第15話:騎士団が置いていった「謝礼金」で、念願の『筋肉の神殿(ジム)』を建設しました
嵐のような一日が過ぎ去った。
ガルド団長率いる騎士団は、清々しい笑顔で王都へ帰っていった。
彼らは去り際に、「これは修行のお礼です」と言って、持っていた軍資金の大半を置いていってくれた。
その額、金貨500枚。
田舎の領地なら一年は遊んで暮らせる大金だ。
「……律儀な方々ですわね」
私は積み上げられた金貨の山を見て、ほっこりした気分になった。
王都の人間は冷たいと思っていたけれど、話せば分かる良い人たちばかりじゃないか。
これも私の真心込めたおもてなしが通じたおかげだろう。
「お嬢様、このお金どうします?」
トムが目を輝かせている。
「食料を買い込みますか? それとも、屋敷の屋根を直しますか?」
「いいえ、トム」
私は首を振った。
食料は現地調達とルイスの差し入れで足りている。
屋根は葉っぱで十分だ。
今、このカルスト領に足りないもの。
そして、増え続ける弟子たちのために必要なもの。
それは、ただ一つ。
「福利厚生施設を作りましょう」
「福利厚生……ですか?」
「ええ。皆が笑顔で汗を流せる、夢の施設ですわ」
私は金貨の袋を掴み、ニヤリと笑った。
◇
一週間後。
屋敷の横の広大な敷地に、それは完成した。
巨大な石柱が並ぶ、パルテノン神殿風の建造物。
ただし、屋根はない。青空天井だ。
中には、私が岩を削り出して作ったベンチプレス台や、丸太を組み合わせたスクワットラック、そして大小様々なダンベル(岩)が整然と並んでいる。
入り口には、達筆な文字でこう刻まれた看板が掲げられていた。
『バーデン筋肉道場』
「素晴らしい……!」
私は完成したジムを見上げ、感涙にむせび泣いた。
これぞ、私が夢見ていた光景だ。
王都の狭い部屋で、隠れるように腹筋をしていたあの日々とはおさらばだ。ここでは誰にも遠慮せず、思う存分パンプアップできる。
悪役令嬢として処刑される宿命から逃れるために始めた筋トレは、今や私の中で崇高なものになっていたのだ。
「姉御! 最高っす!」
「この石のベンチ、背中のフィット感がヤバいです!」
ガイルたち弟子も大喜びだ。
彼らは早速、新しい器具を使ってトレーニングに励んでいる。
プロテインの回し飲みも始まり、ジムは活気に包まれていた。
「……何を作ったんだ、君は」
呆れ果てた声が降ってきた。
空を見上げると、ルイスが浮遊魔法で降りてくるところだった。
今日も今日とて、涼しい顔で視察に来たようだ。
「あら、ルイス様。見てください、ジムですわ」
「ジム? ……闘技場か何かか?」
ルイスは興味深そうに、岩で作られたマシンの数々を眺めた。
「これは……投石器の台座か?」
「いいえ、レッグプレス用の椅子です」
「では、あの巨大な丸太は、城門を破るための破城槌だな?」
「いいえ、ただのバーベルです」
「……そうか」
ルイスは眼鏡を直し、私を見た。
「つまり、君は軍資金を使って、より効率的に兵士を強化するための訓練施設を作ったわけだ」
「兵士じゃありません。健康優良児です」
「どちらでもいい。……だが、悪くない判断だ」
ルイスの表情が、ふっと真剣なものに変わった。
彼はジムの入り口から、北の空――カルスト領の奥地に広がる深い森を見つめた。
「君も感じているのだろう? 森のざわめきを」
「え?」
私は首を傾げた。
言われてみれば、ここ数日、ポチが落ち着きなく森の方を警戒していることがあった。
鳥たちが騒ぎ、小動物が姿を消しているような気もする。
「魔素の濃度が上がっている」
ルイスは静かに言った。
「地脈が活性化し、森の奥から瘴気が溢れ出している。……近いぞ」
「何がですの?」
「『大氾濫』だ」
スタンピード。
その言葉の響きに、近くでトレーニングをしていたガイルたちが動きを止めた。
魔獣が群れを成して暴走し、全てを食らい尽くす災害。
辺境においては、死刑宣告にも等しい言葉だ。
「じ、冗談ですよね? スタンピードなんて、数十年に一度あるかないかの……」
ガイルが青ざめている。
「予兆はある。早ければ数日以内だ」
ルイスは私に向き直った。
「アレクサンドラ。君のそのデタラメな力、この施設でしっかり磨いておくことだ。……私の研究対象が、魔獣の餌になられては困るからな」
そう言い残し、彼は再び空へと舞い上がった。
去り際、彼の瞳が一瞬だけ、不安げに揺れたのを私は見逃さなかった。
(ルイス……厨二電波系?)
私のことを心配してくれているのだろうか。
ツンケンしているけれど、やっぱり彼は優しい。
「皆さん、聞きましたね?」
私は弟子たちを振り返った。
全員、不安そうな顔をしている。
無理もない。Cランクの魔獣一匹で大騒ぎしていた彼らにとって、魔獣の軍勢など悪夢でしかないだろう。
だからこそ、私が笑わなければならない。
「ラッキーですわね!」
私は満面の笑みで言った。
「え?」
「魔獣の大群ですって。つまり、お肉が向こうから勝手に歩いてくるということですわ!」
「……は?」
「さあ、今のうちに胃袋と筋肉を鍛えておきますよ! 食べ放題パーティーの準備です!」
私の言葉に、ガイルたちが顔を見合わせ、やがてニヤリと笑った。
「……違いない。姉御がいれば、ドラゴンだってメインディッシュだ」
「やってやるぜ! 俺たちの筋肉を見せてやろうじゃねえか!」
「うおおおおおおッ!!」
不安は熱狂に変わった。
単純で助かる。
私は北の空を見上げた。
スタンピードか。
どれほどの規模かは分からないが、私の大切な場所を荒らす奴は、神様だろうと許さない。
私は拳を握りしめた。
手のひらの中で、空気がパンッとはじける音がした。
◇
上空、ルイス・ヴァン・ジークフリート。
彼は眼下で気勢を上げる「筋肉教」を見下ろし、小さく息を吐いた。
「……あの状況で士気を上げるとはな。やはり、彼女は王の器か」
だが、彼の表情は晴れない。
魔導具が弾き出した予測値は、絶望的なものだった。
『推定規模:Aランク魔獣を含む、3000体以上の群れ』
通常の騎士団なら、一個師団がいても壊滅する規模だ。
いくらアレクサンドラが規格外でも、数には限度がある。
「間に合うか……?」
ルイスは自分の手を見つめた。
彼には策があった。
だが、それを行うには、彼女の協力――というより、彼女の「魔力」の覚醒が不可欠だった。
「急がなければな。彼女の力が、ただの『身体強化』ではないことを証明する時が来たようだ」
ルイスは氷の杖を強く握りしめ、自領へと急いだ。




