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ニチジョウノサカイ ~in other side~ [2.2.6]

「? 当然、って?」   

 まるで常識であるかのように溜めも無く返された返答に、純粋な疑問として那凪が鸚鵡返しに聞き返す。

 彼女だけでなく、部屋に居る全員に意識を向けて緋嵩が尋ねかけた。

「自分達のことを考えて見ろよ。 あんた達全員、禍鏡と人通りの激しい街中で戦ってるわけじゃないだろ? それに、多少骨董屋なんかで自分達よりの物を見つけたとして、わざわざ自分達の職業明かしたり、探りを入れたりするか?」

 言われて見れば当たり前のことだった。

 まっとうな一般人ではなく、非常識の中を生きていると自覚している者達が進んで身分を明かすとは思えない。 ましてや、巻き込んでしまい最悪命のやり取りをするかもしれない状況を作り出すなど、まっとうな罪悪感と倫理観を持つ者ならまず思い留まるだろう。

 では、そもそもどうやってそんな者たちの間でネットワークが確立すると言うのか。

 訳が分からないと眉間にしわを寄せる面々だったが、すぐに答えが明かされた。 無論、緋嵩の口から。

「いいか、この世界にはあんたらみたいな特別な能力を持った奴らや、化け物、異世界からの訪問者、そういった類の奴らが至る所にひしめいてる。 基本、奴らとの交流は駆け引きだ。 こういった商売をやってるなら、値切り、雑談、気配、あらゆる所に奴らの正体を示す知識が隠されてると思え。 俺達のような存在は大体立場が孤立してるものだからな、戯れか本気かの違いこそあれ、常に理解者を求めてるものさ。 妖怪だろうが人間だろうが、知能を得た奴らは往々にして繋がりの重要性を学ぶものだからな」

「……」

 他の三人が感心した様子で彼の話を聞く中、一人、那凪だけが何か納得がいかないような顔をしていた。

「何か気に食わないことでも?」

 まるで彼女が抱えているものを見透かしたような台詞に、反射的に那凪が否定を返す。

「そういう訳じゃないけど、でも、」

 僅かに言い淀み、一瞬だけ緋嵩の顔を見ると、やがて諦めたようにゆっくりとその先を話し出した。

「なんか、周りに居る一般の人達と区別が付かないのって、実はすごい怖いことなんじゃないかってさ、今更ながら思ったんだ。 お店に来たお客さんが、たまたま話した人が、気付かないだけで自分なんか及びもしない力を持ってるかもって、もし一歩間違ったら、自分も引きづり込まれるんだって、そう考えたら」

 那凪が不安を覚えたのも、無理もない。

 何かの拍子で、自分が全く知覚していなかった世界が広がってしまう。 それも、その誘いはごく身近に在るのだ。

 今まで禍鏡と、それに付随する情報しか知らなかった彼女達にとって、自分達のような非日常の存在がごく当たり前にいくつも広がっていると知らされれば不安にならない方がどうかしている。

 大海の広さを知った蛙は、その広さに順応できるとは限らない。

 那凪以外の三人も彼女の台詞に表情が沈み、自然と視線が下がっていった。

 また、それに拍車を掛けているのが緋嵩の存在だ。

 目の前の、自分達をはるかに凌駕する存在が跳梁跋扈している日常を想像してしまった彼女達は、今更知った世界の姿は、どこが普通かもわからない何と曖昧で危ういものだったのだろうと思いしらされたのだった。

 自分達こそが常識を逸脱する守護者と思いきや、そんなものは氷山の一角ですらないと自覚したときの世界の闇の深さは、彼女達全員を震えさせるには十分だろう。

 そんな彼女達を、緋嵩だけがそ知らぬ顔で眺めている。

「……はぁぁ」

 かと思えば、呆れたような溜息を零し、かっくりと首を落としたのだった。

 今回は今までのような周りに心情を示すものではなく、ただただ静かに息を吐いたため、俯いている他の面々の中で彼の動作に気付いたものはいない。   

 当然、彼が組んだ手の片方を懐に入れ、なにやらごそごそとコートの内側を漁っている事にも。

「おい那凪」

 懐を漁る仕草が止まると同時に、未だに俯いたままの那凪に対して、ぶっきらぼうな調子で緋嵩が話しかけた。

 確かに不安が溢れて気落ちしているが、掛けられた声を無視する程に浸りきれているわけでもなかったらしい。 ややトーンの下がった声で俯いていた顔をゆっくりと上げ、 

「なにンモガっ!?」

 吹っ飛んだ。

 厳密に言えば、恐ろしい速度で飛んできた何かが口の辺りに命中して勢いよく仰け反っただけなのだが、その一連の様子はまさに吹っ飛んだと形容するべき勢いだった。

 ついでに言うと。 仰け反らされた被害者の方はその後、よろよろと二、三歩あとずさった末に尻餅をついてしまい、現在色々と悶絶中である。

「「「……」」」

 残りの落ち込み組も、呆然と目を点にして目の前で起こった状況に頭が追いつかない状態だ。

 そんな彼らの表情に気が付いた緋嵩は、ゆっくりと見回すように眺める。

「……(にやり)」

 びくぅっ!? と緋嵩の笑みを見た三人が同時に驚いた猫のように背筋を浮かせると、彼から高速で顔を逸らす。 未だ彼らの脳内は真っ白なままだったが、どうやら緋嵩の表情から不穏な何かを感じ取ってしまったらしい。

 冷や汗をだらだら流す彼らの思考では完全にシリアスな不安など隅に追いやられ、レッドアラート付の疑問符が脳内をひたすら暴れまわるばかり。

「~~っ、あにふゅんほよ!!」

 すると、タイミングよく復活した那凪が涙目を三角になるほど吊り上げて怒鳴り散らした。 が、その口には緋嵩から受けたであろう白い投擲物体を咥えたままなので、何とも迫力があるとは言い辛い。 

「取り合えず、それ食ってから話したほうが良いんじゃないか?」

「よへいなおへわらっ!」  

 「余計なお世話だ」と言ったらしい那凪だったが、その割には口を激しく動かして物凄いスピードで口内の物体を咀嚼していく。

 口の中に広がる皮と餡の絶妙なバランスが彼女に投げられたものの正体は饅頭だと言うことを気付かせたのだが、今はそんなこと大した問題ではない。

「もぐもぐもぐもぐもぐ――ごくんっ! あんたねぇ! 突然何てことするのよ!!」  

 大口を開けて犬歯をむき出しに怒鳴る那凪に、まるで気圧される様子の無い緋嵩はつかつかと歩み寄ると、背を屈ませて彼女に視線を合わせる。 また、彼女を指を指す形で突き出された人差し指が、額に触れるか否かと言ったところで彼女を威圧する。

 とは言え、今回はこちらも負けてはいない。

「な、何よ」

 多少の迫力負けはするものの、唇を尖らせて反抗の意思を見せる那凪に向かって、緋嵩が一言。

「悩んで落ち込んでる場合か、禍鏡一つ駆逐できない癖に」

 情けない、とでも後に続きそうな流れに、聞いていた那凪がむっとした顔で言い返す。

「し、仕方ないじゃないっ、あんなこと言われたら誰だって不安にくらいなるわよ!」

「不安になるのはいいさ。 でもな、それを表に出すな」

 那凪の台詞は彼女の行動が無理も無いことを示すもっともな理由だったが、必ずしも正論が世の中を動かしているわけではない。 そもそも、正論が一つだと、誰が決めたと言うのか。 それを示すかのように緋嵩の言葉が続く。

「俺達には現実に怯える前にやることがあるだろ。 今はただ、与えられた情報が自分達の行動や目的にどんな影響を及ぼすか、それだけを考えとけ。 悩むのは禍鏡を潰してからでも遅くない」

 成る程、こちらも間違ってはいない。

 だがそれでも、彼女の不安を拭うには少々足りなかったようだ。

「でも、消されるぞって言ってたじゃない。 そんな前置きされてたら素通りなんて出来ないよ」

 彼の言葉にも正当性を感じながら返した言葉は、随分と情けない響きを含んだものに変わっていた。 それは紛れも無い彼女の内面そのものであり、彼女が覚えたのが体面の前に捻じ伏せられる程の不安ではなかったことを如実に物語っている。

 純粋な感情ほど単純で厄介な理由は無い。 普通ならこんな弱音を吐かれた相手は困ったような表情の一つでも浮かべそうなものだ。 

 だと言うのに、緋嵩の顔にはあの表情が浮かんでいた。 悪戯めいた、小憎たらしい笑みが。

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