第10話:ルイス様が最新鋭の魔導具を持ってきたので、とりあえずダンベル代わりに使ってみました
冒険者たちが私の弟子(という名の労働力)になってから、さらに数日が経過した。
カルスト領の朝は早い。
日が昇ると同時に、男たちの野太い掛け声が響き渡る。
「うおおおおッ! 筋肉が! 筋肉が喜んでいる!」
「今日の俺は昨日の俺より強い!」
彼らは自主的に岩を運び、畑を耕し、ポチと相撲を取っている。
実に健康的で素晴らしい光景だ。
以前の薄汚れた雰囲気は消え失せ、今ではすっかり爽やかなスポーツマン集団へと変貌を遂げていた。
「おはようございます、お嬢様!」
リーダーの剣士、改め開拓隊長のガイルが、爽やかな笑顔で挨拶してきた。
上半身裸で、汗が朝日に輝いている。暑苦しい。
「おはよう、ガイル。調子はどう?」
「最高です! 昨日はロック・ボアを三頭狩れました! これも全て姉御の指導のおかげです!」
「素晴らしいわ。今夜は猪鍋にしましょうか」
「うおおおおッ! 一生ついていきます!!」
ガイルが感涙にむせび泣く。
チョロいものだ。
順風満帆。
このままいけば、一年後には立派な村ができているかもしれない。
そんなことを考えていた時だった。
「……相変わらず、暑苦しい場所だな」
冷ややかな声が水を差した。
振り返ると、そこにはいつもの銀髪の美青年、ルイスが立っていた。
今日はいつもの従者たちに加え、荷車を引いた数人の男たちを引き連れている。
「あら、ルイス様。ごきげんよう」
私はカーテシーをした。
「今日は肉の差し入れですか? ちょうど人数が増えたので、多めにいただけると助かりますわ」
「肉屋扱いするな。……まあ、用意はしてきたが」
ルイスが合図をすると、従者の一人が巨大な肉塊(ドラゴンの腿肉)をどさりと置いた。
ガイルたちが「神よ!」と叫んで拝み始める。
「今日は研究機材の搬入に来た」
ルイスは荷車を指差した。
そこには、金属製の奇妙な箱や、水晶が埋め込まれた杖、複雑な魔法陣が刻まれた石板などが山積みにされていた。
「研究機材、ですか?」
「そうだ。君の異常な生体データを、24時間体制でモニタリングさせてもらう」
ルイスは私の屋敷(リフォーム済みの遺跡)にスタスタと入っていく。
まるで自分の家のような振る舞いだ。
「ちょっと、勝手に入らないでくださる?」
「スポンサー権限だ。文句があるなら肉は没収する」
「どうぞお入りください」
私は即座に道を譲った。プライドよりもタンパク質だ。
ルイスは屋敷の中央、リビングルームにあたる場所に陣取ると、次々と機材を展開し始めた。
「これは『魔力感応式・環境測定器』だ。この一帯の魔素濃度と、君が発する生体エネルギーを記録する」
彼が取り出したのは、巨大な鉄アレイのような形状の金属塊だった。
表面にはガラス管が何本も走っており、中で青い液体が発光している。
「へえ、綺麗なランプですわね」
「ランプではない。最新鋭の魔導具だ。王都の魔術研究所から極秘に取り寄せた、一台で城が買える代物だぞ」
城が買える?
そんな高価なものを、こんな吹きさらしの廃屋に置いていいのだろうか。
「取り扱いには細心の注意を払え。衝撃を与えると魔力回路が暴走して……」
ルイスが説明している間に、私はその「鉄アレイ」をひょいと持ち上げてみた。
「んっ! ……あら、いい重さ」
ずしりとした重量感。
推定50キログラム。
片手でのアームカールにちょうどいい負荷だ。グリップ部分も手に馴染む。
「ふんっ! ふんっ!」
私は早速、右腕を曲げ伸ばししてみた。
うん、上腕二頭筋に効いている。気がする。
「おい、貴様! 何をしている!」
ルイスが血相を変えて叫んだ。
「人の話を聞いていたか!? それは精密機器だぞ! ブンブン振り回すな!」
「だって、持ちやすい形をしていたものですから。これ、ダンベルでしょう?」
「違うと言っただろう! ……いや待て、片手で軽々と?」
ルイスが目を見開いた。
「その測定器の重量は正確に60キロだ。それを、負荷すら感じさせずに……? やはり君の筋繊維はミスリル製か何かか?」
「いえ、毎日鍛えているだけですわ。……そうだ、もう一つありませんか? 両手でやりたいんですけど」
「あるわけないだろう! 世界に3台しかないんだぞ!」
ルイスは頭を抱えた。
ケチな男だ。
次に彼が取り出したのは、四角い金属の箱だった。
中央に巨大な水晶玉が埋め込まれている。
「これは『広域結界発生装置』だ。半径1キロメートル以内に侵入する魔獣を感知し、微弱な電流を流して撃退する」
なるほど、セコムのようなものか。
それは便利だ。
「設置場所はどこがいい? 屋敷の中心か、それとも……」
「あ、それならちょうどいい使い道がありますわ」
私はその箱を受け取り、台所の隅へと運んだ。
そこには、収穫したばかりの巨大なキャベツ(魔界野菜)を入れた樽が置いてある。
私はその樽の上に、結界装置をどんと乗せた。
「よし、ぴったり」
「……何をしている?」
ルイスの声が震えている。
「漬物石です」
「は?」
「キャベツの塩漬けを作っているんですけど、ちょうどいい重石がなくて困っていたんです。この箱、形も平らだし重さも手頃で、最高ですわ!」
「ふざけるなッ!!」
ルイスが激昂した。
普段は冷静な「氷の魔術師」が、顔を真っ赤にして怒鳴り散らすのは珍しい。
「それは国家機密レベルの防衛兵器だぞ! キャベツの汁で腐食したらどう責任を取るつもりだ!」
「あら、大丈夫ですわよ。底に布を敷きましたから」
「そういう問題ではない!」
彼はハァハァと肩で息をしている。
どうやら、私の柔軟な発想に感動して言葉も出ないらしい。
「それに、魔獣避けの効果もあるんでしょう? 漬物をネズミや虫から守れて一石二鳥ですわ」
「……」
ルイスは眼鏡を外し、眉間を揉んだ。
長い沈黙の後、彼は力なく呟いた。
「……もういい。好きにしろ」
「ありがとうございます! ルイス様って太っ腹ですわね!」
こうして、我が家には最新鋭の「光るダンベル」と「高級漬物石」が導入された。
生活水準がまた一つ上がった気がする。
ルイスはその後も、通信用の魔導具(見た目がフリスビーに似ていたので、ポチと遊ぼうとしたら止められた)などを設置し、ブツブツと文句を言いながら帰っていった。
なんだかんだ言いつつ、彼はいい人だ。
こんなに便利な道具をタダで貸してくれるなんて。
私は夕日を浴びながら、光るダンベルでアームカールに励んだ。
上腕二頭筋がパンプアップしていく心地よい感覚。
今日もいい一日だった。
◇
ジークフリート領の執務室。
戻ってきたルイスは、送られてくるデータを見て戦慄していた。
測定器の数値が、異常な波形を示しているのだ。
「……信じられん」
羊皮紙に刻まれたグラフは、アレクサンドラが腕を曲げ伸ばしするたびに、極大のスパイクを記録していた。
「測定器内部の魔力回路が、彼女の『生体電流』と共振している……? いや、これは魔力干渉だ」
ルイスは震える手でペンを走らせた。
「彼女は無自覚だ。だが、彼女の筋肉が収縮する際、微量の魔力が放出され、それが魔導具の回路に直接干渉している。つまり……」
彼はゴクリと唾を飲み込んだ。
「彼女は、触れるだけで魔導具の性能を底上げさせている可能性がある」
漬物石にされた結界装置もそうだ。
通常なら半径1キロメートル程度の効果範囲が、現在は3キロメートルまで拡大していた。
アレクサンドラが触れたことで、魔力が過剰供給された結果だ。
「とんでもない『魔力炉』だ。本人はただの筋肉だと思っているようだが……」
ルイスは天井を仰いだ。
この事実が王都や他国の魔術師ギルドに知れ渡れば、間違いなく戦争が起きる。
彼女を「生体兵器」として確保しようとする連中が押し寄せるだろう。
「……囲い込む必要があるな」
ルイスの瞳に、暗い独占欲の色が混じり始めた。
「あのデタラメな存在を御せるのは、私しかいない。他の有象無象には触れさせん」
彼はアレクサンドラ監視用の予算を、当初の予定の三倍に増額することを決定した。
名目は『隣接領土における災害対策費』。
あながち嘘ではないところが、頭の痛いところだった。




