ハイイロノサソイ ~second contact~ [1.2.4]
うう、もうまともな時間に上げることはできないのでしょうか……
次はちゃんと土曜日に更新できたらいいなぁ(泣
彼の目に入ったのは、恐らく最初の衝撃波と、今尚辺りをうっすら覆い尽くす煙の原因であろう塀の残骸と、瓦礫に紛れて倒れる那凪の姿。
未だ全速力とはいえないまでも、精一杯の体で駆け寄った緋嵩は、声に全く反応を示さない那凪を抱き起こす。
狭いとは言えなくも、せいぜい普通の路地で起きた爆発だ。 何の身構えも無くいきなり近距離で爆発する衝撃は、人一人の命を危ぶめるのに十分な破壊力を持っている。
薄ら寒い考えを振り払い、緋嵩は那凪の様子をよく観察しながら首筋に手を当てた。
「……まだ脈はあるな。 おい、生きてるか?」
所々汚れてはいるが外傷も無く、脈も安定しているのを確かめると、緋嵩の表情に若干の安堵が覗く。 内臓系の損傷も否定しきれないため、緋嵩はできるだけやさしく彼女の頬を叩いて呼びかけを続けた。
何度目かの呼びかけの後、閉じていた那凪の埃だらけの瞼が、ゆっくりと開かれる。
「っっ、良かった。 あんたは、無事みたいね。 けほっ! けほっ!」
かすれるような声に加え、苦しげな表情を見せる那凪だったが、とりあえず意識は取り戻したようだ。
まだ安全とはいえないが、このまま担いで病院に行けば何とかなるだろう。 そう考えると同時に、緋嵩は那凪を両手で抱えて立ち上がった。 今自分が歩いてきた方向に向き直り、抱える相手に衝撃を与えないようゆっくりと足を踏み出そうとして、止まる。
突然の爆発に負傷者。 間違っても運が良いとは言えないその状況の中で、尚も彼の災厄は続くらしい。
「……」
土煙の中に、何かが居た。
揺れ動くそれは、ゆっくり、しかし確実に、緋嵩たちの方へ近づいてきている。
「チッ」
とりあえず那凪を後ろに隠そうと反対に向き直るも、そこにもまた、こちらに向かってくる影の姿が。
もとより逃げれるとは緋嵩自信思っておらず、反射的に思わず振り返っただけなのだが、そうして得られた予想外の情報に彼の口から溜息が漏れた。
「今度は二体か。 つくづくついてないな、俺は」
言って、爆発した塀の奥、見知らぬ誰かの家の庭に那凪を横たえる。
「に、げ、なさい。 あんた一人じゃ、死ぬだけよ」
「良いから、お前は寝てろ」
途切れ途切れに逃げろと警告する那凪に向かってそれだけ言うと、緋嵩は塀の外へと出て、向かってくる二つの影と対峙した。
一縷の望みをかけて、ポケットにしまった携帯電話を取り出してみる。 市街地の真っ只中に居るも関わらず、何故か圏外を示しているそれ。
緋嵩の思った通りだった。 昨晩あれに襲われた時と、同じ。
自分たち以外に誰も居ない、外界と遮断された世界に放り込まれたような感覚。
「やっぱりか。 ……それで? 今日は一体どんな化け物がでるんだ?」
呟いた言葉に重なるように、ゆっくりと煙の中から足が踏み出される。
「……へえ、驚いたな」
徐々に見えるその姿に、緋嵩に素直な感情を口から漏らした。
二つの足、二つの手、顔は一つ。
緋嵩のそれとサイズは多少違うが、それでも十分に許容範囲。
現れたのは、ただの人間だったのだから。
いや、ここは人間にとても近いものだった、と言い直した方が良いだろう。 なぜならその顔は、古臭い面によって隠されており、その下に必ずしも人の顔があるとは限らないからだ。
全体像を見れば、比較的細身の白い仮面と、大きめな図体の黒い仮面の二人組。 二人を交互にしばらく観察していた緋嵩の口から、硬質的な口調の言葉が吐き出される。
「あんたら、本当に人間か?」
半ば本気での問いかけだったが、当然というべきか、答えが返されることは無い。 代わりに、
「……っ」
白仮面が足元に在った小さめの瓦礫をいくつか手に取ると、小さな気合と共に一つを鳩尾に向かって的確な投擲をして見せた。
「くっ!」
咄嗟に横に逸れて躱す緋嵩が、睨むように白仮面に鋭い視線を向けると、
「つぅ!?」
足首に走る激しい痛みに、動揺の言葉が漏れる。
見れば、その横に転がる瓦礫の破片と、青く変色した肌。
いかに白仮面に注意を向けていたとは言え、黒仮面のほうにも意識は向けていた筈だった。 視線の端に捉えていた黒仮面に動いた様子は全く無い。
確かめるように改めて今一度視線を向けて、緋嵩は愕然とした。
注目すべきは、黒仮面ではなく、その横。
なんてことは無い、ただの道路標識がそこにあった。
そう、白仮面の正面。 自分を挟むような位置づけで。
「なるほど、化け物だな」
緋嵩の言葉を受けて、それまでの間に礫をズボンのポケットにしまい十分な補充を確保した白仮面が、おどけた様に両の掌を緋嵩に向けて開いてみせる。
黒仮面は動いていない。 白仮面は礫を投げたのは最初の一投きり。 緋嵩の後ろにある標識。 後ろから当たったその礫。
ならば、考えうる事実は一つ。 たとえどれほど馬鹿げていようと、今の状況を考えれば理解するのはなんて事は無い。
目の前の敵は、初めて持った形も質量も定まっていない物質をその反射まで計算して投げる相手なのだ。 なるほど、人間の能力を超えている。 一体どれほどの分析力と肉体の精密なコントロールがあればそんなことが可能だと言うのか。
考えるほどにきりの無い相手の能力の予想を切り捨て、緋嵩はもう一方の黒仮面に注意を向ける。
順序から言えば、次に化け物ぶりを見せるのはこちらの筈だ。
その筈だったのだが、どうもこちらは攻撃どころか動く気さえ無いようで、現れてからじっと、まるで退路を防ぐためだけのようにただ其処に仁王立ちしていた。
「フェアじゃないな。 二対一でやるんだから、得意技くらい見せてもいいと思うが?」
先ほどの白仮面の対応から言語が通じていることを確信した緋嵩が、探るように言う。