ニチジョウノサカイ ~in other side~ [2.2.5]
「そもそも禍鏡の存在をどうやって知ったんだ?」
妖怪に関する知識はあれど現在の知識に関してはやたらに疎い。 かと思えば、文献にないような怪物の事を知っており退治屋としての組織を形成している。
てんでちぐはぐな組織のリーダーに疑惑の目を向けながら緋嵩が尋ねた。
「え? 言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
どうやら、彼女の方は話したものとばかり思っていたらしい。
思いがけず帰ってきた否定を「そうだっけ」と軽い口調で受け流すと、世間話のような明るい調子で話し出した。
「えっと、実は私の生まれた村がさ、代々禍鏡と戦ってきた一族なんだ。 なんでもね、私達の居た村が昔、何でかは知らないけど禍鏡に襲われたんだって。 普通ならそのまま滅んじゃうところだったんだけど、その時たまたま通りすがった親切な鬼が村を助けてくれたの。 で、また襲われたら困るだろうって、帰り際に生き残った村の人たちに力を分けてくれたんだって、それが――」
「あのときの能力ってわけか。 成る程、信憑性はさておき、退治屋としてはありがちなパターンだな」
一通りあらすじを聞いて納得したところで、那凪から視線を外した緋嵩が今度は後ろの方に居る面々に視線を合わせる。
「あんたらもそうなのか?」
それは那凪の話を踏まえ、彼ら全員が恐らくは同じ村から派遣された小隊のようなものだろうと予想した上での、いわゆる確認のような問いかけ。
だが返ってきた答えは彼の考えとは大きく異なっていた。
「あ、いえ。 私達は店長とは違って元々この街に住んでた、その……一般人でした」
遠慮がちに告げられた御国の言葉に、緋嵩の眉が僅かに動く。
無論、とても興味深そうに。
「……一般人ね。 能力者って言った方が適切じゃないのか? 那凪以外の三人とも、何かしらの能力を始めから持ってたんだろ?」
もっともな緋嵩の問いに、正座したまま芝居がかった仕草で両手を広げた高原が答えた。
「まあね。 でも最初はここまではっきりとしたものじゃ無かったよ。 僕や早苗ちゃんのはなんとなくに近い程度だったし、轟のも温泉並みだったしね」
「あたし達とまともにやり合えたのなんか、あんた位のものよ」
色々と思うところがあるらしく、那凪が腕を組んで拗ねたような目で緋嵩を睨んだ。
どうやら先の戦いの目的は相手の能力確認と非現実の証明。 簡単に言えば、相手を混乱させて然るべきものだったらしい。
非常識を納得させた挙句、自分達の仲間にしようと言うのだから、そのぐらいのインパクトと強引性は必要と言えるだろう。
うまくいけば、昨今の幼児教育における際に芽吹いた英雄と言った超常の存在への憧れにも火が付いてくれるかもしれない。 自分が英雄ないしは他を超越した存在になれるかもしれないといった誘惑は、そこそこの魅力を伴う場合があるのだから。
そこを目の前の男には、自分達の超常性を示す所か完膚なきまでに叩きのめされた上に散々翻弄され、仲間になった後も完全に下扱い。 睨みの一つもくれてやりたいと言うものだ。
「なあ、あんた達はこいつと組んで長いのか?」
すぐ近くで睨みを利かせる彼女をまるで無視して遠くに視線を向けたまま話す緋嵩に、三人全員が僅かに思い出すような仕草を取る。
「私は……まだ三ヶ月ほどです」
視線をやや上に御国が呟くように言うと、今度は腕を組んだ轟が。
「俺は高原とほぼ同じ時期だったよな」
「そうだったね、もう1年くらい経ったかな。 僕を助けに来たときの君の様子と言ったら……ぷっ、くく」
同意した高原が噴き出すのと同時に、轟の顔が僅かに赤みを帯びる。
「あ、あの時はまだ俺も勝手が分からんかったのだ!」
恥ずかしそうに人の居ない方向に首をひねって大口を開ける轟。
「だからってさ、「うほぅ!?」は無いよね。 くくっ、ゴリラそのものだったよ」
「た~か~は~らぁ~!!」
「ぷっ、そういえばそんな事もあったわね。 いやあ、あれはある意味見事だったわ」
「那凪まで言うかっ!?」
すっかり思い出話に花を咲かせるような和やかな雰囲気で場を三人が賑やかす。
何も言わず興味深げに話の先を促す御国の様子から察するに彼女も知らない笑い話なのだろうが、生憎、緋嵩の知りたい情報からは脱線甚だしい話題だ。
「……はいはい、とりあえず分かったから、今は俺の質問に答えてくれるか」
やや大きめの、疲れたような呆れ溢れる声色に、何故かしら逆らいがたい雰囲気を感じて皆の注目が集まった。
静まった部屋で主導権を握る彼の視線が向けられたのは、またもや那凪。
「とりあえず聞きたい事は色々あるが、まず一つ。 那凪、あんたの村じゃ組織的に動くんじゃなく、個別に動くのか? それともあんたが特別なのか?」
てっきり妖怪関連のものだとばかり思っていた質問は、意外にも彼女の一族に関するものだった。
少々意図から外れた内容に半ば面食らいつつも、腕を組んだ那凪が答える。 不思議なことに、急に苦々しいものが混ざったような表情を浮かべて。
「え? あ、ああ、そうね……村の皆は、どっちかって言うと禍鏡と戦うって言うよりは、もしも会ったときに生き残れるようにっていう感じ。 村に居る間は積極的に戦おうとはしないように育てられるの。 そういう感じだから、個別に動いてるって言うのは正解かもね。 戦おうと思うには村を出ないといけないんだから。 後、村からは十八を過ぎると出て行く決まりなんだけど、子供が出来たら戻ることも出来る。 もちろん、戻らなくてもいいんだけど、禍鏡って存在を知っちゃってると、戻ってくる子が大半かな。 村に帰ってくる人も殆どが戦わなかった人達。 戦ってた人は、大抵が死んじゃってる」
浮かんでいるのは、諦観にも似た何か。
力を持っていても使う事を許されず、いざ使ってみれば目に見える所に死の恐怖。 そしてその恐怖から、立ち向かうものは減り続ける。 正義感を覚えるものには、少なからず苦々しい現実だ。
対する緋嵩は、どこか納得したような顔に変わっていた。
「……どうりで。 つまりは退治屋じゃなくて単なる能力者の集団か、それなら今までのちぐはぐな情報の偏りにも納得がいく。 外部との繋がりは少なからずそっち側の奴らを呼び込むからな、情報と接触は最小限に留めた方が安全って訳だ」
正義のため、なんて理由で命を掛けれる人間は、いつだって異端なのだ。
大抵の人間は死に怯え、強引な理屈で矛を収めて自身の弱さを正当化する。 生きる為に。
「そうみたいね。 村の皆が間違ってるなんて偉そうなことは言えないけど、でも、あたしは嫌。 助けられるだけの力があるのに見ないふりするのも、何も知らない人に紛れて自分が巻き込まれないように怯えて生きるのも」
根っからの英雄気質か、それとも唯の負けず嫌いか。
そんな那凪の台詞を聞いて、どこか朗らかな色合いを感じさせる苦笑が緋嵩の口からこぼれた。 まあそれも一瞬のことで、誰もそんな彼の表情に気付かない内にその笑みは消え、いつものわざとらしく呆れを滲ませたものへと変わってしまったが。
「意気込むのは結構だけど、それで妖怪と人間の区別も付かないんじゃ締まらないにも程があるだろ」
「う、うっさい、それは、これから覚えるからいいのよっ」
多少の自覚があったのか、僅かに朱を帯びた頬で言い返す様はつんけんした物言いの割にどこか微笑ましい。
「なあ、それでなんだが、結局そいつらは何なんだ?」
話の流れに乗ってそんな質問をしたのは、腕を組んで難しそうな顔をした轟だった。 その問いに緋嵩が答える前に、質問は尚も続く。
「そもそもさっきから聞いていて思ったんだが、随分と、その、退治屋とか妖怪とか何処にでもあるような響きを持ってないか? 少なくとも那凪と知り合ってから一年の間は、そんな奴ら見たことも聞いたことも無かったぞ」
「まあ、そうそう自分から言い出すようなことも無いとしても、一年もやっていれば違和感ぐらいは気付きそうなものだよね。 特に退治屋とか、さ」
轟に同調して高原も付け加えるようにそう言ったが、彼の言葉が言い終わるや否やといった所で、即座に緋嵩からの否定が重ねられた。
「ああ、それは当然だ」