして、銀色の巨人が、内側から弾け飛んだ。


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