ハイイロノサソイ ~second contact~ [1.2.6]
ていやっ……いやまあ、遅刻なんですケドねorz
「まさか二人とものしちゃうとはね。 予想以上だわ」
壊れた塀の向こう。
死角になっていた壁の先から、悠々と彼に向かって歩いてくるのは、誰であろう倒れたはずの那凪だった。
「お前……?」
突然のことに語尾の上がった声を出す緋嵩を差し置いて、怪我した様子など微塵も見られない那凪は彼の前で止まると倒れた二人に向かって口を開く。
「それにしても、高原は良いとして。 虎さん、ちょっと舐めすぎだったんじゃない?」
これは一体どういうわけか。
彼女の呆れるような声に反応して、倒れていたはずの二人がややふらつきながらもむっくりと起き上がりだしたではないか。 しかも、元・白仮面の顔は高原そのもの。
つまり黒仮面は必然的に轟と言うことになる。
轟の方は黒い仮面のせいで表情は分からないが、高原は額をさすりながら苦笑いを浮かべていた。
「はは、店長の話から大体の能力は知ってたけど、予想以上だったよ。 軌道は読んでいたんだけどそれでも結構喰らっちゃったし。 ほんとに一般人、彼? だとしたらかなりのセンスだね」
そう言って立ち上がると、那凪の隣まで歩いていく。 その様子には多少のダメージは見え隠れしているものの戦闘不能とはとても言えない。
一方の轟も、
「ああ、悔しいが高原の言うとおりだ。 蹴られてから少しの間、意識が飛んだぜ。 大した奴だ」
外した仮面を適当に投げ捨てると、蹴られた辺りを手で摩りながら悔しげにそう口にした。
どうやら緋嵩の予想以上に手を抜いていたらしい二人のその様子を見て、那凪は満足そうに緋嵩に視線を移す。
「ふーん、話した感じ只者じゃ無いとは思ってたけど、そっか、とんだ掘り出し物だったわけね。 さなちゃんも連れて来ればよかった」
警戒した目で睨んでいる緋嵩の様子など気にも留めず人差し指を口元に当てたりなんかして口ずさむ様子には、まるで敵意がない。
そうこうしているうちに歩いていた二人の足が止まり、那凪を含めた三人が緋嵩の正面にそろう形になった。
戦うというよりは別の、何かいい事でもあった時の興奮のようなものが見える雰囲気で那凪が続ける。
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね」
言葉と共に掌で自分を指すような仕草をとった彼女は、今更ながらに自分のことを話し出した。
「那凪涼香よ。 能力は増幅。 まあ、簡単に言えば何でも好きなものを一つパワーアップさせられるってところかしらね。 ほら、高原も虎さんも自己紹介して」
得意げにそう語ると、那凪は二人にも自分と同じようにするよう促した。
彼女の言葉に一速く反応したのは高原だ。
「店長、まさか、今まで彼に名乗ってなかったのかい?」
那凪の意に反してはいたが、彼から出た言葉は至極当然の疑問だった。 そう、那凪は今の今まで、緋嵩に自己紹介はおろか、まともに名乗ってすらいなかったのだ。
緋嵩が頓着しなかったせいもあるが、大雑把と言うか、なんとも間の抜けた話である。
「あ、はは。 私も今気付いたとこ」
「……相変わらず、変なところで抜けていると言うか、基本的に大雑把なんだよな那凪は」
腕を組んで那凪のこれまでを目を瞑って思い返すように言ったのは轟だ。
言い終わった後の溜息が、那凪のこれまでを周りに容易に連想させる。
「い、いいじゃない、今そんな事は。 それよりほら、さっさと自己紹介しなさいってば!」
轟の反応に頬を赤らめて抗議していた那凪が、話題を変えようと傍で頷いていた高原に強引に話を振った。 と言うより押し付けた。
口から火でも吐きそうな那凪の剣幕に押されて、高原が苦笑を浮かべながら緋嵩に向き直る。
「はいはい、分かりましたよ」
体の埃をある程度払い、場を整えるように芝居がかった咳払いを一つすると、その整った顔にさわやかな笑顔を浮かべて高原が口を開いた。
「僕は高原信也、呼び方は好きに呼んでくれて構わないよ。 持ってる能力は捕捉、ものの動きや力の軌道を正確に捉えることができる能力さ。 よろしく」
これで自己紹介した相手が若い女だったらなら好感の一つも持たすことが出来るかも知れないが、生憎緋嵩は同姓を恋愛対象にはしていない上、襲われた直後に急に好感を持てるような刹那的な感覚を持っている訳でもない。
高原もそれは承知しているようで、握手や相手の反応を促すような行動は起こさずにいた。 言葉使いとは裏腹に真摯に伝えることだけを目的とした自己紹介を選んだと考えて良いだろう。
自己紹介を終えて一歩ひくと、高原は最後の一人に促すようなジェスチャーをした。
高原の催促を受けて組んでいた両手を解くと、最後のメンバーである轟が口を開く。
「ああ、俺は轟武虎といってな。 能力は纏火といってな、メンバーの中では一番単純だ。 ようは、体のどこかをものすごく熱くできるってだけだからな」
まるで同意を得たいかのような邪気の感じられない素直な笑みを浮かべて彼は自己紹介をそう締めくくった。
そうして、三人ともがそれぞれ自己紹介を終えると、それを見計らって真ん中に居た那凪が一歩踏み出して緋嵩に向けてにっこりと笑う。
意気揚々と、まるで新しい友人を迎えるかのように明るい雰囲気を出して。
「これから、よろしくね」
残りの二人も、似たようなものだった。
那凪ほどあからさまではないが、そこにもはや敵意の色は見えない。 和やかに、緋嵩を迎える状況を整えるばかりだ。
歓迎の言葉が投げかけられてから、僅かに間が空いた。
自己紹介の頃から閉じられていた男の瞼が、ゆっくりと開けられてゆく。 彼の表情には、怒りや驚きといったものは感じられない。
無表情のまま、その口から言葉だけが紡がれる。
「なにが、よろしくなんだ?」
彼の、緋嵩からの言葉は、これまでに無いほど冷たいものを内に秘めていた。