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第12話:王都から騎士団が来たので、特製プロテイン(激マズ)でおもてなししました


 その日の朝、私は台所で実験をしていた。


「うーん、やっぱり味が……」


 目の前には、コップに入ったドロリとした緑色の液体。

 ルイスから仕入れた薬草と、オークの肝、そしてコカトリスの卵白を混ぜ合わせた、私特製の「筋肉増強ドリンク(プロテイン)」だ。


 栄養価は満点。

 これを飲めば、筋肉の修復速度が三倍になる(当社比)。

 だが、問題はその味だ。


「……泥と雑巾をミキサーにかけた味がするわね」


 一口舐めて、私は顔をしかめた。

 良薬口に苦しとは言うが、これは苦いとかいうレベルを超えている。精神攻撃に近い。


「お嬢様、また変なものを作っているんですか?」


 トムが顔を覗かせてきた。

 彼はこの緑色の液体を見るなり、露骨に嫌そうな顔をして後ずさる。


「失礼ね、トム。これはカルスト領の名産品になる予定の『エナジードリンク』よ。あなたも飲む?」


「結構です! 俺はまだ死にたくありません!」


 つれない返事だ。

 せっかくみんなの健康を考えて開発しているのに。


 その時だった。


 ウゥゥゥゥゥゥ――!!


 けたたましいサイレンのような音が鳴り響いた。

 ルイスが設置していった魔導具、「広域結界発生装置(漬物石)」のアラームだ。


「おや? お客様かしら」


 私は窓から外を見た。

 領地の入り口付近、ポチが番をしているあたりから土煙が上がっている。


「ただの魔獣ならポチが追い払うはずですけど……」


 アラームが鳴り止まないということは、ポチの手には負えない相手か、あるいは人間か。


「トム、お客様をお迎えしますわよ。お茶の用意をお願いね」


「は、はい! ……って、お嬢様? その緑色の液体を持っていくんですか?」


「ええ。せっかくですから、試飲していただきましょう。これも立派なおもてなしです」


 私はプロテインの入ったピッチャーを片手に、玄関へと向かった。

 こんな辺鄙な場所に来てくれる物好きな来客だ。

 きっと喉が乾いているに違いない。最高のおもてなしをしてあげなくては。


 ◇


 少し時間を遡る。

 カルスト領の入り口にて。


 王都から派遣された「特別査察団」の一行は、緊張の極みにあった。


「総員、警戒せよ! 敵は魔獣使いだ! どこから奇襲があるか分からんぞ!」


 号令をかけたのは、団長を務めるガルドだ。

 身長2メートルを超える巨漢で、全身をミスリル製の重装甲で固めている。

 『鉄壁』の異名を持つ、王国内でも屈指の実力者だ。


 彼の背後には、選りすぐりの精鋭騎士たち30名が続く。

 彼らの任務は、アレクサンドラ嬢の「反乱計画」の証拠を掴み、抵抗するようならその場で鎮圧すること。


「しかし団長……本当にあのアレクサンドラ嬢が反乱を?」


 副団長が不安そうに尋ねる。


「俺の記憶では、彼女は虫も殺せないような大人しい令嬢でしたが……」


「騙されるな。それは仮の姿だ」


 ガルドは兜の奥で目を光らせた。


「報告によれば、彼女は伝説の魔獣を従え、難攻不落の要塞を築いているという。油断すれば、我々とて全滅しかねん」


 ゴクリ、と騎士たちが唾を飲む音がした。

 彼らの目前には、鬱蒼とした森と、岩だらけの荒野が広がっている。

 不気味な静けさが、恐怖を煽る。


 ガサッ……。


 前方の茂みが揺れた。


「来るぞ! 構えろ!」


 騎士たちが一斉に剣を抜く。

 ガルドも巨大な盾を構え、防御魔法を展開した。


 現れたのは、一匹の巨大な熊だった。


 黒い剛毛。赤い瞳。

 体長5メートルを超える巨体。


「ブ、ブラッディ・グリズリー……!?」


 騎士の一人が悲鳴を上げた。

 Aランクの災害指定魔獣。

 通常なら、騎士団総出で討伐にあたるレベルの怪物が、まるで散歩でもするかのようにのっそりと現れたのだ。


「ひるむな! 陣形を組め!」


 ガルドが叫ぶ。

 だが、熊の様子がおかしい。

 襲ってくる気配がないのだ。


 熊は首に「木の板」をぶら下げていた。

 そこには、達筆な文字でこう書かれている。


『受付係 ポチ』


「……は?」


 ガルドの思考が停止した。

 受付係?

 この殺戮兵器のような魔獣が?


「グルァ(いらっしゃいませ)」


 ポチと呼ばれた熊は、器用に後ろ足で立ち上がると、前足で「おいでおいで」の手招きをした。

 その爪は血のように赤く、どう見ても「こっちへ来い、殺してやる」という挑発にしか見えない。


「き、貴様ぁぁ! 王国の騎士を愚弄するか!」


 ガルドが激昂した。

 これは罠だ。油断させて近づき、一網打尽にするつもりだ。


「総員、突撃! あの魔獣を排除し、首謀者を……」


「あらあら、まあまあ」


 その時。

 鈴を転がすような、場違いに明るい声が響いた。


 ポチの後ろから、一人の女性が姿を現した。

 金色の髪をなびかせ、白いワンピースを着た絶世の美女。

 片手には、緑色の液体が入ったピッチャーを持っている。


「ようこそお越しくださいました! こんな遠くまでご苦労様です!」


 アレクサンドラ・フォン・バーデン。

 討伐対象である彼女は、花が咲くような笑顔で騎士たちを出迎えた。


「き、貴様……アレクサンドラか!」


 ガルドが盾を構えたまま叫ぶ。


「我々は王都より派遣された特別査察団だ! 貴様に国家反逆の嫌疑がかかっている! 大人しく……」


「査察団? ああ、観光の方ですね!」


 アレクサンドラは手をポンと叩いた。


「噂を聞きつけて来てくださったのですね。嬉しいですわ! ちょうど新しい温泉ができたところなんですの」


「か、観光だと……? ふざけるな、我々は……」


「まあまあ、堅いことは抜きにして。まずは喉を潤してくださいな」


 彼女は有無を言わせぬ勢いで近づいてくると、持っていたピッチャーから緑色のドロドロした液体をコップに注ぎ、ガルドに差し出した。


「当領地特製のウェルカムドリンクですわ。栄養満点ですのよ」


 ガルドはコップの中身を見た。

 深緑色の液体が、ボコボコと不気味な泡を立てている。

 鼻を突く異臭。腐った卵と雑草を煮込んだような匂いだ。


(……毒だ)


 ガルドは瞬時に確信した。

 これは猛毒だ。

 笑顔で近づき、毒を飲ませて無力化する。なんと卑劣な罠か。


「こ、断る! そのような怪しいもの……」


「あら、遠慮なさらず。精がつきますわよ?」


 アレクサンドラがコップをグイッと押し付けてくる。

 その力強さは異常だった。

 ガルドは『鉄壁』の異名を持つほどの大男だが、彼女の細腕に押されると、まるで巨人に押されているかのように体が動かない。


「ぐぬぬ……っ!」


 ミスリルの装甲がきしむ音がする。

 なんだこの腕力は。

 強化魔法を使っている気配もないのに、なぜこれほど重い?


「さあ、どうぞ。一気にいくのがコツですわ」


 彼女の笑顔が、悪魔のように見える。

 逃げられない。

 飲まなければ、力づくで口にねじ込まれそうなプレッシャーを感じる。


(くそっ……! 俺が犠牲になれば、部下たちは……!)


 ガルドは覚悟を決めた。

 彼はコップをひったくると、震える手でそれを口に運んだ。


「だ、団長!?」


「飲んではいけません!」


 部下たちの制止を振り切り、ガルドは一気に液体を流し込んだ。


 ドロリとした喉越し。

 舌を麻痺させる強烈な苦味。

 そして、胃袋の中で爆発するような生臭さ。


「ぐふぅッ……!!」


 ガルドは白目を剥いて膝をついた。

 世界が回る。

 走馬灯が見える。

 死んだはずの祖母が、川の向こうで手を振っている。


「団長ォォォッ!!」


 騎士たちが駆け寄る。


「き、貴様! 団長になにを飲ませた!」


「毒殺する気か!」


 騎士たちが剣を抜き、殺気立ってアレクサンドラを囲む。

 だが、彼女はキョトンとした顔で首を傾げた。


「毒? ただの健康ドリンクですわよ。……まあ、ちょっと味の調整に失敗したかもしれませんけれど」


 彼女はテヘッと舌を出した。

 その仕草は可愛いが、やっていることは凶悪そのものである。


「おのれ……! 許さんぞ魔女め!」


 副団長が叫び、切りかかろうとしたその時だ。


「……待て」


 野太い声が響いた。

 膝をついていたガルドが、ゆらりと立ち上がったのだ。


「だ、団長! ご無事ですか!?」


「うむ……。なんということだ……」


 ガルドは自分の体を見下ろし、信じられないという顔で拳を握りしめた。


「力が……みなぎってくる……!」


「え?」


 ガルドの全身から湯気が立っていた。

 顔色は真っ赤になり、血管が浮き出ている。

 毒で死ぬどころか、以前よりも生命力が溢れ返っているように見える。


「すごいぞ……! 長年の腰痛が消えた! 古傷の痛みもない! 全身の筋肉がパンプアップしているのが分かる!」


 ガルドは叫び、高らかにポージングを決めた。

 ミスリルの鎧が、膨張した筋肉に耐えきれずミシミシと悲鳴を上げる。


「な、なんなんですか、あの飲み物は……!?」


 騎士たちがドン引きする中、アレクサンドラは満足げに頷いた。


「効果てきめんですわね。コカトリスの卵白とオークの肝は、即効性がありますから」


 彼女は残りの騎士たちを見回し、ニッコリと笑った。


「さあ、皆様もいかがですか? 旅の疲れも吹き飛びますわよ」


「ヒィッ……!」


 騎士たちが一斉に後ずさる。

 団長のようにパワーアップしたい気持ちはあるが、あんな劇物(味的な意味で)を飲む勇気はない。


「遠慮なさらず。鍋いっぱい作りましたから」


 彼女が一歩近づくたびに、精鋭騎士団が十歩下がる。

 完全に気圧されていた。


 こうして、恐怖の「おもてなし」の幕が開けた。

 彼らはまだ知らない。

 これが、地獄のフルコースの、ほんの前菜に過ぎないことを。


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