表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/70

第13話:騎士様たちの肩が凝っていたので、指圧(物理)で骨の髄までほぐして差し上げました


 緑色の健康ドリンクを飲み干したガルド団長は、まるで別人のように生まれ変わった。


「素晴らしい……! 力が、力が無限に湧いてくるぞ!」


 彼は上機嫌でマッスルポーズを決め、周囲に筋肉を誇示している。

 やはり、私の特製ドリンクは効果てきめんだったようだ。味には少し改善の余地があるが、結果が全てである。


 だが、問題は他の騎士様たちだ。


「……」

「……」


 彼らは一様に顔を青ざめさせ、ガタガタと震えている。

 ドリンクを勧めても、首を横に振って後ずさるばかり。


(こいつらなんで飲まないの? おもてなししてるんだから飲めや。旅の疲れでも出てるのかな?)


 私は首を傾げた。

 王都からここまで、馬車でも数日はかかる長旅だ。

 しかも彼らは重い鎧を着込んだまま。

 きっと、全身の筋肉が凝り固まって、悲鳴を上げているに違いない。


「分かりましたわ。皆様、プロテインはお口に合わないようですので、別のメニューにいたしましょう」


 私はピッチャーをトムに預け、パキポキと指を鳴らした。


「体のメンテナンスが必要ですね。私が直接、ほぐして差し上げますわ」


「ひっ……!?」


 騎士の一人が短く悲鳴を上げた。

 遠慮しなくていいのに。

 私は父の肩たたきで鍛えた「指圧」には自信があるのだ。

 父もいつも「あだだだだ! 折れる! 骨が折れる!」と叫びながら、終わった後はスッキリした顔で爆睡(気絶)していたものだ。


「さあ、まずはそちらの方から。だいぶ肩が上がっていらっしゃいますよ」


 私は一番手近にいた副団長らしき男性に狙いを定めた。


 ◇


 副団長は、死を覚悟した。


 目の前にいるのは、伝説の魔獣を従え、団長に(どく)(のようなもの)を盛って洗脳した魔女、アレクサンドラだ。

 彼女が「ほぐして差し上げる」と言いながら近づいてくる。


 その意味するところは一つしかない。


(ご、拷問だ……!)


 関節を外し、骨を砕き、情報を吐かせるつもりだ。

 副団長は必死に剣の柄に手をかけようとしたが、恐怖で指が動かない。


「失礼しますね」


 アレクサンドラの手が、副団長の肩に置かれた。

 ふわりとした、優しい感触。


 だが、次の瞬間。


 万力(バイス)で締め上げられたような激痛が走った。


「ぎゃあああああああああっ!!」


 副団長の絶叫が荒野に響き渡った。

 肩の骨が軋み、筋肉繊維が悲鳴を上げる。

 鎧の上からだというのに、彼女の指先は鋼鉄の板を貫通するかのような圧力で、的確に僧帽筋の深層部をえぐってきたのだ。


「あらあら、随分と凝っていらっしゃいますね。ゴリゴリ言ってますわよ」


 彼女は涼しい顔で、さらに指に力を込める。


 バキッ、ボキッ、ゴリリリリッ。


 人体からしてはいけない音が連続して鳴る。


「や、やめ……! 言います! 何でも言いますからぁぁッ!」


 副団長は泣き叫んだ。

 王太子の命令も、騎士の誇りもどうでもいい。

 ただ、この地獄の苦しみから解放されたい一心だった。


「おや、何を言うのですか? 今はリラックスして、身を委ねてくださいまし」


 彼女は聞く耳を持たない。

 拷問官としての技量が半端ではない。相手が許しを乞うても、決して手を緩めない冷徹さ。


「そこっ! ここがツボですわね!」


 ズドンッ!!


 親指が、首の付け根の急所に突き刺さる。


「あ、が……ッ」


 副団長の視界がホワイトアウトした。

 意識が飛び、魂が口から抜け出るような感覚。


 終わった。

 俺はここで死ぬんだ。母さん、ごめん――。


 そう思った、直後だった。


 ドクンッ……。


 全身に、熱い血流が奔流となって駆け巡った。


「は……?」


 副団長は目を見開いた。

 痛みが、消えている。

 それどころか、長年悩まされていた慢性的な肩こりと、古傷の痛みが、嘘のように消え失せていた。


 肩が軽い。

 羽が生えたようだ。

 首がグルグルと回る。視界がかつてないほどクリアだ。


「ど、どうなって……?」


 彼は自分の肩を触り、呆然とした。

 破壊されたと思っていた骨は無事だ。むしろ、歪んでいた骨格が正しい位置に矯正されている。


「いかがですか? 少し強めにいきましたが」


 アレクサンドラが小首をかしげて微笑む。


「す、凄い……! 体が、軽い……!」


 副団長は震える手で剣を抜いた。

 シュッ!

 空を切る音が鋭い。全盛期以上のキレだ。


「団長と同じだ……! 魔女の術中にハマったのかと思いきや、これは……本物の施術!?」


 騎士たちがどよめく。

 悲鳴を上げていた副団長が、次の瞬間には恍惚の表情で復活したのだ。

 何が起きているのか理解が追いつかない。


「素晴らしいぞ、貴様ら!」


 そこで、筋肉隆々になったガルド団長が吠えた。


「アレクサンドラ殿の施術は、神の御業だ! 痛みを恐れるな! その先にある『筋肉の楽園(マッスル・パラダイス)』を目指すのだ!」


 完全に洗脳されている。

 だが、その言葉には奇妙な説得力があった。


「つ、次は俺をお願いします!」


「俺も! 最近、腰が痛くて!」


 一人の騎士が恐る恐る手を挙げると、集団心理とは恐ろしいもので、次々と志願者が現れた。

 恐怖は、未知への好奇心と、健康への渇望に塗り替えられたのだ。


「ええ、ええ。順番ですよ。全員やって差し上げますからね」


 アレクサンドラは腕まくりをした。

 その笑顔は、獲物を前にした肉食獣のように輝いている。


 こうして、地獄の指圧大会が始まった。


「ぎゃあああああ!」


「あだだだだだ! 折れる! マジで折れる!」


「おかあさぁぁぁぁん!!」


 断末魔のような叫び声が、カルスト領の空に木霊する。

 一見すると、凄惨な虐殺現場だ。

 次々と騎士たちが地面に突っ伏し、白目を剥いて痙攣している。


 だが、数分後には彼らはむくりと起き上がり、「快感だ……」と涙を流して感謝の祈りを捧げるのだ。


 ◇


 一時間後。

 そこには、清々しい顔をした30名の騎士たちが整列していた。

 全員、顔色が良く、背筋がピンと伸びている。

 当初の殺伐とした雰囲気は消え失せ、まるで湯上がりのようなリラックスムードが漂っていた。


「ふぅ、いい運動になりましたわ」


 全員を施術し終えたアレクサンドラは、額の汗を拭った。

 30人の大男を相手にフルパワーで指圧をし続けて、息一つ切らしていない。

 そのスタミナは怪物級だ。


「皆様、体もほぐれたところで、メインディッシュといきましょうか」


 彼女は屋敷の裏手、湯気が立ち上る岩場を指差した。


「汗を流してサッパリしましょう。自慢の『露天風呂』をご用意しておりますの」


「ろ、露天風呂だと……?」


 ガルドがゴクリと喉を鳴らした。

 辺境の開拓地で、まさか風呂に入れるとは。

 しかも、漂ってくる硫黄の匂いは、本物の温泉のそれだ。


「男女混浴というわけにはいきませんので、私は外しております。ごゆっくりどうぞ」


 アレクサンドラに促され、騎士たちは武装を解き、半信半疑で岩場の向こうへと足を踏み入れた。


 そこで彼らが見たものは。


 ボコボコボコッ……!


 煮えたぎる赤黒い湯(?)。

 岩の隙間から時折噴き出す、灼熱の蒸気。

 そして、湯船の底で怪しく光る、マグマの残滓。


「……これ、熱湯風呂とかいうレベルじゃなくないか?」


 副団長が引きつった顔で呟いた。

 ルイスの氷魔法で温度調整されているとはいえ、見た目は「地獄の釜」そのものである。


「ひるむな!」


 ガルド団長が全裸で仁王立ちした。

 鍛え上げられた筋肉が、蒸気の中で輝いている。


「アレクサンドラ殿の施しだ! 毒も指圧も、全ては我々のためになった! ならばこの風呂も、必ずや至高の効能があるはず!」


 彼は迷いなく、地獄の釜へと飛び込んだ。


 ザッパァァァン!!


「……ぬおおおおおおおおっ!!」


 ガルドの咆哮が響く。

 断末魔か、歓喜か。


「……最高だ。骨の髄まで熱が染み渡る……!」


 ガルドは茹でダコのように赤くなりながら、親指を立てた。


 それを見た部下たちも、覚悟を決めて次々と飛び込んでいく。

 

「あつっ! 熱いけど……気持ちいい!」


「すげえ! 魔力が回復していくぞ!」


 マグマの熱と、ルイスの魔力が溶け込んだ源泉。

 それは確かに、疲労回復と魔力充填に劇的な効果をもたらす「奇跡の湯」だった。


 王都のエリート騎士団が、辺境の露天風呂で「いい湯だな」と合唱する。

 誰が予想しただろうか。

 討伐隊として派遣された彼らが、到着からわずか数時間で、完全に骨抜きにされてしまうとは。


 その様子を遠くから眺めながら、アレクサンドラは満足げに微笑んでいた。


「よかった。皆さん、楽しんでくれているみたいですね」


 彼女の勘違い(おもてなし)は、最強の防衛システムとして機能していた。

 もはや、彼らに戦意など欠片も残っていないのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ