第一王子関白宣言 〜婚約条件が奴隷契約でしたので、公爵家三姉妹は全員拒否しました〜
「私と婚約する為の条件を述べる」
「第一に。夫である私の意見は絶対である。
“はい”以外の返事は認めないし、妻は意見を言う立場ではない。
王子妃としての務めは、黙って夫に従い、常に粛々とし、言われた通りに動くことだ」
「第二に。夫より先に寝ず、夫より早く起きること。
朝は私の支度を整え、夜は私が寝つくまで傍にいること。
妻が休むのは、夫が一日を終えた後でなければならない」
「第三に。社交の場では一歩下がって控えめに振る舞い、決して目立たぬように。
他の男に気安く話しかけるなど言語道断だ。
妻は夫の顔であり、夫の所有物として恥じぬ姿を示すこと」
「第四に。夫である私の立場を最優先に考えること。
公爵家の意見よりも、王家の判断を優先し、どんな場でも夫の名誉を守れ。
父母や姉妹の言葉に惑わされず、夫の望む通りに振る舞うことが、真の忠誠というものだ」
「第五に。妻は常に夫を敬い、感謝し、その愛を疑わぬこと。
夫の不機嫌は妻の落ち度であり、夫の成功は妻の手柄ではない。
夫を王と仰ぎ、その幸福のために生きることを誓え。むしろそれこそが妻の幸福のはずである」
「第六に。妻は常に夫を褒め称えること。
一日一度は『殿下は素晴らしい』『殿下はお優しい』と言葉にし、私がいかに立派であるかを周囲にも伝えるように」
「この条件を飲むなら、妻として迎え入れてやろう」
公爵令嬢である私は、王家との縁談の最中だ。
もちろん政略結婚なので、婚約はほぼ決定事項。
双方の利益の為に王家と公爵家が手を結ぶ。
それだけの話。
貴族令嬢に生まれた以上、恋愛とか、運命の出会いとか、そういうものは最初から期待していない。
幼い頃から妃教育を受け、いつか将来の王の隣に立つために言葉と所作を仕込まれてきた。
なので、今の私がするべきことは感情的になることなんかではなく、選択と判断。
ただ、与えられた選択肢から、最善のものを選ぶだけ。
だから、もう私の答えは決まってる。
「え、嫌ですけど」
……なんか部屋が静まり返ってる。
いや、なんで黙るの?
こんな条件を飲むと思ってるのかな?
どう考えたってただの奴隷契約でしょうこんなの。前からちょっと残念な噂は聞いてたけど、なるほど、やっぱり本当だったみたい。
王家と公爵家との縁談なんだから、別に相手は第一王子じゃなくてもいい。
今この場には第四王子までいる。公爵家からも私の妹が二人。
今日はお互い顔合わせをして、婚約に向けた条件のすり合わせを行う日なのだ。
「……ふん、今お前は王妃になれる可能性をたった今自ら閉じてしまったのだ。愚かなやつだ」
負け惜しみにしか聞こえないけど、どう考えても奴隷になる方が嫌でしょう。そんな王妃なんて願い下げだ。
私に断られた第一王子殿下は、気を取り直したように次女へ向き直った。
「ならお前だ。この条件を飲むならお前を王妃にしてやろう」
「生理的に無理ですね」
「生理的に無理!?」
政略結婚だぞ……と口を半開きにしながら殿下はつぶやいていた。
ばっさりと切り捨てる次女。
でしょうね、と私は思う。
私達三姉妹はとても仲が良い。本当に昔から、遊ぶのも食べるのも寝るのも一緒。好きな男の人のタイプとかもお互いみんな知っている。
だからわかるけど、第一王子殿下は次女の一番嫌いなタイプだ。自意識過剰で、上から目線で、しかも自分がモテると思っているようなやつは、素足で踏んだ毛虫より嫌いだって言ってた気がする。踏んだことあるのかな。
「ふ、ふん!お前らでは話にならん!最後はお前だ。まだ幼いから、どうしてもと言うなら多少条件を見直してやらないこともないぞ」
「気持ち悪いです…」
特に六番目がもう本当にダメです、って泣きそうな声も聞こえた。
三女も完全にドン引きしている。まだ十歳だから、少し大人の男の人に憧れる年頃だ。かっこいいと思うことはあっても、かっこいいと言わせようとする男、なんて最悪だろう。
きっと大人の男そのものに幻滅してしまったに違いない。かわいそうに。
まだ繊細な年頃なんだから、あまり汚いものは見せないでほしい。
「き、貴様ら……! 王家を侮辱する気か!?」
何か言ってるけど、私達は全員見なかったことにして、代わりに、向かいに座る第二王子へと視線を向ける。
第二王子は、ちょっと困ったように笑いながら、
「僕は別に条件とかないけど……まあ、あえて言うなら、いつでも笑顔でいて欲しい、ってことと僕より先に死なないで欲しい、かな」
と言った。
少し考えてから、私は静かにうなずいた。
「なるべくそうできるように努めます。私からは、王として相応しくあってくれればそれ以上は望みません」
なかなか手厳しい条件だけど精進するよ、と言ってくれた。私はこの人とならやっていけそうな気がする。
王?王って私では…とどこかで聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだろう。
「次は俺か?せめて馬ぐらい乗れるやつじゃなきゃ嫌だぜ。お淑やかなだけなんて他でいい」
それを聞いた次女の目がギラリと光ったのがわかった。完全に火がついたかな、これ。
「へぇ、殿下は馬に自信があるんですか?私より速いんですかね」
「いくらなんでも、女には負けねーよ」
「言いましたね。私だって結婚するなら、私より馬の扱いが下手な人なんて嫌ですからね」
次女は体を動かすことが大好きで、朝から晩まで騎士団に混ざって剣の訓練をしているぐらいだ。
特に馬の早駆けではもう騎士団で勝てる人は居ないらしい。
大丈夫だろうか。ちょっと心配になってきたけど、まあ二人とも楽しそうだからいいか。
お転婆な次女の手綱を握れるぐらいの人じゃないと、そもそもうまくいかないだろう。やっぱり次女は毛虫を素足で踏んだことがある気がしてきた。
「ぼ、僕は……」
小さな声で言い淀む第四王子。三女より一、二歳は下に見える。何を言っていいのかわからないのだろう。
それも仕方ない。
婚約なんて言われても、まだ実感がわかない年頃だ。
「私と友達になってくれる?」
三女の方から、そっと手を差し出した。
いきなり少しだけお姉さんになったみたいだ。
さっきの気持ち悪い大人が、よほどショックだったのかもしれない。
年下の男の子を怖がらせないように、声も仕草もやわらかい。
「……友達」
ためらいがちに上がった瞳が、三女の手を見て、それから顔を見る。
「うん、友達なら……!」
「嬉しい!これからよろしくね!」
微笑ましくて尊い。いつか心を開いてくれるだろう。
婚約はまだわからなくても、友達ならちゃんと伝わる。
心優しくて、末っ子なのに意外と世話焼きの一面も見られて姉として嬉しい。
父が軽く頭を下げる。
「では、これにて本日の面会は終了といたしましょう。今回の縁談が上手く行ったようで何よりです、あとは若者たちに任せましょう」
「ち、ちょっと待て!まだ私は――!」
「殿下」
私は立ちあがろうとする殿下を手で制して、首をゆっくり横に振る。
「来世では理想の人が見つかるといいですね」
「まあ、良い事あるんじゃないんですかね?知りませんけど」
「気持ち悪いです…」
みんな一声ずつかけてお互いのパートナーと共に部屋を出て行った。
廊下の奥から、置き去りにされた第一王子の声がまだ響いていた。
「おのれぇぇ、公爵家の娘どもめぇぇ!!!」
でも、誰も振り返らない。
第二王子は、私の隣を歩きながら言った。
「ずいぶんと機嫌が良さそうだね」
「笑顔でいるって約束しましたからね」
「そうか。僕を選んでくれてありがとう」
後ろでは、次女と第三王子がもう意気投合している。
「次の試合でどっちが速いか勝負な!」
「負けませんよ、殿下」
もうすでに夫婦みたいだ。
三女は第四王子の手を握っていた。
「ねえ、今日のおやつ、いっしょに食べようね」
「う、うん!」
ほのぼのしすぎて、見てるだけで癒される。
その後。
公爵家三姉妹と、第二から第四王子との婚約は正式に発表された。
それぞれ穏やかに、けれど確実に距離を縮めている。
政略のための縁談だったはずが、今では誰もが納得する良縁と評されるほどだ。
一方で、第一王子殿下は。
「理想の妻を探す旅に出る」と言い残し、遠い辺境へと旅立っていった。
その後の消息を知る者はいない。
まあ……今ごろは誰かに気持ち悪いです、なんて言われていないといいけれど。
私は新しい婚約者の隣で、穏やかに笑った。
いつでも笑顔で、という条件を、ちゃんと守るために。
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