第13話:騎士様たちの肩が凝っていたので、指圧(物理)で骨の髄までほぐして差し上げました
緑色の健康ドリンクを飲み干したガルド団長は、まるで別人のように生まれ変わった。
「素晴らしい……! 力が、力が無限に湧いてくるぞ!」
彼は上機嫌でマッスルポーズを決め、周囲に筋肉を誇示している。
やはり、私の特製ドリンクは効果てきめんだったようだ。味には少し改善の余地があるが、結果が全てである。
だが、問題は他の騎士様たちだ。
「……」
「……」
彼らは一様に顔を青ざめさせ、ガタガタと震えている。
ドリンクを勧めても、首を横に振って後ずさるばかり。
(こいつらなんで飲まないの? おもてなししてるんだから飲めや。旅の疲れでも出てるのかな?)
私は首を傾げた。
王都からここまで、馬車でも数日はかかる長旅だ。
しかも彼らは重い鎧を着込んだまま。
きっと、全身の筋肉が凝り固まって、悲鳴を上げているに違いない。
「分かりましたわ。皆様、プロテインはお口に合わないようですので、別のメニューにいたしましょう」
私はピッチャーをトムに預け、パキポキと指を鳴らした。
「体のメンテナンスが必要ですね。私が直接、ほぐして差し上げますわ」
「ひっ……!?」
騎士の一人が短く悲鳴を上げた。
遠慮しなくていいのに。
私は父の肩たたきで鍛えた「指圧」には自信があるのだ。
父もいつも「あだだだだ! 折れる! 骨が折れる!」と叫びながら、終わった後はスッキリした顔で爆睡していたものだ。
「さあ、まずはそちらの方から。だいぶ肩が上がっていらっしゃいますよ」
私は一番手近にいた副団長らしき男性に狙いを定めた。
◇
副団長は、死を覚悟した。
目の前にいるのは、伝説の魔獣を従え、団長に毒(のようなもの)を盛って洗脳した魔女、アレクサンドラだ。
彼女が「ほぐして差し上げる」と言いながら近づいてくる。
その意味するところは一つしかない。
(ご、拷問だ……!)
関節を外し、骨を砕き、情報を吐かせるつもりだ。
副団長は必死に剣の柄に手をかけようとしたが、恐怖で指が動かない。
「失礼しますね」
アレクサンドラの手が、副団長の肩に置かれた。
ふわりとした、優しい感触。
だが、次の瞬間。
万力で締め上げられたような激痛が走った。
「ぎゃあああああああああっ!!」
副団長の絶叫が荒野に響き渡った。
肩の骨が軋み、筋肉繊維が悲鳴を上げる。
鎧の上からだというのに、彼女の指先は鋼鉄の板を貫通するかのような圧力で、的確に僧帽筋の深層部をえぐってきたのだ。
「あらあら、随分と凝っていらっしゃいますね。ゴリゴリ言ってますわよ」
彼女は涼しい顔で、さらに指に力を込める。
バキッ、ボキッ、ゴリリリリッ。
人体からしてはいけない音が連続して鳴る。
「や、やめ……! 言います! 何でも言いますからぁぁッ!」
副団長は泣き叫んだ。
王太子の命令も、騎士の誇りもどうでもいい。
ただ、この地獄の苦しみから解放されたい一心だった。
「おや、何を言うのですか? 今はリラックスして、身を委ねてくださいまし」
彼女は聞く耳を持たない。
拷問官としての技量が半端ではない。相手が許しを乞うても、決して手を緩めない冷徹さ。
「そこっ! ここがツボですわね!」
ズドンッ!!
親指が、首の付け根の急所に突き刺さる。
「あ、が……ッ」
副団長の視界がホワイトアウトした。
意識が飛び、魂が口から抜け出るような感覚。
終わった。
俺はここで死ぬんだ。母さん、ごめん――。
そう思った、直後だった。
ドクンッ……。
全身に、熱い血流が奔流となって駆け巡った。
「は……?」
副団長は目を見開いた。
痛みが、消えている。
それどころか、長年悩まされていた慢性的な肩こりと、古傷の痛みが、嘘のように消え失せていた。
肩が軽い。
羽が生えたようだ。
首がグルグルと回る。視界がかつてないほどクリアだ。
「ど、どうなって……?」
彼は自分の肩を触り、呆然とした。
破壊されたと思っていた骨は無事だ。むしろ、歪んでいた骨格が正しい位置に矯正されている。
「いかがですか? 少し強めにいきましたが」
アレクサンドラが小首をかしげて微笑む。
「す、凄い……! 体が、軽い……!」
副団長は震える手で剣を抜いた。
シュッ!
空を切る音が鋭い。全盛期以上のキレだ。
「団長と同じだ……! 魔女の術中にハマったのかと思いきや、これは……本物の施術!?」
騎士たちがどよめく。
悲鳴を上げていた副団長が、次の瞬間には恍惚の表情で復活したのだ。
何が起きているのか理解が追いつかない。
「素晴らしいぞ、貴様ら!」
そこで、筋肉隆々になったガルド団長が吠えた。
「アレクサンドラ殿の施術は、神の御業だ! 痛みを恐れるな! その先にある『筋肉の楽園』を目指すのだ!」
完全に洗脳されている。
だが、その言葉には奇妙な説得力があった。
「つ、次は俺をお願いします!」
「俺も! 最近、腰が痛くて!」
一人の騎士が恐る恐る手を挙げると、集団心理とは恐ろしいもので、次々と志願者が現れた。
恐怖は、未知への好奇心と、健康への渇望に塗り替えられたのだ。
「ええ、ええ。順番ですよ。全員やって差し上げますからね」
アレクサンドラは腕まくりをした。
その笑顔は、獲物を前にした肉食獣のように輝いている。
こうして、地獄の指圧大会が始まった。
「ぎゃあああああ!」
「あだだだだだ! 折れる! マジで折れる!」
「おかあさぁぁぁぁん!!」
断末魔のような叫び声が、カルスト領の空に木霊する。
一見すると、凄惨な虐殺現場だ。
次々と騎士たちが地面に突っ伏し、白目を剥いて痙攣している。
だが、数分後には彼らはむくりと起き上がり、「快感だ……」と涙を流して感謝の祈りを捧げるのだ。
◇
一時間後。
そこには、清々しい顔をした30名の騎士たちが整列していた。
全員、顔色が良く、背筋がピンと伸びている。
当初の殺伐とした雰囲気は消え失せ、まるで湯上がりのようなリラックスムードが漂っていた。
「ふぅ、いい運動になりましたわ」
全員を施術し終えたアレクサンドラは、額の汗を拭った。
30人の大男を相手にフルパワーで指圧をし続けて、息一つ切らしていない。
そのスタミナは怪物級だ。
「皆様、体もほぐれたところで、メインディッシュといきましょうか」
彼女は屋敷の裏手、湯気が立ち上る岩場を指差した。
「汗を流してサッパリしましょう。自慢の『露天風呂』をご用意しておりますの」
「ろ、露天風呂だと……?」
ガルドがゴクリと喉を鳴らした。
辺境の開拓地で、まさか風呂に入れるとは。
しかも、漂ってくる硫黄の匂いは、本物の温泉のそれだ。
「男女混浴というわけにはいきませんので、私は外しております。ごゆっくりどうぞ」
アレクサンドラに促され、騎士たちは武装を解き、半信半疑で岩場の向こうへと足を踏み入れた。
そこで彼らが見たものは。
ボコボコボコッ……!
煮えたぎる赤黒い湯(?)。
岩の隙間から時折噴き出す、灼熱の蒸気。
そして、湯船の底で怪しく光る、マグマの残滓。
「……これ、熱湯風呂とかいうレベルじゃなくないか?」
副団長が引きつった顔で呟いた。
ルイスの氷魔法で温度調整されているとはいえ、見た目は「地獄の釜」そのものである。
「ひるむな!」
ガルド団長が全裸で仁王立ちした。
鍛え上げられた筋肉が、蒸気の中で輝いている。
「アレクサンドラ殿の施しだ! 毒も指圧も、全ては我々のためになった! ならばこの風呂も、必ずや至高の効能があるはず!」
彼は迷いなく、地獄の釜へと飛び込んだ。
ザッパァァァン!!
「……ぬおおおおおおおおっ!!」
ガルドの咆哮が響く。
断末魔か、歓喜か。
「……最高だ。骨の髄まで熱が染み渡る……!」
ガルドは茹でダコのように赤くなりながら、親指を立てた。
それを見た部下たちも、覚悟を決めて次々と飛び込んでいく。
「あつっ! 熱いけど……気持ちいい!」
「すげえ! 魔力が回復していくぞ!」
マグマの熱と、ルイスの魔力が溶け込んだ源泉。
それは確かに、疲労回復と魔力充填に劇的な効果をもたらす「奇跡の湯」だった。
王都のエリート騎士団が、辺境の露天風呂で「いい湯だな」と合唱する。
誰が予想しただろうか。
討伐隊として派遣された彼らが、到着からわずか数時間で、完全に骨抜きにされてしまうとは。
その様子を遠くから眺めながら、アレクサンドラは満足げに微笑んでいた。
「よかった。皆さん、楽しんでくれているみたいですね」
彼女の勘違いは、最強の防衛システムとして機能していた。
もはや、彼らに戦意など欠片も残っていないのだった。




