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ニチジョウノサカイ ~in other side~ [2.2.3]

「いきなり何すんのよ!」

 目を三角にして威勢良く吼えた那凪の様子に、緋嵩は目を瞑ってため息をつくと振り下ろしていた手を彼女の顔から持ち上げる。

 まるで悪びれた様子の無い緋嵩の態度が癇に障ったのか、那凪が勢いよく彼を指差して怒鳴りつけた。

「大体あんた、どっから湧いて来ぶっ!?」

 手刀再び。

 うるさいとでも言いたげな投げやりな表情で落とされた緋嵩の手は、先程よりも鈍い音を立てて那凪の顔面にめり込んだ。

「うむ、いい角度だ」

「……何最初からいましたみたいな雰囲気出してんだあんた」

 那凪が両手で顔を押さえて床をのたうちまわっている光景の中、後ろから響いてきた賞賛に冷めた口調で切り返した緋嵩が、目だけを動かして相手の姿を視界に捉える。

 白地のTシャツの腕部分を更に付け根まで捲り、組んだ腕の先に軍手をつけ、何食わぬ顔で緋嵩の隣に現れた轟の姿がそこにあった。

「はは、あのじいさんには店の奴ら全員やられててな。 出来るだけ近寄らんことにしていたのだ」

 苦笑交じりでそう言った轟の顔を見て、彼が姿こそ現さなかったがこちらの出来事をしっかりと認識していたのだと理解する。 そうでなければ、こんな都合のいいタイミングで品物棚から帰ってこれるはずも無いだろう。

「はあ、こんなざまで大丈夫なのか?」

 呆れたような声を出して、緋嵩が眉間を揉むような仕草をとった。

 それは単に店の経済的なものではなく、短い間とは言えこれから自分はこういう人間達と行動を共にすることを考えてしまったがゆえの行動だったのかもしれない。

「一部、仕入れがタダに近いものもあるからな。 売り上げは問題ない」

 うんうんとなぜか得意気に頷く轟に、緋嵩の口から諦めたような深いため息が落ちる。 同時に、視線も落とした所で、目の前でのた打ち回らないながらも未だ顔を抑えてしゃがみこむ那凪の姿が視界に入った。

「いつまでしゃがんでんだよ、あんた」

 自分の非など露とも感じていない彼の一言に、しっかりと縦線の入った顔を押さえながら那凪が涙目で緋嵩を睨み付けた。

 もちろん、彼の手の射程外で。

「うう、あんたのせいでしょ。 何であたしが二度も殴られなきゃいけないのよお」

「あんたが不甲斐無いからだろ」

 恨みがましい口ぶりで非難する那凪にざっくりと言い放つと、緋嵩はもう一方の掌に収まっていた物を彼女に向かって投げた。

 剛速球で。

「はうっ!?」

 すこーん、と乾いた音を立てて那凪の額に激突したそれらが、彼女の顔を仰け反らせるのと引き換えに地面にぱらぱらと落下する。

「~! ~! ~~っ!!」

 頭蓋に伝わった衝撃に声にならない悲鳴を上げながら、那凪がまるで土下座しているかのような体勢でうずくまった。 額を押さえながら細く開いた目が眼前の地面を至近距離で映す。

 すると、薄汚れた床の丁度視界の真ん中辺りに、周りの灰色とそぐわない小奇麗な乳白色の物体が。

 体勢そのままに訝しげに目を細め三本の棒状の物体に注視する。 数秒後、細めていた目が一気に見開かれた。

 自分の額にピンポイントな衝撃を与えた物。 その正体を知るや否や、

「ちょっ!? あんたなに投げてんの!? これ一つでいくらすると思ってるのよ!!」

 痛みなどそっちのけで那凪が吼える。

 彼女の額に当たったのは、先ほど緋嵩が摘み上げた土蜘蛛の牙。

 一本五十万相当の品物が勢いよくぶん投げられ、しかも自分に直撃して地面に墜落したのだ。 それも三本も。 金銭に無関心な人間でもなければ当然の反応だろう。

 手刀の恐怖さえ無ければ近づいてぶん殴ってやりたい所だと、鼻息荒く威嚇するような仕草で緋嵩を指差す那凪。 だが、当の本人がそんなことで怯むはずも無い。

「この程度なら傷一つ付かないことぐらい知ってるだろうが。 そんなことより、あんなモグラ爺になにいいように騙されてんだ」

 那凪を指差して緋嵩がずいっと踏み込む。

 駄目な子供でも見るような彼の目に加えて眼前まで迫った指先に、差された方は「うっ」と言葉に詰まった様子で半歩あとずさった。

 一転して至近距離になったことで、言いようも無い無言の圧力が那凪に圧し掛かる。

 先ほどの威勢は、あくまで予想外の事実への驚きが後押ししただけのもの。 優劣が逆転したわけでもない那凪はまたも追い詰められ、気まずそうに視線を外して唇を尖らせた。

「だ、だって、あの人が……」

「だってじゃないだろ。 ったく、都合よく俺が来たからよかったものの、あのままだったらこの三本分まるごと損してたんだぞ。 あんな目が退化したようなモグラ相手に」

 指を下ろして腰に当てると、叱られて不貞腐れたような様子の那凪に緋嵩がやれやれと苦笑して身を翻す。

「う……よ、余計なお世話よっ」

「おいおい那凪」

 子供扱いされたのが癇に障ったのか、そっぽを向いたまま目だけで彼の動向を追っていた那凪が悔し紛れに負け惜しみを返した。

 残念ながら言い返す様子さえも子供そのままの那凪に、轟からも控えめな非難が漏れる。

 本人にも自覚があったのか、轟の非難にうっすらと頬を赤く染めると、彼女は気まずそうに視線を下ろしてしまった。

 そこへ図ったように落とされる緋嵩の言葉。

「そういう訳にもいかないだろう」

 淡い笑いを含んだ声と共に彼の足が歩みを止めた。

「俺と組むんだろ。 仲間を助けちゃ悪いのか?」

 振り向いた顔に浮かぶ表情は皮肉屋というよりいじめっ子の笑みに近い。 那凪の反応が面白くて仕方ないという本音が駄々漏れた瞬間だった。

 あっけらかんとした彼の告白に、つかの間の静寂が流れる。

「くくっ、はっはっはっはっは! 確かにそうだ。 一本取られたなあ那凪!」

 先に口を開いたのは、轟の方。

 どこまでいっても那凪より一枚上手な緋嵩の様子に、豪快な笑い声を上げて賞賛を送る。

 ついこの間彼らを打ちのめした相手と一緒に居るとは思えないほどの和やかな雰囲気の中、意地の悪い兄にでも弄られているような気分に陥った那凪が赤面して俯くと、わざとらしく声を上げた。

「そ、そういえば、さっきからあのお客さんのことモグラモグラって言ってるけど、普通ああ言うのはたぬきって呼ぶんじゃないの?」

「おお、そういえばそうだな。 何でだ緋嵩よ?」

 どうにかして矛先を変えようと強引に話題の切り替えを試みたのがバレバレな内容だったが、上手い具合に轟が援護射撃をしてくれたようだ。

 本人としては那凪を援護した自覚はないのだろうが、純粋なだけに効果は中々のもの。

 上手く話の切り替えに成功した空気の中、二人が緋嵩に視線を向けると、

「……」

 なぜかきょとんした顔が浮かんでいた。

「なあ、あのじいさんのこと、なんだと思ってたんだ?」

 面食らった表情から一転して、そんなはずは無い、とでも言いたげな口ぶりで尋ねた緋嵩に、さも当然のように那凪から答えが返される。

「え? 確か、古美術の収集家だとか言ってたけど? ね、虎さん」

「ああ、そうだったな」

 那凪の隣にいる轟も頷きながら同意した。

「なら、それの用途は?」

 那凪が握る土蜘蛛の牙を指差して問うと、こちらも大して悩んだ様子も無く答えた。

「え? この間の禍鏡から手に入れたんだけど、綺麗だから飾り物として売れるかなぁって。 ほら、土蜘蛛の牙なんて言っても、誰も信じないでしょ?」

 思いもよらぬ台詞だったのか、珍しく言葉に詰まったような顔をした緋嵩が眉間にしわを寄せてやや早口で次々と質問を投げかける。

「……仕入れの値段は、まさか適当か?」

「ああ、あれ。 前に来たお客さんが言ってたの」

「これ以上は無理って言うのは?」

「あれを持ってた禍鏡を退治するのに使った費用だな。 玉響の発動や高原の武器、那凪の装備と、奴らの退治にはなにかと費用が掛かるのだ。 まあ、安く済む時もあるがな」

 緋嵩からの問いに対してぽんぽんと答えていく二人。 

 さて、ここで問題なのは緋嵩の方だ。 

「あ~……」 

 なにやら目頭を押さえて唸っている姿は言いようも無い脱力感を臭わせると共に、どうしたものかと悩んでいるようにも見える。

 今までで一番呆れ返ったような雰囲気溢れる彼の様子に、二人は顔を見合わせて訝しげな顔になった。

「ねえ、なんか莫迦にされてる気がするんだけど。 言いたいことがあるんなら言いなさいよ」

 眉間にしわを寄せて那凪が訪ねると、ぽつりと、独り言のような呟きが彼の口から漏れた。

「あれ、人間じゃないぞ」

「「…………は?」」

 目の前の男の言ってる意味が分からないとばかりに、ぽかんと口を開けて間の抜けた声を出す二人。

 沈黙。 そして、ため息。   

「やっぱり、気付いてなかったんだな」

 眉間を揉んでいた手を下ろすと、緋嵩が疲れたような半眼のままで顔を上げた。

「人と妖の区別も付かなくてよくこんな商売できるな、綺麗ってお前……下手したら他の退治屋に消されるぞ」

「へ……よ、妖怪って、今も居るの? 禍鏡じゃなくて? っていうか退治屋って何!?」   

 半ば脅しのような緋嵩の一言に、声を上げた那凪だけでなく轟も驚いたような顔をして緋嵩を見る。

 老人の正体に気付かなかったのではなく、まるで始めからそんなものなど知らなかったかのように。

「おい、まさか全員、今の妖や退治屋のことまで知らないとか言うんじゃないだろうな?」

 どうも自分の予想とは根本から違うような気配に、とりあえず緋嵩が基本から確認を始めた。

「「……」」 

 こくこく、と同じタイミングで頷く二人。

「……………………………早まったかな」

 本日一番の苦悩と疲労感を伴って、好奇心を刺激されたらしい二人を前に、ため息にも似た緋嵩の嘆きが静かに響いたのだった。

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