第16話:最近、筋トレをすると体が発光するんですが、これがオーラというやつでしょうか
ルイスが不吉な予言を残してから、数日が経過した。
カルスト領の空気は、日増しに重くなっている。
森の鳥たちは姿を消し、夜になると地鳴りのような唸り声が遠くから響くようになった。
だが、私たちの生活リズムは変わらない。
むしろ、来るべき「魔獣ブッフェ」に向けて、トレーニングの強度は増していた。
「ふんッ! ぬんッ!」
私はジムのベンチプレス台で、巨大な岩を持ち上げていた。
重量、推定200キロ。
以前なら少し気合を入れなければならなかった重さだが、今は羽根のように軽く感じる。
「101、102、103……!」
汗が飛び散る。
筋肉が熱く脈打ち、全身の血液が沸騰するような感覚。
これだ。このパンプアップ感こそが生きている証だ。
「お嬢様……あの、ちょっとよろしいですか?」
横でカウントをしていたトムが、恐る恐る声をかけてきた。
彼はサングラスをかけている。
日差しが強いからではない。
「どうしました、トム。まだ3セット目が終わったばかりですわよ」
「いえ、そうじゃなくてですね……」
トムはサングラスの位置を直し、私の体を指差した。
「お嬢様、光ってます」
「はい?」
「体が、物理的に光ってます。眩しくて直視できません」
私は自分の体を見下ろした。
ボゥッ……。
私の肌から、黄金色の光が立ち上っていた。
湯気ではない。
文字通り、発光しているのだ。蛍のように、あるいは黄金のオーラのように。
「あら、本当ですわね」
私はバーベルを置き、自分の腕をまじまじと観察した。
力を込めると、光はより一層強く輝く。
「これは……ついに来たのかもしれませんわ」
「な、何がですか?」
「筋肉の神様が微笑んだのです」
私は拳を握りしめた。
「極限まで鍛え上げられた筋肉は、そのエネルギーを光として放出する……前世の漫画で読んだことがあります。これぞ『覇気』、あるいは『闘気』というやつですわ!」
「いや、絶対に違いますよ!?」
トムが叫んだ。
「どう見ても魔力光じゃないですか! お嬢様、やっぱり魔法使いなんじゃ……」
「失礼な。私は魔法なんて使えませんわよ。詠唱もしたことがないですし」
私は光る腕を振って見せた。
ブォンッ!
光の残像が軌跡を描く。綺麗だ。夜道でも安心である。
「まあ、原因はどうあれ、調子は最高です。この輝きがあれば、どんな魔獣が来てもワンパンで沈められそうな気がしますわ」
私はポジティブに解釈することにした。
体が光るくらい、異世界ならよくあることだろう。
その時。
ウゥゥゥゥゥゥ――!!
けたたましいサイレンが鳴り響いた。
ルイスの結界装置だ。
だが、今までの警告音とは違う。より鋭く、切迫した音が連続して鳴っている。
「来ましたね」
私は汗を拭い、立ち上がった。
ガイルたちも作業の手を止め、武器を構える。
「総員、配置につきなさい! お肉のおかわりが来ましたわよ!」
「「「「うおおおおおおッ!!」」」」
男たちの雄叫びが上がる。
彼らの目にも恐怖はない。あるのは食欲と、自らの筋肉を試したいという戦闘意欲だけだ。
◇
同時刻。
カルスト領の上空に、ルイスの姿があった。
「……始まったか」
彼は眼下に広がる森を見下ろし、顔をしかめた。
森の奥から、黒い濁流のようなものが溢れ出している。
魔獣だ。
狼、猪、大蛇、そして見たこともない異形の怪物たち。
数千、いや数万の群れが、雪崩のように押し寄せている。
「予想以上だな。魔素の濃度が異常だ」
ルイスは眼鏡の魔力測定機能を起動した。
レンズに表示される数値が、危険域を突破して上昇していく。
そして、その魔素の中心にあるのが――。
「アレクサンドラ……」
彼は望遠鏡で彼女の姿を捉えた。
彼女の体から、金色の光が噴き出している。
本人は「筋肉が光っている」などと呑気なことを言っているだろうが、専門家の目から見れば明らかだった。
あれは、体内に留めておけなくなった魔力の漏出だ。
周囲の魔素濃度が上がったことで、彼女の体内の魔力炉が共鳴し、臨界点を超えようとしているのだ。
「まずいな。このままだと、彼女自身が魔力爆発を起こしかねない」
ルイスは焦燥に駆られた。
彼女は無自覚な「魔力身体強化」の使い手だ。
だが、その出力調整は本能任せで行われている。
外部環境が激変した今、制御不能に陥るリスクが高い。
「私がサポートしなければ」
ルイスは杖を構え、急速降下を開始した。
だがその時、彼の視界の端に、信じられないものが映り込んだ。
アレクサンドラの屋敷の前。
そこに、巨大な「落とし穴」が掘られていた。
幅10メートル、長さ50メートルほどの、一直線の堀だ。
「……なんだあれは? 塹壕か?」
いや、違う。
その穴の底には、無数の「剣山」のように削られた岩が敷き詰められている。
そして穴の縁には、丸太で作られた投石機のような装置が並んでいた。
「まさか……物理トラップだけで、この大軍を迎え撃つ気か?」
魔法障壁も、迎撃術式もない。
あるのは、筋肉で掘った穴と、筋肉で投げる岩だけ。
あまりに原始的。あまりに野蛮。
しかし。
「来るぞぉぉぉッ!! 撃てェェェッ!!」
ガイルの号令とともに、筋肉戦士たちが丸太の装置を作動させた。
投石機ではない。
彼ら自身がシーソーの反対側に飛び降り、その反動で巨岩を射出するという、命知らずの「人間投石機」だ。
ドォォォォォン!!
数トンの岩が、砲弾のように空を裂いて飛んでいく。
魔力など一切使っていない。
純粋な運動エネルギーの塊だ。
グシャァッ!!
岩が魔獣の群れに着弾した。
先頭を走っていたオークの集団が、ボーリングのピンのように吹き飛び、肉片となって四散する。
「なっ……!?」
ルイスは絶句した。
魔法障壁すら貫通しかねない威力だ。
「ひゃっはー! ストライクですわ!」
アレクサンドラが歓声を上げ、自らも巨大な岩を担ぎ上げた。
彼女の全身が、金色の光でさらに強く輝く。
「さあ、祭りの始まりですわよ!」
彼女が岩を投げつけると同時に、光の尾を引いて彗星のような一撃が放たれた。
ルイスは悟った。
魔力爆発の心配など無用だった。
彼女は、溢れ出る魔力すらも無意識に「筋力」へと変換し、破壊のエネルギーに変えているのだ。
「……化物め」
ルイスは苦笑し、しかしその瞳には信頼の色を宿して、援護射撃の構えを取った。
バーデン領防衛戦。
それは、常識外れの「物理無双」によって幕を開けた。
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