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それでも俺はAIを使わない  作者: 人間賛歌
第3章:誤植の神様
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第17話:勝利の美酒

フラッシュの光が、網膜を白く焼き尽くす。 テレビ局のスタジオ。俺は革張りのソファに深く腰掛け、MCの質問に余裕たっぷりの笑みで答えていた。


『先生、あの「哀していた」という表現。やはり、最初から構想されていたのですか?』


「ええ、もちろんです」


俺は胸ポケットから電子タバコを取り出し、手慰みに弄びながら(収録中だから吸えはしない)、淀みなく嘘を吐く。


「AIは『正解』を出そうとします。文脈に沿った、最も確率の高い言葉をね。ですが、人間の感情は確率じゃない。愛と哀しみが同居する矛盾アンビバレンス。それを表現するには、既存の言語ルールをバグらせる必要があったんです」


スタジオから「おおーっ」という感嘆の声が漏れる。 ちょろいもんだ。 俺が昨夜、風呂場で考えた「後付けの講釈」に、知識人たちが深く頷いている。


収録後、楽屋に戻ると、松島が満面の笑みで迎えた。


「最高でしたよ、高村さん。今の発言、もうネットニュースのトップです。『高村健、AI文学へのアンチテーゼを語る』」


「……アンチテーゼ、か。ただの誤字だとは言えん空気だな」


「真実なんてどうでもいいんです。人々は『物語』を求めている。あなたは今、時代に抗うロックな英雄ヒーローなんですから」


松島が差し出したシャンパンを受け取る。 以前なら安酒しか奢らなかった男が、今はドンペリだ。 俺はグラスを煽った。 炭酸が喉を弾ける。これが、勝利の味か。


その夜、俺は会員制のバーにいた。 呼び出したのは、佐伯涼介だ。 かつて俺を「化石」と呼んだ男。


「……参ったよ」


佐伯は氷の溶けたウィスキーを見つめ、力なく笑った。 その顔からは、あの時の冷徹な覇気が消えている。


「俺の『硝子の羅針盤』、ランキング圏外に落ちた。お前の本が話題を独占しているせいでな」


「お前の本は綺麗すぎたんだよ、佐伯」


俺は足を組み、マウントを取る。 最高に気分がいい。


「AIという補助輪をつけた自転車じゃ、オフロードは走れない。俺は泥だらけで走った。その泥が、読者の目には新鮮な『塗装』に見えたんだ」


「ああ、そうかもしれない」


佐伯は俺の方を向き、真剣な眼差しで言った。


「解析したんだ。お前のテキストを。……あんな『哀していた』なんて誤用、今のLLM(大規模言語モデル)の学習データには存在しない。確率的にも0.0001%以下だ。お前は、計算機が絶対に踏まない地雷を、あえて踏み抜いた」


佐伯は首を振る。


「それはもはや、才能というより『バグ』だ。制御不能な、美しいバグだよ」


「褒め言葉として受け取っておくぜ」


俺はグラスを掲げた。 佐伯も渋々グラスを合わせる。 カチン、と鳴った音は、俺の完全勝利を告げるゴングだった。 アイツは俺を認めた。「重機」では「スコップ」の予測不可能性には勝てないと。


店を出ると、冷たい夜風の中に人影があった。 牧野だ。 こいつはいつも、ストーカーのように俺の行動範囲に現れる。


「先生! 見ましたよテレビ!」


牧野は興奮して駆け寄ってきた。スマホの画面を見せてくる。 俺のインタビュー動画が再生されている。


「『言語ルールをバグらせる』……深い! 深すぎます! 僕の作った『TAKAMURA_Ghost』には、あの発想はありませんでした」


「ふん。お前の作ったクローンなんざ、所詮は模造品だ」


俺は鼻で笑う。 牧野は悔しがるどころか、恍惚とした表情で俺を見つめた。


「はい、その通りです。先生は特異点シンギュラリティです。AIがどれだけ学習しても到達できない『カオスの領域』に、先生は生きています」


牧野は俺の手を握りしめた。 その手は湿っぽく、冷たかった。


「もっと見せてください。先生のその、予測不能なエラーを。僕、もっとデータを集めなきゃ……」


「勝手にしろ。俺はもう、お前らの手の届かない場所にいる」


俺は牧野の手を振り払い、タクシーに乗り込んだ。 シートに体を沈める。 窓の外を流れる東京の夜景が、今日は俺のために輝いているように見えた。


俺は勝ったのだ。 時代遅れの老害だと罵られ、家族に捨てられ、職を失った俺が。 たった一つの「ミス」を武器に、AI社会をひっくり返した。


「……見たか、絵里子。これが俺だ」


独り言を漏らす。 今なら、彼女も戻ってくるかもしれない。 いや、向こうから土下座してくるはずだ。


俺はスマホを取り出し、自らの著書のレビュー欄を開く。 星5、星5、星5。 絶賛の嵐。 「天才」「神」「現代の預言者」。


俺はその画面を肴に、コンビニで買った安物のハイボールを開けた。 ドンペリよりも、この安っぽい酒の方が、今の俺の歪んだ高揚感には合っていた。


俺は気づいていない。 佐伯の「美しいバグ」という言葉と、牧野の「もっとデータが必要」という言葉の意味を。 彼らは俺を「作家」として尊敬したのではない。 「貴重な実験動物」として、再定義しただけだということに。


そして、その価値に目をつけた、もっと巨大で冷酷な捕食者が、すぐそこまで迫っていることに。

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