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ツカノマノクビキ ~a slight contract~ [2.1.9]

「待ってください!」 

 緋嵩の前を、一人分の影が塞いだ。

 確かに彼と戦った経験を持つものならば、その実力差に捕らわれてこれ以上の言い分が封じられるかもしれない。 無意識に強者の言に意識が塗り潰され、思考が諦観へと繋がってしまうかもしれない。

 だが、彼と戦っていない者は、無用な経験に捕らわれることはないのだ。

「確かに緋嵩さんは強いかもしれません。 でも、戦いは個人の強さが全てじゃない筈です」

 立ちふさがった御国が、どうにか彼の足を止めようと言い放った。

 強がりが見え見えの薄っぺらい言葉だったが、そんな御国に言い聞かせるような口調で、ひどく面倒そうに緋嵩が口を開く。

「確かにな。 だが、奴らについての情報はさっきので大体手に入った。 敵の歴史的背景や目的なんかどうでもいい、ようは奴らの使う結界の種類と行動原理だけ知れば、駆逐するには十分だ」

 ポケットから出した煙草を咥えると同時に、妙に鋭い緋嵩の視線が御国へと突き刺さる。

「奴らの手口も実力も分かった、追跡の方法も見当が付いた。 あんたらにこれ以上期待できるもんは無いと思うんだがな」

 まるで何かを試すように向けられたその瞳に若干の寒気を覚えながら、それでも御国は一歩も引きはしなかった。

「それでも、です」

 何がそれでもなのか、恐らく言った本人にも分かってはいまい。 ただ、ここで引く訳にはいかないと思ったら自然と口から言葉が飛び出していただけだろう。

「……ぷっ」

 不意に、それまで痛いほどの視線を浴びせていた緋嵩の目が弛み、僅かに吹き出した。 

 突然の事できょとんとした表情になってしまった御国に、まるで悪戯の成功したような子供のような表情で笑いかけると、彼はゆっくりと那凪達へ振り返る。

「が、だからってこのまま「はい、さよなら」ってのも、不公平な話だよな」

 自然と顔を上げた三人の視線を受けた緋嵩は、どういうわけか何かを示すように指を立てたのだ。 既に彼の顔に笑みは無く、何を言い出すのかと四人ともが彼の動向に目を向けている。 

「三ヶ月。 あんたらに付き合ってやるよ」   

「は……え?」

 間の抜けた声だけでなく、一瞬何が起こったのか理解出来ないような顔。 

 四人それぞれのその様を鼻で笑う緋嵩を見て、那凪の顔が何かに気が付いたようにはっとした表情を作る。

「あんた、始めからそのつもりだったわね!!」

「さあ? 日頃の行いが悪いんじゃないのか? とりあえず今日はもう帰らせてもらうぞ」

 御国に見せたような小憎らしい顔を浮かべて煙草に火をつけると、緋嵩はふいっと身を翻して部屋から出て行った。  

「あ、ちょっと待……!!」

 これ以上の会話を遮るようにぴしゃりと襖が閉じられると、見る見る彼の足音が遠ざかって行く。

「……やられたな」

「そうだね」

 なんとも言えない表情で声を漏らした轟に、脱力したような声で高原の相槌が入った。 一方、御国の方は苦笑いを浮かべながら部屋の中央に目をやる。

 そこには、 

「ああもうっ!!」

 不機嫌な声もそれなりに、ごろりと畳の上を転がる那凪の姿が。

 その様子は、なんとも不愉快そうに眉をしかめながら、座布団を丸めて股に挟み込むだけでは飽きたらず更には腕でも抱き締めているという力のいれようだった。

 一度では気が済まないのか、右へ左へ何度もごろごろと転がって行き場のない感情を処理する様は、見ていて中々に鬱陶しい。

「しょうがないですよ店長。 これに懲りたら、今後は試験内容を変えるのをオススメします」

「そうそう、早苗ちゃんの話に乗ってくれただけでも、十分奇跡的だと思うよ」

 唸る那凪に上から声を掛けたのは、廊下側から中央にに寄って来た御国と隣の部屋から入ってきた高原の二人。

「奴が敵に回らなかっただけましだ」

 加えて、高原の後ろから轟も室内に姿を現した。

「だからってさ、何なのよあの態度! あ~思い出しただけで腹が立つ!」

 起き上がり、腕の中にある座布団をまるで人の首を肘で絞め上げるような動作を取ると、那凪は乱暴にお茶請けに出された菓子を掴んで口の中の放り込んだ。

 一口で掌大の饅頭を頬張った那凪を見て、他三名が顔を見合わせため息を吐く。

「はあ、緋嵩さんも、もう少し気を遣ってくれたら良かったんですけど……」

「そう? 僕はああいう正直な態度とってくれた方が分かりやすくていいと思うけどな」

「こっちとしてはとんだ災難だがな」

 鼻息荒く饅頭を咀嚼する那凪に一斉に視線を落とし、三人の口から再び深いため息が落とされたのだった。

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