第14話:騎士団が「軍事演習」を見たいと言うので、朝のラジオ体操に参加させてあげました
翌朝。
マグマ風呂と激痛マッサージのフルコースを堪能した騎士団は、屋敷の前の広場に整列していた。
全員、肌がツヤツヤしている。
昨日の殺伐とした空気は微塵もない。まるで修学旅行の朝のような爽やかな空気だ。
「おはようございます、皆様。よく眠れましたか?」
私が声をかけると、ガルド団長がビシッと敬礼した。
「はっ! これほど深く眠れたのは数年ぶりです! 腰の痛みも完全に消えました!」
「それはようございました。では、朝食の前に軽く運動をしましょうか」
「運動、でありますか?」
「ええ。当領地では毎朝の日課になっておりますの。よかったらご一緒にいかがです?」
せっかくの機会だ。
王都の騎士団といえば、最新のトレーニング理論を知っているかもしれない。
情報交換ができれば儲けものだ。
「……承知した。アレクサンドラ殿がどのような指揮を執っておられるのか、拝見させていただこう」
ガルドは真剣な顔で頷いた。
どうやら、私の「指導力」に興味があるらしい。
◇
ガルドは、緊張感を持って広場を見渡した。
そこには、アレクサンドラの私兵団と思われる男たちが整列していた。
数は少ないが、その眼光は鋭く、体からは湯気のような覇気が立ち上っている。
(……精鋭だ)
ガルドは直感した。
彼らの筋肉の付き方、立ち姿のバランス。ただの農民や荒くれ者ではない。
極限まで鍛え上げられた戦士の体だ。
「よし、野郎ども! お客様が見ているぞ! 気合を入れろ!」
リーダー格の剣士が吠える。
「「「「イエス、マスター!!」」」」
腹の底からの咆哮。
一糸乱れぬ統率。
(なんという士気の高さだ……。王国の近衛兵でも、ここまでの気迫は出せんぞ)
ガルドの背筋に冷たいものが走る。
アレクサンドラ嬢は、わずかな期間でこれほどの部隊を作り上げたのか。
やはり、彼女は只者ではない。
「それでは、始めますわよ。ミュージック、スタート」
アレクサンドラが手を叩くと、どこからか軽快なピアノの旋律が流れてきた。
ルイスが置いていった通信機から流しているらしい。
「いち、に、さん、し!」
彼女の掛け声に合わせて、男たちが動き出す。
両手を広げ、大きく旋回させる。
膝を曲げ、伸ばす。
体を横に倒し、脇腹を伸ばす。
一見すると、奇妙な踊りのようだ。
だが、ガルドの目は誤魔化されなかった。
(……これは!)
彼は驚愕に目を見開いた。
ただ腕を回しているのではない。
肩甲骨の可動域を限界まで広げ、インナーマッスルを連動させている。
膝の屈伸も、重心移動の訓練そのものだ。
常に体幹がブレていない。
(効率的すぎる……! 剣術、体術、すべての動作の基礎が、この動きに凝縮されている!)
ガルドは戦慄した。
これはただの準備運動ではない。
究極の「軍事演習」だ。
「ご、ごくり……」
部下の騎士たちも息を呑んでいる。
彼らもまた、目の前の男たちの動きの「質」の高さに気づいたのだ。
「次は岩運びですわ! リズムに乗って!」
「「「「うおおおおッ!!」」」」
曲のテンポが上がると同時に、男たちは足元にあった巨大な岩(漬物石サイズ)を担ぎ上げた。
50キロはあるだろうか。
それを背負ったまま、軽快にステップを踏み、スクワットを繰り返す。
ズシン、ズシン、ズシン。
地響きがリズムを刻む。
顔色一つ変えずに、笑顔で負荷に耐える男たち。
「ば、バカな……。あれほどの重量物を持ちながら、この速度で……!」
「持久力が異常だ……!」
騎士たちがざわめく。
彼らとて鍛えているが、鎧を着てこの動きができる者は少ないだろう。
「さあ、騎士の皆様もご一緒に! 岩はそこにありますから!」
アレクサンドラがニッコリと手招きをする。
「……受けて立とうではないか」
ガルドの闘争心に火がついた。
王国の騎士団長として、辺境の私兵団ごときに後れを取るわけにはいかない。
「総員、岩を持て! 我々の根性を見せてやるぞ!」
「「「「おおおおッ!!」」」」
騎士たちが岩を担ぎ上げ、列に加わる。
奇妙な合同演習が始まった。
いち、に、さん、し!
ズシン、ズシン!
最初は余裕だった騎士たちだが、次第に顔が歪み始める。
きつい。
単純な動作の繰り返しだが、アレクサンドラの指定するフォームは、筋肉の深層にダイレクトに効いてくる。休む暇がない。
対して、ガイルたち私兵団は、汗を流しながらも恍惚の表情を浮かべている。
「効くぅぅぅ! 大胸筋が喜んでるぜぇ!」
「あともう1セット! いける、いけるぞ!」
(狂っている……。こいつら、痛みを快楽に変えているのか!?)
ガルドは戦慄した。
これは狂戦士の軍勢だ。
痛みを感じず、死ぬまで戦い続ける不死身の兵団。
アレクサンドラは、人心掌握術だけでなく、兵士を「殺戮マシーン」に変える育成術まで持っているのか。
「はい、ラスト! 深呼吸!」
地獄のような時間が終わり、アレクサンドラが手を叩いた。
ドサドサドサッ。
騎士たちが次々とその場に崩れ落ちる。
全員、肩で息をして動けない。
立っているのはガルドだけだが、彼も足が小刻みに震えていた。
一方、私兵団の男たちは涼しい顔で水を飲んでいる。
「完敗だ……」
ガルドは呟いた。
基礎体力が違いすぎる。
もし戦場で彼らと敵対していたら、我々は全滅していただろう。
「お疲れ様でした。皆様、いい汗をかきましたね」
アレクサンドラがタオルを配って回る。
彼女は一滴の汗もかいていない。
この程度の運動は、彼女にとっては息をするのと同じレベルなのだ。
「アレクサンドラ殿……」
ガルドは彼女の前に跪いた。
もはや、敵意など微塵もない。あるのは純粋な敬意と、畏怖だけだ。
「貴公の軍隊、見事であった。これほどの精鋭を育て上げるとは、貴公の統率力、将軍級と言わざるを得ん」
「軍隊? いいえ、彼らはただの農夫(予定)ですわよ」
「謙遜は不要だ。……我々は誤解していたようだ」
ガルドは真っ直ぐな瞳で彼女を見上げた。
「貴公は反逆を企てているのではない。この過酷な地で、民を守るために独自の自衛組織を作り上げ、平和を維持しようとしていたのだな」
「え? あ、はい。まあ、そんなところです」
よく分からないが、良い方に解釈してくれたらしい。
面倒なので肯定しておこう。
「このガルド、感服いたしました。今回の査察の結果は、ありのまま王都へ報告させていただきます」
「あら、もうお帰りですか? お昼ご飯の猪鍋、美味しいですわよ?」
「いえ、長居は無用。これ以上貴公の時間を奪うわけにはまいりません」
ガルドは立ち上がり、部下たちに撤収を命じた。
騎士たちはヨロヨロと立ち上がり、しかし晴れやかな顔で整列する。
彼らの中で、アレクサンドラは「討伐対象」から「尊敬すべき武人」へと昇格していた。
「そうだ、ガルド様。お土産をお持ちください」
私は足元にあった岩(50キロ)をひょいと持ち上げ、彼に差し出した。
「これ、漬物石にちょうどいいんです。肩こり解消のダンベルにもなりますし」
「……かたじけない」
ガルドは岩をうやうやしく受け取った。
普通なら嫌がらせだが、今の彼にとっては「修行の証」であり、勲章のようなものだ。
「この重み、生涯忘れん」
彼は岩を抱きしめ、深く一礼した。
こうして、王都から来た特別査察団は、岩と筋肉痛をお土産に帰っていった。
彼らの背中は、来た時よりも一回り大きく見えた。
◇
数日後。王都の王城にて。
ジェラルド王太子は、届いた報告書を読んで震えていた。
『報告書:バーデン領査察の件』
『報告者:近衛騎士団長 ガルド』
『結論から申しますと、アレクサンドラ嬢に反逆の意思はありません。彼女は聖女のごとき慈悲深さで、荒廃した土地と民を救済しておりました』
「は? 聖女……?」
ジェラルドは目を疑った。
続きを読み進める。
『しかしながら、彼女が組織した自警団の実力は、王国の近衛兵を凌駕するレベルにあります。彼らは死をも恐れぬ忠誠心と、魔獣を素手で殴り殺す戦闘力を有しています』
『さらに、アレクサンドラ嬢本人は、未知の薬学知識と、人体を意のままに操る医療技術を持っていました。彼女を敵に回せば、王都は三日で陥落するでしょう』
「み、三日で……!?」
ジェラルドの手から報告書が滑り落ちた。
『我々騎士団一同、彼女のカリスマ性に感服し、不可侵条約の締結を強く進言いたします。決して、彼女の機嫌を損ねてはなりません。絶対に』
報告書の最後には、ガルドの署名と共に、謎の手形(血判状のような覚悟を感じる)が押されていた。
「……あいつ、向こうで何をしたんだ」
ジェラルドは頭を抱えた。
送った最強の騎士団が、洗脳されて帰ってきた。
しかも「絶対に手を出すな」という警告付きで。
「もはや、軍隊では止められないのか……」
彼の脳裏に、アレクサンドラの笑顔が浮かぶ。
その笑顔の裏にある、底知れぬ力と狂気。
ジェラルドは悟った。
自分は、触れてはいけない怪物の尾を踏んでしまったのだと。




