公開処刑
『えっ、婚約解消!? 待って! オレの初恋叶わないの!? 婚約できたのに!?』
突然、講堂内に魔道具で転送かつ増幅された音声が響いた。
『叶わないとは? エリック様の初恋のお相手はジェンキンス様ではないのですか?』
『違う!』
生徒達は言い争う二人の男女の姿を探すも、見つからない。
「あ、この声、エリックとナイト嬢か?」
誰かが気付いて発した声に、他の生徒達が納得したように頷く。その中で、心中穏やかではないのは自分の名前が出てきたジェンキンス嬢──キャサリン・ジェンキンスだった。
彼女は音声に遮られる前、複数の女生徒に囲まれ糾弾されていた。異性との距離が近すぎる。それも婚約者がいる相手に対して特に。それに対してキャサリンは、そんなつもりはない、自分はあくまでも友人として接しているだけだ。それなのにこんな風に言われるなんて、と涙を見せていた。嘘泣きだが。
そこへこの音声である。
『恋は落ちるものです、エリック様。先日あなたがジェンキンス嬢に恋に落ちる瞬間を私は見ました』
『えっ!? あ、この前ぶつかった時のこと!?』
はい、とエリックの婚約者、シェリル・アグネス・ナイトが答える。
先日二人で歩いている時にエリックとキャサリンはぶつかり、よろけたキャサリンを支えようとしたエリックの視線が重なった。それをすぐそばで見てしまったシェリルは、婚約者が自分以外に恋に落ちたと思ったのだ。
これがキャサリンの常套手段で、自分も同じ状況だった! と結構な人数の生徒が思った瞬間だった。
『いや、確かにあの瞬間見惚れたのは否定しない、ごめん。でもそれは美術品とかそういうのに見惚れるのに近く、恋には落ちていない!』
『ですが……』
エリックの言い訳に納得できないでいるのか、シェリルは言いごもる。
『ジェンキンス嬢は大変素敵な容姿の持ち主だというのは、友人達ともたまーーに話すけど、それだけだよ。心からどうでも良い。皆、ホセとかジョンとかニックとか、男子生徒達だけで集まっている時は大抵、どれだけ自分の婚約者が好きかの言い合いになるし』
『言い合いですか……?』
『そう! 貴族同士の婚約は政略が多いのに、オレ達の代は片思いしていた相手と婚約を結べたのが多くて、奇跡の世代って言われているぐらいなんだ。それにホセなんか婚約者のムーア嬢の笑顔の可愛さが毎日更新されるって言ってるし、ジョンなんか好きすぎて辛いから早く結婚したいを日に十回ぐらい言ってる。ニックも口を開けば好きだ好きだ言ってる』
その場にいたホセとジョン、ニックが真っ赤な顔で絶叫する。他の生徒はおぉーと歓声をあげたり、次は自分が暴露されるのではと青い顔をしている生徒もいる。
「ぅわーーっ!!」
「エリックーッ!!」
「アイツ、許さん!!」
言われたホセとジョン、ニックの婚約者は、キャサリンを囲む輪から抜けた。それはもう大変満足気に。彼女達にキャサリンに絡む理由はない。先程まで泣き真似をしながらも内心勝ち誇っていたキャサリンは、ぽかんとしている。
たまーーに素敵といわれるだけ? 心からどうでもいい……?
『では、エリック様は……?』
『……えっ、オレは』
講堂がシン、とする。
人のことは簡単にバラしておきながら、自分のことになると恥ずかしいのか、エリックの次の言葉が流れてこない。
数秒後、意を決したのか、エリックの言葉が魔道具を通して聞こえた。
『……シェリルは月の女神みたいに黒髪がキレイだし、優しくて可愛くて、嫌いなところを探すのが難しいぐらい頭の中がシェリルでいっぱいで……初恋実ったのが今でも夢みたいだって、言っています……』
確かに言ってる、とホセ達が肯定する。
『私はジェンキンス嬢ほど可愛くありませんが……』
『他の皆は分からないけど、オレはシェリルが好きだから、好きな人が一番可愛い……』
おぉー、という歓声が再びおきて、拍手がおこる。
『あっ!?』
エリックの驚く声の直後、ブツッと何かが切断された音がした。どうやら魔道具をうっかり起動してしまっていたことに気付いたようだ。
誘惑しているつもりはないと主張していたキャサリンは怒りたくても怒れず、ホセ達は目が合った婚約者達の元に駆け出し、暴露されていないものの婚約者の惚気をしていた男子生徒はほっと息を吐いた、が、それが却ってよくなかった。いや良かったというべきか、良くなかったというべきか。自分の言葉で婚約者に伝えなくてはならない。
彼らは後に、暴露されたほうが楽だった、寿命が縮んだと言っていたが、暴露されたホセ達は、いや、自分達も寿命が縮んだ、と言っていた。
なお、声は学園内全体に届いたようで、エリックとシェリルは一躍時の人となった。
こうして、多くの公開処刑者を出してしまったものの、結果オーライとなった婚約者達は、翌日から堂々と惚気たし、婚約者への気持ちも本人に伝えた。心の防波堤というべき羞恥心みたいなものはエリックの暴露によって木っ端微塵になった。
とある令嬢の所為であともう少しで婚約解消待ったなし、といわれていた者も今では日々笑顔で過ごしている。
思わぬ形で暴露した本人、エリックは翌日から友人達に心理的ストレスの賠償としてランチを奢らされてお小遣いがなくなっていたが、彼の暴露に感謝している令嬢達や婚約者のシェリルから差し入れがあったので生き延びられた。
騒ぎは領地の家族にも伝わったらしく、色々と反省しろ、でも実験感謝(要約)と書かれた手紙が少ししてから届いた。魔道具はエリックの実家から試作品として届いたもので、良い実験結果となったようである。
そうして、知られてしまったならもう遠慮しないとばかりに、婚約者にひたすら愛の言葉を捧げるこの世代は、学園卒業後も夫婦仲の良さが続いたようで、卒業後も奇跡の世代と呼ばれた。




