キョウランノウタゲ ~battle、battle、battle~ [3.1.1]
クリスマスですね~。
聖夜ですああすばらしきかなかな……スミマセン、長らくお待たせいたしました(土下座
今回は一気に更新するべき内容かなと溜め込んでいました(>^<)
久々のバトル、どうぞご覧になって下さいまし。
それでは『カオスポット』、激動の戦編でございます。
「ねえ、いいじゃん。 教えてよ~、って言うか教えなさいよっ」
「……しつこい、知り合いの情報屋って言ってるだろ」
「そうじゃなくて! 何処に言ったらその情報屋に会えるのかって聞いてるのよ。 それに、どうやって禍鏡の現れる場所を特定したわけ?」
「さあな」
夕闇の訪れる頃。 それほど人通りの多くない都会の道に、駄々をこねるように喚く女の声が響く。
まるでこれから夜遊びにでも行くような明るい雰囲気を纏いながら歩みを進めているのは、若い男女の集団だった。
メンバーは全部で五人。 彼らの内、三人は何処にでも居る夏場の若者らしいラフな服装を纏っていたが、残る二人は微妙に通り過ぎる人々の視線を集める出立ちをしていた。
一人は、ポニーテールをした活発そうな印象の女性だ。
薄手の半袖シャツに太腿を露出させるほど短い黒革のパンツを履いているという所までは、特にこれと言った違和感は無い。 問題は、手には黒いゴム製の、しかも甲の辺りに銀板の光るグローブと、足には歩く度に鈍い金属音を立てる金属で覆われたブーツを身に着けているという点だった。
そこには誰かに見せるという事よりも、いやに実用性が重視しているような地味で重々しい本物の剣呑さが滲んでいる。 着飾るとはまるでかけ離れたその異様な物々しさが、逆に見る人間の興味を引くらしい。
続くもう一人は、黒髪に眼鏡を掛けた知的そうな男性である。
やや古ぼけたジーンズにシャツと、こちらは彼女とは違って装備らしきものは見えないのだが、何と言ってもその上から羽織られている漆黒のロングコートの存在感が群を抜いていた。 夏真っ盛りの今の時期に長袖の、しかも厚手の革のコートでは、周囲に溶け込むのは無理があると言わざるを得ない。
しかもそんな二人が一緒になってじゃれあっていたのでは、まあ多少の視線を注がれても止む無しと言えるだろう。
「ねえ、なんだかんだでさ、あの二人って仲いいよね?」
「あ、やっぱり高原さんもそう思います?」
後ろの二人のやり取りを聞いていた高原が隣を歩く御国に囁きかけると、面白そうな顔で御国が頷き返した。
「そりゃあね。 見なよ、完全に二人の世界作っちゃってるし」
ふい、と高原が視線を未だじゃれあう二人に向ける。
つられて御国と、後ろで興味深げにその会話を聞いていた轟も二人の方をチラッと見、三人が内緒話をするような内輪を作った。
「ですね」
「だな」
くすくすと笑いあう三人。
「ちょっと待ておい」
そんな楽しげな密談に、不意に割り込む声が上がった。
誰かと思えば、いつの間にかじゃれ合いから抜け出してきた緋嵩である。 若干吊り上った眉とへの字に曲がった口元は、言うまでもなく不満げだ。
とは言え、完全に悪ふざけのスイッチが入った三人にそんな生半可な釘が刺さるはずも無し。
「はいはい、君の相手はこっちじゃなくてあっちだろ」
あっさりと高原が緋嵩の矛先を切り返す。
勿論、端から見れば握り拳の一つでもぶち込んでやりたくなるような、それはそれは小憎らしい笑顔で。
「そうですよ。 店長とのお邪魔をするつもりはありませんか――」
すっかり悪戯心が顔を出した御国も、便乗する形で那凪を見て。 そこで、何故か台詞が止まった。
彼女の視線の先には、
「……ぷしゅぅ」
緋嵩の後方で空気の抜けたような音を出して地面に伏す謎物体が――
「って店長!?」
驚きの声を上げる御国に反応して、何事かと彼女の視線を追う高原と轟。 当然その先には例のものがあり、二人もまた驚きの表情になる。
三人が目を離した一瞬の間に、どうやら事態は急変してしまったらしい。
しつこい追及の相手をするのが面倒になったのか、それとも何かが気に障ったのか。 とりあえず顔面を押さえて倒れている那凪の状態から推察するに、まず間違いなく緋嵩の宝刀が炸裂したのだろう。
「で? 何か言い残すことは?」
ひどく軽い、冗談を言っているような口調とは裏腹に、目だけはしっかり笑っていない緋嵩の態度を見て、何かを感じ取った三人の背筋が急にぴんと伸びる。
「いや、あ、あはは」
「おっと、電話だ」
「うおっ、急に腹が!」
彼の据わった目から三者三様にそっぽを向いて遠ざかろうとするが、当然そんな真似が許されるはずもなし。
「ふふふふふ」
ぱきぱきと指を鳴らしながら、狩人がじりじりと三人に近づいていく。
「ちょ、緋嵩さ、じょ、冗談じゃないですか、ねっ?」
「ふふふふふ」
説得、失敗。
「もしもし、うん。 明日の夜? 空いてる……よ?」
「ふふふふふ」
誤魔化しは、しかし効果が無かった。
「ト、トイレは……」
「ふふふふふ」
逃げられない。
「「「~~~~!?!?」」」
哀れ幾重にも重なる声の無い悲鳴の中、何かがめり込むのを連想させる鈍い音がきっちり三発分、夜空に響いたのだった……
「……ったく」
耐え難い痛みに悶える四人の中心で、呆れ顔を浮かべた緋嵩がほこりを落とすように両手をぱんぱんと二、三度叩く。
すると、ふとその眉間に僅かなしわが刻まれた。
「ん?」
突然の不快感に、彼は一体なんだとばかりに少しだけ顔を持ち上げると、鼻を上に傾けて様子を探りだした。 その様子は、どこかしら動物が臭いを探っているようにも見えなくもない。
ゆっくりと首を回し細めた目で辺りを確認する彼の意識は、近場ではなくどこか遠くに向かって焦点が定められているようで、少なくとも今更周りの道行く人々の好奇の視線に気がついた、という風には見えなかった。
さて、文字通りそんな鼻持ちならない状況の中、彼の足元では。
「うう、いっったぁ~。 なんなのよぉ」
「これは……きついね」
「うう、一瞬鼻が埋まったかと思いました」
「ぷしゅぅ」
どうやらもぞもぞと蠢めいていた面々が、ようやく復活してきた所らしかった。 とは言ってもまだ約一名、未だに口から半分魂を覗かせている者がいるが。
「なんかさ。 あたしの顔、前より平べったくなってない?」
「私も、なんだか顔がへこんじゃった気がします」
顔をさすりながら、地べたに座り込んだままうなだれる女性陣。
「大体総一は手が早すぎなのよ、ことあるごとにがんがんがんがん、乙女の顔を何だと思ってんのよあいつはっ」
苦々しげに愚痴をこぼす那凪。
最初の出会いからこっち、会うたびに最低一度は首から上に何かを受けている彼女としては、どうにも扱いに納得がいかないらしい。
まあ実際、それを訴えたところで帰ってくるのは精々が小馬鹿にしたような溜息か、無慈悲無遠慮の一撃だというのは言うまでもないことなので、とても面と向かって言う度胸は無いのだが。
「緋嵩さん、容赦ないですもんね」
「ほんと、ぜっったい彼女いないわよ。 あの野蛮人」
うんうんと頷きあう那凪と御国。
そんな中、こういう時に誰よりも早く反応を示すはずの高原が、珍しく会話に便乗する様子を見せていなかった。 彼はただじっと、不安げな顔でどこかをを見つめている。
「ねえ」
尚も覚めやらぬ調子でぼやく二人に対し、それまで黙っていた高原が急に真面目な雰囲気で口を開いた。
思いもよらず耳に入ったその場違いな声色に、思わず振り向く二人。
「轟の魂、なんか上がっていってないかい?」
「「…………え゛?」」
言葉の意味を理解するや否や、音が立つような勢いで二人が轟のほうを振り向くと。
そこには高原の言葉通り、半分と言わず九割がた魂を抜け出している轟の姿が。 しかもなにやら本体の方は穏やかな表情を浮かべているではないか。
まるでこれから、至上の楽園に導かれるような――
「ストーーーーップ!!」
「おぶぅるっ!!!?」
色々と駄々漏らしている轟を目にした瞬間。
那凪が神速の勢いで御霊の首らしき場所を掴んで轟の口に突っ込んだ。 というよりぶち込んだ、痛烈に奥まで。
「ぅえほっ! ぶぉっほ! おえぇええっ!!」
途端に幸せそうだった轟の顔は一転し、豪快にむせながらよだれと嗚咽交じりで地面に倒れ伏す。 ある意味天国から地獄と言っても、決して過言ではないだろう。
「うわ、汚」
一方那凪はというと。 二度の惨劇で悶える轟などまるでそ知らぬ顔で、先の行動で手についてしまった轟汁を彼自身のズボンにこすり付けている真っ最中だ。
また、その始終を参加するでもなく見守っていただけの二人に至っては、もはやあらゆる意味で状況についていけず、ぽかんとした間抜け顔を浮かべている始末である。
「今一瞬、肘まで埋まりませんでした?」
「いや、流石にそれはあり得ないでしょ……たぶん?」
思考が真っ白というのを全面に押し出しながら、視線を二人から動かさずどこかぼんやりとした口調で会話する高原と御国。
「お前ら、緊張感が無いにも程があるだろ」
と、そこへ色々と感情を抑えているような緋嵩の声が重なった。
眉間の皺を揉みながら那凪達へと近づいていく彼の表情は、当然ながらどこか苦々しげである。
「ん? どしたの総一? 頭痛?」
「お、俺には何もなしか那凪、ぐふっ」
きょとんとした表情で話しかける那凪と、まだ回復し切れていない轟の前まで来た緋嵩は、ため息、かどうかは判別できないが、とにかく肺の中を空にするように、一度だけ息を吐き出した。
「もういいから、ふざけるのはその辺にしとけ。 ……はぁ、向こうはとっくに準備が出来てるってのに」
呆れ顔にいつものような皮肉交じりの口調。 その自然さに、一瞬緋嵩以外の人間の間で言われた内容に理解が追いつくまでの空虚な沈黙が流れる。
「向こう、って、え? ちょ、そんな気配無かったわよっ!?」
ようやくその言葉の意味に気付いた途端、驚きのままに叫んだ那凪が大慌てでポケットを漁りだした。
数秒と掛からず飛び出すようにポケットから姿を現したのは、直径六センチ程度の透き通った球体だ。 その一見すれば宝石のように見えなくも無いそれは、透明なゴムにも似た不思議な質感と光沢を放っている。
見れば、高原、轟、御国の三人も彼女と同じものをそれぞれ取り出していた。
まるで何かの装飾品の一部のようなその球体を、緋嵩以外の面々が至極真剣な様子でじぃっと見つめるが、どれも特に変化があるようには見られない。
「ほらやっぱり。 はあ、もう驚かさないでよ」
何の変哲もない球体をしばし見つめて、やがてほっとしたように那凪が緋嵩を睨み付けると、残りのメンバーも気を緩めた様子で身体から力を抜いた。
途端球体が光りだす。
「わっ!?」
「へえ、そんなものまで持ってたのか」
あまりのタイミングのよさに驚いて球体を落としそうになった那凪をよそに、緋嵩は観察するような眼でじっくりとそれを捉えていた。
中心からやや上よりの部分から、まるで蛍のような光を滲ませる球体。 ただし、その色は緑ではなく、淡い紫色。
緋嵩の感じた不快感とこの球体の反応を照らし合わせるに、この球体は恐らく映世が発動されると同時に反応するといったような、いわゆる探知機の役割を果たしているのだろう。
「結界発動に連動して反応、ね。 色々と仕組みが気になるが、まあ、今は後回しだな」
試案顔で見ていた緋嵩が納得したような声を上げると、それに被せるようにもう一言だけ呟く。
「行くぞ」
前の台詞から、たった数秒にも満たない時間で発せられた筈の言葉。 なのに、それはまるで別人の言葉のように重い響きを辺りに流した。
「分かってるっ!」
気合十分な那凪の声。
その声が耳に入りきる前に、既にその場にいた全員が動き出していた。
映世の発動が確認された途端、彼らのスピードは今までのような探索めいたものとは打って変わって、全力疾走へと切り替わっていた。
彼らの足に淀みはなく、建物が次々と後ろへ流れていく。 その視線の先にあるのは、緋嵩意外は全員があの球体だ。
光が右へ寄れば右に、左に寄れば左に、まるで臭いをたどる犬のように、道を進み路地を抜け建物の隙間を縫いながら、ただひたすら光の指し示す方へと突き進む。
また、彼らが進むにつれて、球体の光は徐々にその大きさを増していた。
「まさか、ホントに現れるなんてね」
手元に視線を合わせたまま、那凪が笑う。
楽しい、と言うよりも、悔しさや後悔、嫉妬、そういった感情が混ざり合ったような、苦い笑いだった。
「なんだ、信じてなかったのか?」
てっきり独り言のつもりだった台詞に思いもよらず返事が返され、那凪が意外そうな顔をして声の主を確かめる。
全員が球体に意識を集中させ全力疾走している中、強化の能力を有する那凪だけに生まれる余裕。
自分以外に声を出せるものなど居ないと思っていた彼女だったが、視線を向けた瞬間、彼女の目に意地の悪そうな笑顔を浮かべる規格外の姿が映った。
彼の姿を捉えた那凪が、もう一度笑った。 確かに目の前のこれなら、他の人間には無理なことでも笑ってやってのけそうだ、と言わんばかりに。
「そりゃあね。 今まで苦労して見つけてたのがこんなにあっさり出来るなんて、はいそうですかって信じられると思う?」
先ほどとは違い、まるで友人を責めるような悪戯めいた顔で那凪が尋ねかける。
「ま、そりゃそうか」
至極尤もな彼女の言葉に、緋嵩は走りながら少し考えるような動作をとると、納得したように相槌を打った。
束の間、足音と誰かの息遣いだけが彼らの間を支配する。
「もうちょっと早く、総一を仲間に出来てたらな」
今までの声より尚小さく、ぽつりと漏れ出た本音。
それは、これから殺し合いをする人間の言葉とは思えない、だが、何の誤魔化しもない言葉だった。
戦いの前の最後の空白。 おそらくは彼女にとって、緊張感と高揚感、憎悪と殺意が絡まりあって溢れ出した自分の心中を、誰にも聞かれず吐露できる唯一の瞬間だったのだろう。
そこへ何の苦もなく踏み込めてしまったが故に、思いがけず緋嵩は無防備に曝け出された彼女の心中を見ることになってしまったのだ。
この上なく扱いづらい、儚く脆い人間であるが故に生まれる欲望。
だが、彼はそんな那凪の言葉を聞くと、
「ばかたれ」
呆れ顔であっさりと一蹴した。 それも那凪のほうを見もしないで。
「ばっ!? ちょっ、そーゆーこと言う!?」
慰めを期待したわけではない。 が、まさか罵倒されるなど微塵も考えていなかった彼女としては、怒りなのか悲しみなのか良く分からない感情が噴き出すのを堪えきれず、緋嵩に向かって声を荒げるばかり。
その見るからに不満爆発な顔に、あからさまに白けた彼の視線だけが向けられた。
「仲間にするのが遅れた、じゃないだろ。 俺を仲間にできた、だろうが」
「……?」
面倒そうな、だがしっかりと言い聞かせるように発せられたその言葉に、いまいち要領が掴めていない様子の那凪が、眉間に皺を寄せたまま緋嵩を見返す。
当然、返ってくるのは、いつもの人を小馬鹿にしたような溜息。 それと、
「あんたらは俺を仲間にできたことで今後起こり得る禍鏡の被害を減らすことができる。 けどな、そもそも俺を仲間に引き入れられたって言うこと自体が、九死に一生だったってことを忘れるな」
気遣いか、それともただの傲慢か。
とても慰めには聞こえない緋嵩の言葉は少なくとも那凪の耳には厳しく響いたが、彼の目に灯る淡い紅色だけは、穏やかな色合いを浮かべたまま彼女を捉えていた。
「あの瞬間から遅くても、早くても、俺はあんたらの仲間にはならなかった。 下弦と晦の間を漂うあの一夜だったからこそ、あんたらは生き残れたし、次の日に俺は話を聞く気になったんだ。 いいか、自分の不手際に囚われる前に、自分がどれだけのことを成し遂げられたのかを考えろ。 その上に何を成し遂げられるのかを考えろ。 後ろにばかり目をやってると、出来ることさえ見えなくなるぞ」
すぅっと、一息。
間を計るように呼吸をはさむと、緋嵩は那凪のほうへ向き直った。
「俺を仲間にしたお前に、何ができる?」
真摯な響きを持った、緋嵩の問い。 からかうでも莫迦にするでもなく、ただの問いかけとして発せられたその言葉に、那凪は息を呑んだ。
慰めるでも、励ますでもない。 ただ事実と正論をぶつけただけの、言われた方からすれば叱咤に近い言葉だったろう。
それでも、
「言ってくれるじゃない」
いや、だからこそか。 彼女のような人間にとって、それらはこれ以上ない起爆剤へと変わる。
「そこまで偉そうなこと言ったんだから、足手まといなんかになったらぶっ飛ばすからね」
「上等だ」
後悔を激情で塗りつぶす。
道を振り返って後悔するよりも、先にある障害に突き進むことを決めた那凪の顔は、清々しさの溢れる不敵な笑みを浮かべていた。
同時に、彼の顔にもいつもの皮肉げな笑みが浮かんでいる。
互いに互いを見つめ、にっと口角を持ち上げた二人の内、一足早くその先にある異物を捉えたのは緋嵩の方。
「そろそろ奴らの結界に当たるぞ」
視線を先に向け、遠くを見つめるように呟いた彼の顔は鋭い。
「ん」
言葉、というより音で返事をした那凪の顔も、既に戦人のそれに変わっていた。
彼女はおもむろにポケットから携帯電話を取り出すと、慣れた動作で操作していく。
その刹那。
音が、消えた。
「……入りました」
映世に踏み込んだ瞬間、御国の声を合図にして、それまで走っていた全員の足が止まった。
それぞれの手に握られた球体が今や全体が紫色に染まりきっているのを見るに、もはや探知機としての役目は終えたらしい。
「なるほどな、携帯に連動させて発動させる訳か。 発動時間は?」
「三時間と、少し。 それ以上経つと禍鏡の結界に取り込まれて閉じ込められるか、弾き出されて禍鏡が自分で撤退するのを指をくわえて待つことになるかのどっちかよ」
玉響の発動の仕組みに感心をみせながら、固い表情は崩さずに視線をばら撒いて辺りを探る緋嵩に、同じような動作で警戒する那凪が返した。
「どうする? 映世が広がる気配を見せなかったってことはまだ誰も引き込んでないみたいだけど、動くまで待つかい?」
「おいおい、それで時間切れなんてなったら洒落にならんぞ。 こういう時は真ん中にいるって相場が決まってるもんだ」
互いに逆方向を向いた高原と轟の提案に、束の間の沈黙が流れる。
「いいわ、あたしが速度強化で――」
「いや、必要ない」
偵察を買って出た那凪に被せるように、緋嵩の否定が静かに響いた。
「こっちだ、遅れるなよ」
短い言葉と共に、彼の身体が流れるようにコンクリートの上を駆けていく。
残された四人も彼が動き出した瞬間こそ出遅れたものの、その言葉の意味を理解するや、次々にその後へと続いて行った。
そして三つ目の交差点を左へと曲がったとき。 突然彼が後ろに並ぶ面々を抑えるように両手を広げてこれ以上の進行を遮った。
「ちょっ!?」
「シッ!」
細く鋭い声で発せられた全てを遮るかのようなその音に、那凪を含めた全員が即座に口を結び動作を消した。
「この先だ」
重い響きは最低限の範囲だけに響くよう調節され、那凪達の間だけを通り抜ける。
彼らの視線の先にあるのは、石造りの囲いと身を隠すには丁度良い人工林が生い茂る場所。
「公園、か。 こんなところで何してやがる」
「すぐに分かるわよ」
「あんたらは二人一組で左右に散れ、俺が囮になって気を引く」
緋嵩の提案に四人が揃って頷くと、那凪は御国、高原は轟と組を作って、それぞれ林の中へと消えて行った。
四人が消え、晦のためか殆ど光も差さない夜闇の中、輪郭しかみえない影だけが、彼がそこにいるのだということを僅かに示す。
「……」
コートのポケットからおもむろに取り出したのは、咥えた動作とその形状からして、恐らく煙草だろう。
次いで金属を弾く音と共に、ぼんやりとしたオレンジの光が灯る。
「ふぅ……」
まるでため息のように落とされた紫煙を身に纏いながら、ゆっくりと、彼の足が前に動いた。