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ツカノマノクビキ ~a slight contract~ [2.1.5]

 一転して、息が詰まるような沈黙が瞬時に部屋全体を包み込んだ。

 どんなに間の抜けた姿を晒そうとも、目の前に居る男が外見通りの常人ではない。 彼の赤みを帯びた目を直視した瞬間に、嫌と言うほどそれを思い知らされた光景が那凪達の脳裏に思い起こされる。

「そうじゃない、って言ったら、付き合ってくれるの?」

 試すような、挑むような口調で、那凪が投げ掛けた。 彼女の額に流れる汗が、その言葉に滲む不安を物語っている。

「このまま帰って、事あるごとに付きまとわれるよりは、今この場でケリをつけたほうがマシだ」

 緋嵩の言葉、そこに含まれる皮肉げな了承に剣呑な響きは無い。

 那凪の顔から若干固さが抜けた。

「じゃあ……」

「聞くだけ聞いてやるよ。 あんな目にあった翌日にこんな事する度胸と、そのしつこさに免じて」   

 それは苦笑だったが、那凪たちに対して初めて緋嵩が浮かべた笑顔でもあった。 紛れもなく、彼から敵意や警戒の抜けた証拠に他ならない。

 矛を納めた緋嵩の雰囲気に、那凪だけでなく場の空気に当てられて息を呑んでいた面々からも緊張が抜け落ちる。

「うん、ありがと」

 皮肉の交じった緋嵩の台詞に対して那凪は素直に頭を下げると、それまで隣の部屋で黙って見守っていた二人に首から上だけを向けて口を開いた。 

「高原、虎さん。 あれ、持ってきて。 ああ、さなちゃんは飲み物よろしく」

「おう」    

「わかりました」

 御国が部屋から出て行き、轟達が隣の部屋の奥に消えると、那凪が部屋の隅に置いてある座布団を緋嵩に向かって放り投げる。

「座って」 

 緋嵩に告げた後、那凪の方もまた手に座布団を持って彼の正面へと戻っていく。

 いつの間に用意していたのか、座布団を持つ方と反対の手には黒い装丁の分厚いファイルを持っていた。

 渡された座布団に胡坐をかいて那凪に目を向けた緋嵩が、それに気付いて興味を擽られた。 黒一色の、模様もタグも無い不気味な印象を与えるそのファイルは、何が納められているのか外見からはまるで判断がつかない。

 ただ、こんな場面で持ち出されるのだから、常識的な代物ではない事だけは確かだ。

「……それは?」

 再び正面に向かい合う形になった所で、緋嵩が問う。

 那凪は彼の前に腰を下ろすと、見れば判るとでも言わんばかりにそのファイルを彼に差し出し、畳に広げた。

 どんなものが飛び出すのかと思いきや、彼の目に映ったのは、予想に反して大して珍しくも無いもの。

 新聞、コピー用紙といった、様々な質の紙が切り抜かれて所狭しと収納されているそれは、所謂スクラップブックと呼ばれるものだった。

 てっきり化け物の図鑑や、それに関する資料とばかり考えていた緋嵩にとっては拍子抜けな内容と思われたが、記事を読み進んでいくうちにその考えが甘かったことに気付く。

『現代の神隠しか!? 消える住民の謎!!』

『連続猟奇殺人の恐怖!! 犯人の目的は!?』

『都会に熊!? 姿のない猛獣の彷徨う街!』  

 問題はその量と、規模だ。

 どれもこれもここ最近の新しいものばかり、しかも、一つの事件につき被害者は多数。

「これ全部、か……」

 ファイルのページをめくる緋嵩の顔が苦いものでも飲み込んだように僅かに歪む。

 確実になっただけでも軽く三桁を越す犠牲者は、知られていないものも含めば一体どれほどに上るのか見当も付かない。 とても見ていて気持ちのいいものでは無いだろう。

「今月だけでも、七件。 被害者は、三十九人だった」

 ファイルを閉じた緋嵩に重ねるように告げる那凪の声も、決して軽いものではなかった。 手を握り締め、見えないように歯を食いしばるその思いは、果たして何に向けられたものなのか。

 互いに、やりきれない思いを乗せた僅かな沈黙が流れる。 話を進めるべき那凪の方も、何かを思い出しているのか悔しげな表情で唇を締めていた。

「失礼しますね」

 それを破ったのは、この場に居ない第三者の声。    

 話を戻そうとした那凪よりも早く場に流れた穏やかな声と共に襖が開き、麦茶と茶菓子を乗せた盆を持った御国が姿を現す。

「冷たいうちにどうぞ」

 御国はそれぞれの前にグラスと真ん中に茶菓子の入った器を置くと、まだ二つグラスの残っている盆を脇に置き、自分の分のグラスを持って那凪の横に腰掛けた。

 緋嵩の前に置かれたグラスの氷が崩れ、涼しげな澄んだ音が響く。 不思議なことに、それだけでどこか空気が柔らかくなったような印象を周りに与えた。

 当たり前の日常の穏やかさに、やりきれない思いでささくれた心を鎮められる二人。

「ん、ありがと。 さなちゃん」

 期せずして場を和ませてくれた御国に那凪は静かに礼を言うと、張りの戻った声で緋嵩に話しかける。

「とりあえず、奴らのやり口は分かったでしょ。 ここから先は男二人が帰ってきてから詳しく話すから」

 ひとまずの区切りとばかりに麦茶をひと口含み二人を待つ姿勢に移った那凪を見て、緋嵩も置かれたグラスを手に取った。 丁度いい温度に冷やされた麦茶を喉に流し込み、ついでに出された茶菓子にも手を伸ばす。 

「んむ……美味いな、これ」

 しっとりした皮に程よい甘さの、上品な味わいが彼の口内に染み渡った。 

「お口にあって良かったです。 それ、今人気のお饅頭なんですよ」

「納得だな」

 御国とどうでもいい雑談を交わして、また手元の麦茶で喉を潤す緋嵩。 彼にとっては、久しぶりに心の休まる時間だったのだろう。

 だがそれも、残念なことに長くは続かなかった。

緋嵩くんも、苦労してるのですよねえ(うんうん

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