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ハイイロノサソイ ~second contact~ [1.2.5]

ぎ、ぎりぎりアウト(汗

 やはり、と言うべきか。 今回の相手は言葉を解していた。

 なぜなら、緋嵩の言葉に返答する形で、大きく筋肉質な体格に似合った野太い男の声が黒仮面から発せられたからだ。

「そいつに勝ったら、相手をしてやる」

 破られた仮面の沈黙は、緋嵩にとって二つの幸運をもたらした。 

 一つ目は言うまでも無く、正直今の状態で化け物じみた能力を持った二人の相手を同時にするのは厳しかったことであり、二つ目は、どうやら相手は仮面を被った人間の可能性が濃厚になってきたことだ。 

 化け物と、化け物じみた能力を持った人間は、当然ながら全くの別物である。

 肉体強度が、思考が、行動が、人間を相手にした場合、化け物の時と比べ殆ど全てにおいて遥かに難易度が下がると言っていい。

 加えて緋嵩は、既に時間稼ぎも終えた。

 彼はほんの僅か、視線だけで白仮面を確認すると、顔だけは黒仮面を見つめたままで口を開く。

「ああ、そうかい!!」

 台詞でカウントダウンを取るようにタイミングを合わせ、一気に白仮面に突進。

「なあっ!?」

 仕草も態度も黒仮面に向け、移動力に先ほど致命的ともいえるダメージを与えられている筈の緋嵩が見せたそのあまりの機動性と瞬発力に、完全に先手を取られた白仮面が驚きのままに声を上げる。

 慌てて瓦礫を構えようとするももう遅い。

「っらあ!!」

 一気に懐まで距離を詰めた緋嵩の掌底が白仮面の無防備な下腹部に炸裂した。 そのまま前のめりに後ずさった相手の胸に間髪いれず横向きで飛び込むように入り込むと、うな垂れた顔面を肘打ちの格好で下から一気にかち上げる。

「がはっ!!」 

 恐らく生身の人間だったなら鼻骨が砕けていたであろう衝撃だったが、仮面を被っていたのが幸いしたようだ。 素顔をさらけ出す事と引き換えに顔面骨折を免れた白仮面は、僅かに宙を舞ってから受身も取らずに背中から地面に激突した。

 死んではいないだろうが、当分戦闘行為は不可能だろう。

 ピクリとも反応しない元・白仮面には目もくれず、緋嵩は仮面を砕き割った肘を軽く払うと黒仮面へと向き直った。

「さて。 あんたの芸、見せてくれる約束だろ?」

「……やるな」

 静かに気合のこもった声が、緋嵩に向けて発せられる。

 彼の一挙手一投足を見逃さないように視線を絡ませ身構える様子には、白仮面のような隙は見られない。

 先ほどの撃退は決して緋嵩自身の能力が相手に勝っていた訳ではなかった。 あれはあくまで、相手の油断に付け入っただけものだ。

 どれほど実力があろうと、手の内を晒し隙も垂れ流す相手の対処法などいくらでも在る。 

 だが今、緋嵩は目の前の相手の特技も攻撃の間合いも知らない。

 仲間が一人やられた相手としては当然の反応だったが、それでも僅かに舌打ちが口から漏れた。

 彼が約束を守って能力を見せる保証など、かけらも無いのだ。 同じ土俵で戦えば不利なのは目に見えている。

「ふん、俺はあいつほど間抜けじゃないぞ」

 言って、黒仮面は闘牛の如く緋嵩に突き進んできた。

 あまりに無防備に見える行動だが、その雰囲気には過信も油断もありはしない。

 まるで当然とも言うべき躊躇の無さに、緋嵩は何かを仕掛けるべきかとも思ったが、慌ててそれを否定した。

 黒仮面の動きは隙があるのではない、誘っているのだということに気が付いたのだ。

 白仮面と違い、明らかに相手と顔を合わせた戦いに慣れている行為に緋嵩の緊張が色濃く現れる。

「っせい!!」 

 攻めあぐねた結果、何をするでもなく接近を許してしまった緋嵩に向けて黒仮面の筋肉に包まれた拳が振り下ろされた。 

 横に飛んで回避しつつ、勢いはそのままに後ろへもう一度飛んで距離をとる緋嵩。

 非常時ゆえの反応速度か、常人ならば足を挫くなり躓くなりしてもおかしくない無理な連続技だったが、難なく彼はやって見せた。

「なるほど、さっきの奴が曲芸まがいの遠距離戦で、あんたが筋肉馬鹿を活かした近距離戦か。 良いコンビだな」 

 跳び退った格好のまま表情だけ強気の笑みを浮かべた緋嵩がそう投げかける。

 安い、明らかな挑発。

 近距離の格闘戦をするものにおいて、感情を高ぶらせて油断を誘うと言う定石に沿った行動だった。 

 安易に乗らないまでも反応くらいはするだろうと踏んでいた緋嵩だが、しかし、黒仮面は言葉に反応するどころか、緋嵩が元居た場所の先にあった壁に拳を打ちつけたまま動こうともしない。

「約束だったからな」

 緋嵩ではなく、目の前の壁を見やりながら呟くと、ゆっくりと、黒仮面はその手を押し込んだ。

 そう、押し込んだのだ。

「……なるほど」

 熱した鉄板に水を落としたような音と白煙の中、まるで粘土を前にしているように易々と黒仮面の拳が壁に沈んでいく姿に、緋嵩から苦々しい呟きが漏れた。

 壁の様子からして、恐らくは異常な熱量を拳から発しているか、纏っているかのどちらかだろう。 どちらにせよ厄介な能力だった。

「こういうことだ」

 壁に文字通り風穴を開けた手を開閉して無骨に言い放った黒仮面が、緋嵩に視線を合わせる。

 引き抜いた手には、一目見て異常と呼ばれるところは無い。 何の変哲も無いただの手だ。

 その、ただの手が、コンクリート製の頑強な壁をバターのように貫く力を持っていると誰が予想できるだろうか。

「厄介だな」

 呟きながら、緋嵩は跳び退ったままの方膝をついた体制のまま後ろ手を彷徨わす。

 黒仮面の手には一目見て高熱と判断できる材料は傍目からは見られなかった。 全身からの発動が可能なのか? 継続時間は? 発現のタイムラグは? 全てにおいて、彼には情報が足りない。

 弱者の特権は情報と知恵。

 緋嵩はそれを良く知っていた。 故に、それらを最大限に活かすべく、彼は目的のものを掴む。

「さて、もうそろそろ行かせてもらうぞ」

 仕掛ける様子の無い緋嵩に対し、余裕の滲む声で言い放つ黒仮面がゆっくりと足を踏み出した。

 緋嵩はその様子を見て思う。 確かに油断は無いが、どうして彼らはこうも相手を舐めているのか。 例え鼠でも、追い詰めれば猫をかみ殺すと言うのに、と。  

 手を抜いているのが傍目にも分かる彼らのあからさまな態度に何を思い出したのか、緋嵩が下を向いて冷めた笑いを見せた。

 だがそれも一瞬。

 すぐに黒仮面に鋭い視線を向けると、死角になっていた手を勢いよく振りぬく。

「ぬっ!?」

 突然投げつけられた瓦礫の破片に反射的に黒仮面が片手で顔を覆う。

 残念ながら顔面には命中しなかったが、比較的鋭利なそれは黒仮面の腕を掠り、僅かな傷をそこに残した。

 緋嵩はその結末を確認しながら、話している間に目星を付けていた瓦礫の破片を両手に収める。

 黒仮面が自分を視界に捕らえる瞬間を狙って、緋嵩は集めた大小様々な瓦礫を今度は散弾銃の如く一気に投げつけた。

「無駄だ!」

 一閃。

 無造作に横凪に払った腕が、投げつけた礫の殆どを無力化した。 振りぬいた腕の後に、仮面の奥で鼻で笑ったような音が響く。

 衝突面を滑らかに変化させ弾かれた礫が地面に落ちるのとほぼ同時に、黒仮面の腕に衝撃が走る。

 案の定、ズルズルと腕を伝って下に落ちた瓦礫に視線をやると、黒仮面の落胆したような声が緋嵩に掛けられた。

「無駄だと言ってるだろうが」

「そうか、よっ!!」

 想像よりずっと近くから聞こえてきた声に、黒仮面は弾かれる様に声のした方向に視線を向ける。

 目に映ったのは、既に一メートルと離れていない位置から自分に叫ぶ緋嵩の姿と、風を切り唸りを上げる足の膝までの部分。

 自分の能力を見せてから、黒仮面はその絶対的な相性の悪さからてっきり遠距離戦に切り替えたと思い込んでいた。 いや、そう思い込まされた。

 緋嵩の策略に気付くより早く、黒仮面のさらけ出した首筋を彼の足が容赦なく蹴り抜く。

「は――」

 息の漏れる音と共に、蹴られた勢いのまま落とされた頭部が地面へと叩きつけられた。

 首と頭部、計二撃。

 いくら頑強な体をしていようと、良くて脳震盪、悪ければ頸骨骨折の衝撃はさすがに効いたらしい。

 倒れた格好のまま動かない黒仮面を見下ろして一つ息を吐くと、警戒を解いた緋嵩の声が彼に落とされる。

「全身で発動できないのを見せたのは失敗だったな」

 咄嗟には発現が出来なかった事と、広範囲に降りかかる礫をわざわざ腕で振り払った事。 この二つさえ知れば、彼が接近に持ち込む理由としては十分だった。

 周りを一望して倒れこむ二人の姿を確認した後に、緋嵩は服に付いた埃をぞんざいに手で払う。  

 

 ……ぱち、ぱち、と。

 

 緩い拍手の音が緋嵩の耳に入ってきたのは、その時だった。

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