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ハイイロノサソイ ~second contact~ [1.2.7]

久々にセーフ!!

やりました!

「え……? いや、それは、ほら」

 緋嵩の言葉から滲み出る不穏な圧力に、那凪の表情が動揺を含んだものに変わる。

 彼女が意味のある言葉を構築するよりも速く、緋嵩の言葉が投げかけられた。

「大体の事情は理解できた。 つまりは、悪趣味な入隊試験だったって訳だな?」

「あ、はは。 まあ、そういうこと、かな」

 眼鏡越しの鋭い視線に当てられて、那凪の顔は気まずいものを見せ付けられたように動揺を示していた。 怒鳴り散らすでも、驚くでもない、ただただ冷静で鋭いだけの思考と言葉がどうにも自身の行為の後ろめたさを際立たせているように感じさせるのだ。

 頭に血が上ったなら別の事に興味を移せばいい、驚かせたなら謝罪の一つでもすればいい、どちらにしても付け入る隙は出来る。 だが、冷静に切り返される事ほど厄介な返答はない。

 なにせ、付け入る綻びを抱えているのは完全に那凪達なのだ。 相手が取り乱した所に付け入らなければ、状況改善など出来うるはずも無い。 例えどんな大層な理由を抱えていようと、だ。

「だが、それは所詮そっちの理屈だ。 俺が話に乗ってやる義務は無い。 ……構えろ」

「は、はい?」

 予想できた反応だった。 

 那凪たちの脳裏に過ぎった、この試験をした場合の最悪の返答。 少なくとも、前半はそうだった。 

「構えろって、どういうこった?」

「そのままの意味だ」

 不穏な緋嵩の言葉に、最初に理解を表したのは轟だった。

 彼らとしても、相手の実力を無理やり試すこのやり方が不評を買うことは十分承知していた。 故に、それによる相手の反応も考えている。  

 だが、緋嵩の言葉はそれに収まりきらない。 轟への返答も、ますます三人の思考を乱すだけだった。

 油断を突いて各個撃破した、それでも相当手を抜いていた相手に再び挑むなど正気の沙汰ではない。 いや、そもそも戦力分析以前に、ただの一般人が何度もこんな命を削るような戦いを望むだろうか。

 どの角度から考えても繋がらない緋嵩の行動に、三人はただ動揺と困惑を示すばかり。

 彼らが理解に悩まされている間に、緋嵩はくるりと反転すると、ゆっくりと三人から距離をとり始めた。

 無論、この場から去ろうとしている訳ではない。 なぜならその証拠に、彼は歩きながら再び那凪達に話しかけていたのだから。

「俺の実力を見る、気が済んだから終わる、それはあんた達の都合だろ。 俺には何の関係も無い」

 背中越しに語りながら三メートルほど那凪達との距離を開けて、緋嵩は足を止めた。

「あんたらは俺に戦いを吹っ掛けたんだよ。 そして、俺はまだそれを終わらせた覚えは無い」

 振り返って再び那凪達に視線を合わすと、緋嵩は上着のポケットから取り出した煙草を無造作に咥えて火をつける。 

 気だるげに煙を吐き出した様子とは裏腹に、彼の目だけは眼光鋭く獲物を見るような光を放っていた。

 明らかな敵意。 

 彼の放つ空気に、那凪達、主に那凪が焦りも明らかに弁明する。

「その、騙したのは悪かったと思ってる! でも聞いて、私達にも事情が――」

「分かってる」

「え?」

 一息吸っただけで足元に捨てた煙草を踏みにじりながら発せられた緋嵩の意外な返答に、那凪の言葉が途切れた。

 ここへ来て尚、彼の様子には攻めるものこそあっても責めるものが見られ無いという奇妙な違和感を感じていた那凪は、彼の次の言葉でその訳を知ることになる。

「理由も無くこんなことをやらかす奴なんてそうそう居ないだろ。 誰にでも理由はある。 でもな、だからどうした?」

 最後の台詞は、まるで氷のようだった。

 少なくとも那凪達は、緋嵩のその台詞に背筋をぞくりと走りぬける冷気を感じ、返す言葉を失う。 

「あんた達の理由は俺には関係ないし、知ったことじゃない。 生憎そこまでお人好しじゃないんでね。 俺に戦いを仕掛けた時点で、あんた達は敵なんだよ」

 那凪に指を指してそう宣言した緋嵩は、向けていた手を目元に寄せて掛けていた眼鏡を外すと、何を考えているのかそのまま握り潰したではないか。

 プラスチックの砕ける時の軽い音が何重にも重なって、緋嵩の足元に無残な残骸を作り出した。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 敵という言葉に、思わず那凪が叫ぶ。  

 緋嵩の様子に責めるものが無いのも当然だ。

 彼は理解していた。 那凪達が普通ではないことを知り、襲われた今も何か理由があるのだろうと、襲われたとは思えない冷静さで、そこまで思考を巡らしていたのだ。

 しかし同時に、切り捨ててもいた。 例え何があろうと、刃を向けるものは敵だと、完全に割り切って。

 他人の事情を知りつつ、自分のスタンスを貫き通す。 それはつまり、相手の都合による行為を責めはしないが、自分の行為を止める理由にその都合を干渉させないと言うこと。

 那凪は、緋嵩のそのあまりに孤立した考え方に気付いたからこそ、叫ばずに入られなかった。

 お前はお前の好きにしたらいい、ただし、俺も好きにやる上にお前の事情を何も聞き入れる気は無い。 緋嵩を仲間に引き入れようとした那凪への、受け入れないと言う絶対的な拒絶。

 故に、納得する訳にはいかなかった。

「待て、那凪」

 だが、先に続けようとした彼女の言葉は、行く手を妨げるよう正面に突き出された太い腕と共に仲間である筈の人間に止められた。 

 那凪がなぜ止めるのかと言いたげな顔で睨むと、邪魔した本人、轟がその視線を受けて静かに首を振る。

「無駄だ。 言葉と表情では分からんが、相当頭に血が上ってるみたいだからな。 俺たちの言葉なぞ聞き入れんだろ」

 轟の言葉に、反対側に居た高原も頷いた。

「そうだね。 何せ僕ら三人と同時にやり合う気満々みたいだし、ここはひとまず彼を話を聞ける状態にした方が良さそうだよ、店長」

 二人の言うとおり、緋嵩の言葉は気分を害した事象意外に意識が向かなくなっているだけとも考えられる。

 緋嵩は那凪たちと完全に敵対したのか、それともその場の感情でそう言っているだけなのか、那凪たちに判断する術は無い。

 唯一つ確かなのは、言葉でどうにかできる段階は過ぎ去ってしまったということだ。

 戦いが続いていると言うならば、まずはそれを終わらせない限り何も始まりはしないだろう。 

 二人の言葉に気持ちを納得させられた那凪は、意識を切り替えるかのように一度目を瞑って頷いた。 落ち着いて息を吐き、再び目を開ける。

 迷いは、もう見られなかった。 意識を緋嵩に、彼との戦いだけに集中させた証拠だ。   

「二人ともありがと。 そうね。 とりあえずあー言ってるんだし、遠慮なくぶっ飛ばしちゃおっか」

「それでこそ、那凪だな」 

「だね」

 三人が再び戦意を出し始めた頃を見計らってか、緋嵩から声が掛けられる。

「準備は良いようだな」

 構えこそ取っていないが、何かあるような、なんとも言えない不吉さを漂わせる緋嵩を見て、高原が挑発するような口調で返事をした。

「君こそ、いいのかい? 正直な話、さっきは僕も彼も手を抜いていた。 それに、今回はもう一人いる。 君が勝てる可能性は低いんじゃないかな」

 子供に言い聞かせるような説明めいた内容に、彼の浮かべる苦笑は、見るものが見れば馬鹿にしているようにも取れるだろう。 実質、高原としてもここで彼が冷静さを失って向かってくれば間髪入れず仕留めるつもりだった。

 しかし、高原の言葉に対して、緋嵩は感情の揺らぎを見せる代わりに、さも当たり前のような口ぶりでこんなことを言い始めたではないか。

「貴様達はどうやら我等に近いようだな。 餌を演じる必要性も無く、ふざけた真似をしてくれた礼に手加減なんぞする気も無い。 覚悟はいいな、下種共」

 それは宣告。 いや、もしかすると、最後の警告だったのかもしれない。

 だが、知識の無い人間がいくらそんなことを言われたとして、理解できなければその言葉は意味を成さない。

 この時、那凪たちは誰一人として緋嵩の台詞をまともに受けはしなかった。 口々に戯言と、歯牙にかけようともせずにただ聞き流した。

 無理も無い話だが、故に、彼らはその身をもって知る。

 自分達の前に、今まで、何が居たのかを――  

第二章「ハイイロノサソイ」はこれにて終了。

ふふ、次回からはいよいよ彼が動き出しますよ(^-^)/

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