第九十六話:キーホルダーの奇跡と遠い囁き
山本嘉位からのメッセージは、蓬田香織に、彼が遠い異国の地で生きていること、そして、香織のことを思ってくれていることを伝えてくれた。短いメッセージのやり取りだったけれど、それは、香織の心に、消えない希望の灯火を灯していた。
彼の席は、空席のままだった。学校では、彼のことに触れることもなくなった。しかし、香織の心の中には、常に彼の存在があった。
香織は、手に握りしめたキーホルダーをそっと触った。小さなスマートフォンの形。そして、四つの「i」。彼の声が録音された、あの特別なアイテム。これは、彼との繋がりを示す、大切なものだ。
夜、香織は自室で、キーホルダーの彼の声を聞いていた。彼の苦しそうな声、そして、必ずまた戻ると言ってくれた言葉。それは、香織の心に、消えない希望の灯火を灯していた。
彼の声を聞き終え、香織がキーホルダーをベッドサイドに置こうとしたその時、キーホルダーの小さな画面が、突然光った。そして、微かに、ノイズ混じりの、しかし、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「…もし…し…蓬田さん…?」
山本嘉位の声だ。それは、録音された声ではない。リアルタイムの声だ。
香織は、息を呑んだ。彼から、キーホルダーを通して、連絡が来た。
「…山本君…! 聞こえますか…!?」香織は、震える声でキーホルダーに話しかけた。
「…ああ…聞こえる…蓬田さん…声が…聞こえるよ…」
彼の声は、途切れ途切れで、雑音混じりだった。しかし、それは、紛れもない彼の声だった。
「…山本君…! 大丈夫なんですか…? 今、どこに…?」
香織は、彼に聞きたいことがたくさんあった。彼の状況、無事。
「…空…」
「…どこにいるんですか…? 海外…ですか…?」
「…電波が…雲…」
彼の声を聞いていると、香織の目から涙が溢れ出した。
「…山本君…私も…いつも…思っています…」
香織は、震える声で答えた。
「…ありがとう…蓬田さん…君の声…聞けて…嬉しい…」
彼の声は、そこで途切れた。キーホルダーの画面の光も消えた。
短い会話。しかし、それは、香織にとって、何よりも大切なものだった。キーホルダーを通して、彼と直接話せた。それは、まるで奇跡のようだった。
彼が、遠い国から、困難な状況の中でも、キーホルダーを通して、香織に話しかけてくれた。それは、彼との繋がりが、まだ途切れていないこと。そして、彼との未来への希望があることを教えてくれた。
冬が深まっていく。寂しい季節だが、香織の心には、キーホルダーを通して繋がった彼の声が灯した、希望の光があった。彼のただ一人の光である香織は、彼の帰りを信じて待つ。そして、彼が困難な状況を乗り越えて、再び彼と会える日が来ることを願っている。
波乱は、まだ終わっていない。しかし、二人の愛は、距離という新たな壁に立ち向かうことになるだろう。そして、その壁を乗り越えた時、二人の愛は、さらに強く、確かなものになるだろう。キーホルダーは、二人の愛を繋ぐ、奇跡のアイテムだった。




