第14話:嘲笑の拡散
画面の中で、髪をピンク色に染めたYouTuberが手を叩いて爆笑していた。 登録者数200万人の「ブッ込み系」配信者だ。
動画のタイトルは
『【閲覧注意】AIも裸足で逃げ出す「人間失格の夜」がヤバすぎて腹筋崩壊www』。
『はい、ここ! 86ページ見てください! シリアスな別れのシーンね!』
配信者が電子書籍の画面を拡大表示する。 俺が血反吐を吐きながら書いた、主人公が恋人の肩を抱く場面だ。
『原文:「彼は震える彼女の肩を炊いた」』
効果音と共に、テロップが出る。 【肩を炊いた(Cooking)】
『物理的に熱い! 料理しちゃったよ! 抱けよ! 炊くなよ!』
ドッと湧くコメント欄。 草(w)の弾幕が画面を覆い尽くす。
「……やめろ」
俺はPCの前で頭を抱えた。 肩を抱いた。炊いた。予測変換の押し間違いだ。 たった一文字の違いで、哀切なシーンがカニバリズムじみた料理番組に変わってしまった。
『次これ! 102ページ! 「俺は絶頂の淵に立たされていた」』
配信者が過呼吸になりそうなほど笑っている。
『絶望だろ! そこは絶望しとけよ! 淵でイくな!』
俺は動画のタブを閉じた。 これ以上は見られない。 俺の小説は、もう小説として扱われていない。 「誤字を探してツッコミを入れる大喜利会場」として、ネット上の玩具にされていた。
スマホが鳴る。松島だ。 出たくないが、出るしかない。
『高村さん、見ましたか? 今のAmazonランキング』
松島の声は、感情を排したビジネスライクなものだった。
「……見てない。どうせ圏外だろ」
『総合3位です』
「は?」
『ゴースト・Tを抜きました。今の勢いなら1位も狙える。皮肉ですね。あなたが真面目に書いていた頃は鳴かず飛ばずだったのに、ピエロになった途端にこの数字とは』
「……売れればいいのか。こんな売れ方で」
俺は唇を噛み締めた。血の味がした。
『出版社としては、数字が全てです。SNSでの拡散力は、どんな広告費よりも勝る。……ただし』
松島は一呼吸置いた。
『読者の定着率は最悪です。Kindleの読了データを見ると、大半のユーザーが誤字を探すためにパラパラと捲り、中盤で離脱しています。最後まで読んでいる人間は、全体の5%もいない』
「5%……」
『ええ。あなたの「魂」とやらに到達する前に、みんな飽きて帰っているんですよ。所詮は一発屋の炎上商法です』
電話が切れる。 俺は虚空を見つめた。 3位。ベストセラー。 だが、その実態は「見世物小屋の珍獣」だ。 誰も俺の言葉を聞いていない。 誰も俺の孤独に共感していない。 ただ、俺が躓いて転ぶ様を見て、指を差して笑っているだけだ。
「……ふざけるな」
俺は電子タバコを握り潰さんばかりに力を込めた。 吸い口が歪む。
「読めよ……最後まで。頼むから」
俺の祈りは、あまりにも無力だった。 モニターの向こう側では、新しい動画が次々とアップされている。 『人間失格の夜』の朗読(嘲笑)ライブ。 誤字をAIにイラスト化させてみた動画。 TikTokで流行り始めた「#高村構文」というミーム。
世界中が俺を笑っている。 その巨大な悪意の渦の中で、俺の精神は摩耗しきっていた。
だが、その時。 とある文芸評論家のアカウントが、ポツリとツイートした。
@Bungaku_Oni 『話題の奇書「人間失格の夜」、嘲笑するために読み始めたが……妙だ。後半になるにつれて、ノイズのリズムが変わってくる。これ、本当にただのミスか? 今、ラストシーンに差し掛かるところだ』
俺の目が釘付けになった。 初めてだ。 誤字の向こう側にある「何か」に気づこうとしている人間がいる。
心臓が早鐘を打つ。 ラストシーン。 あそこには、主人公が全てを失い、それでも元妻への想いを吐露する独白がある。 俺が一番時間をかけ、一番泣きながら書き、そして「完璧だ」と信じているパートだ。
あそこさえ読めば。 あそこさえ伝われば、世界はひっくり返るはずだ。
俺は祈るように、その評論家の次のツイートを待った。 しかし、俺はまだ知らない。 そのラストシーンにこそ、神が(あるいは悪魔が)仕掛けた、決定的な「時限爆弾」がセットされていることを。
数分後。 その評論家のツイートが更新された。
@Bungaku_Oni 『……読了。』
たった一言。 言葉がないのか。 感動で震えているのか。 それとも、呆れ果てたのか。
俺は息を止めて、画面を更新し続けた。




