第九十七話:夜空の光と再会の予感
香織は八重と一緒に下校していた。学校の門を出たところで、見慣れない黒塗りの高級車が止まっているのが見えた。そして、その車の傍に、見慣れた人物が立っている。
山本楓だった。
楓は、香織に気づくと、冷たい微笑みを浮かべた。その周りには、数人のSPらしき人物がいる。
「あら、蓬田さん。ごきげんよう」楓は、香織に近づいてきた。
「楓さん…」香織は緊張しながら、楓の顔を見た。
楓は、香織の周りをゆっくりと回りながら言った。
「ねぇ、蓬田さん。まだ、お兄様のこと、諦めていらっしゃらないの?」楓の声は、嘲るような響きを帯びていた。
香織は、何も言えなかった。
「お兄様は、あなたの為に海外に行かれていたのをご存じでいらっしゃる」楓は、満足そうに微笑んだ。
「あなたのような方が、居なければお兄様は海外で、辛い思いをしなくても良かったのですわ」
楓は、香織に冷たい視線を投げかけ、車のドアを開けた。そして、車に乗り込もうとしたその時、楓は香織に、最後の言葉を突きつけた。
「それから…今夜、お兄様が、帰国なさいますわ。婚約者の方と、ご一緒に」
その言葉を聞いた瞬間、香織の心臓がドクンと大きく跳ねた。一時帰国。彼が、日本に戻ってくる。しかし、婚約者とご一緒に。
楓は、香織の顔色の変化を見て、満足そうに微笑んだ。そして、車に乗り込み、去っていった。
香織は、その場に一人残され、楓の言葉の意味を理解しようとしていた。彼が、日本に戻ってくる。しかし、婚約者と一緒に。
夜空を見上げると、満月が輝いている。それは、彼と香織が、屋上で秘密の逢瀬を交わした夜と同じ月だ。
(山本君…戻ってくるんだ…)
期待と不安が入り混じり、香織の心はざわめいていた。彼に会いたい。しかし、婚約者と一緒。
その夜、香織は、彼の声が録音されたキーホルダーを強く握りしめた。彼の声を聞きたい。彼の声を聞けば、今の状況が、少しでも理解できるかもしれない。
キーホルダーのスイッチを長押しする。彼の声が聞こえてくる。
「…蓬田さん…? 聞こえる…かな…?」
彼の声を聞きながら、香織は涙が溢れ出した。彼は、まだ香織のことを思ってくれている。
「…今夜…戻ってくるんだね…」香織は、心の中で彼に語りかけた。
夜空を見上げると、満月が輝いている。それは、二人の愛を見守ってくれる光のように感じられた。
彼が戻ってくる。それは、新たな波乱の始まりを告げるものだろう。しかし、それは同時に、二人の愛が再び試される、そして、もしかしたら、新たな段階へと進む機会になるのかもしれない。
再会の予感。それは、夏の終わりから続いた香織の長い待ち時間に、一筋の光を灯した。
(つづく)




