第九十五話:帰国
翌日朝、マフラーがなびくほどの冷たい風が吹く中、八重が待っていてくれた。
かおり!
「 山本嘉位、やるじゃん! かおりの元に帰ってくるんだ!」
八重は、まるで自分のことのように興奮していた。八重の言葉は、香織に、彼がどれほど香織のことを大切に思っているのかを改めて感じさせた。
「でも…どんな状況にいるんだろう…」香織は、不安そうに呟いた。
「大丈夫だよ、かおり。山本嘉位が、かおりのこと諦めてないってことが分かったんだから! あいつのこと信じて、待ってればいいんだよ!」
八重の力強い言葉に、香織の心は温かくなる。八重が傍にいてくれるだけで、心強い。
香織は、彼の声が録音されたキーホルダーを肌身離さず持っていた。彼の声を聞くたびに、彼の存在を近くに感じることができた。それは、香織にとって、何よりも心強いことだった。
翌日の夜、香織は自室で勉強をしていた。その時、香織のスマートフォンの画面に、メッセージの通知が表示された。差出人は、また見慣れない番号だった。
(今度は…誰だろう…?)
香織は、期待と不安が入り混じり、メッセージを開いた。そこに書かれていたのは、短い、そして、以前よりも少しだけクリアになった文章だった。
「…元気?…俺は…大丈夫…今手続き…」
「かい」からのメッセージだ。以前のメッセージよりも、少しだけ短い。そして、雑音も減っている。それは、彼の状況が、少しだけ改善されたことを示唆しているのだろうか。
香織は、心臓がドクドクと鳴るのを感じた。彼から連絡が来た。遠い異国の地から。
すぐに返信しようとした。しかし、何をどう返信すればいいのか分からない。彼の状況を知りたい。無事を確認したい。
香織は、震える指で、メッセージを入力し始めた。
「…山本君…! 無事なんですか…? とても心配していました…」
メッセージを送信し、香織は返信を待った。数分後、返信が来た。
「…すぐ…すぐ…」
彼のメッセージから、彼がまだ完全に自由ではないことが伝わってくる。しかし、以前よりも状況が改善されたことは確かだ。
「…そうですか…良かったです…山本君が…無事で…」
香織は、涙が溢れそうになりながら返信した。彼が、困難な状況の中でも、香織にメッセージを送ってくれた。それは、彼が、香織のことを諦めていないという証拠だ。
短いメッセージのやり取り。しかし、それは、香織と「かい」を繋ぐ、大切な糸だった。遠い国と日本。困難な状況。しかし、二人の心は繋がっている。
「…ありがとう…
彼のメッセージは、そこで途切れた。また、連絡が難しくなったのだろう。
香織は、スマートフォンを胸に抱きしめた。彼の声。彼のメッセージ。それは、香織にとって、暗闇の中の一筋の光だった。
彼が、遠い国から、困難な状況の中でも、香織にメッセージを送ってくれた。それは、彼との繋がりが、まだ途切れていないこと。そして、彼との未来への希望があることを教えてくれた。
冬が深まっていく。寂しい季節だが、香織の心には、彼からのメッセージが灯した、希望の光があった。彼のただ一人の光である香織は、彼の帰りを信じて待つ。そして、彼が困難な状況を乗り越えて、再び彼と会える日が来ることを願っている。
帰国予定は明後日に迫っていた。




