第九話:四日目 通常授業開始!数学ロジック かいの異端児の発揮
入学四日目。和井田学園高等部では、今日から本格的に通常授業が始まった。蓬田香織は、昨日の夕方、屋上で「かい」に話しかけられた言葉が頭から離れずにいた。「君みたいに、僕の心を強く揺さぶる人は初めてだった」「もう少し君のことを知りたいと思った」。彼の言葉は、香織の心を深く、そして奇妙な形で揺さぶっていた。それは、戸惑いと、ほんの少しの期待がないまぜになった、複雑な感情だった。結局、その後の会話で具体的な進展はなかったが、「かい」は香織に「また改めて話したいことがあるから、連絡するね」と言い残してくれた。
朝、学校に着くと、生徒たちの表情は少し引き締まっているように見えた。今日から授業が始まるという、新しい緊張感が校舎全体に漂っている。香織は八重と一緒に教室に入り、自分の席に着く。
一時間目の授業は、国語だった。教科書を開き、ノートを準備する。新しい先生、新しいクラスメイト。すべてが新鮮で、まだどこかフワフワとした感覚がある。
授業が始まり、先生が教科書の内容について説明を始める。香織は真面目にノートを取る。しかし、時折、昨日の「かい」の言葉が脳裏に蘇り、集中力が途切れそうになる。
二時間目は数学。香織は数学が得意な方ではなかったため、より集中する必要があった。しかし、先生が黒板に数式を書き始めた時、教室の空気が一変した。かい は体育館1へ向かっていたが、空調が悪いため、体育館2号間へ戻る最中であった。一号館から2号館に移動する際に、香織のクラスの授業が目にはいり、ふと、おもむろに、教室を除くと、いきなり扉を開いて
「先生、その数式、少し違っているかと思います」
声の主は、山本嘉位だった。突然教室に入ってきた、その声は教室全体に響き渡った。先生も生徒たちも、一斉に「かい」の方を振り向く。
先生は少し顔を曇らせながら、「山本くん、どこが間違っているというのかな?」と問いかけた。
「かい」は落ち着いた様子で進み、黒板に近づくと、先生が書いた数式の隣に、さらさらと正しい数式を書き始めた。そして、その数式が正しい理由と、先生の数式が間違っている理由を、分かりやすく説明し始めた。その説明は論理的で明快であり、数学に疎い香織にも理解できるほどだった。
教室は静まり返り、生徒たちは皆、「かい」の言葉に聞き入っている。先生も、最初は不快そうな顔をしていたが、「かい」の説明を聞くにつれて、真剣な表情に変わっていった。
「…なるほど。君の言う通りだ。私が間違っていた。ありがとう、山本くん」先生は素直に自分の間違いを認め、「かい」に礼を言った。
「いえ、とんでもございません。ただ、少し気になったものですから」
「かい」は廊下へ出て2号館へ、何事もなかったかのように体育館に向かう。しかし、教室の空気は完全に変わっていた。生徒たちは皆、「かい」の異端ぶりに驚き、そして感心していた。
(すごい…)
香織は「かい」の姿を呆然と見つめていた。教科書の内容について先生の間違いを指摘するなんて、普通できることではない。しかも、あれだけ分かりやすく説明するなんて。彼の才能を目の当たりにし、香織は改めて自分がどれほど平凡な存在であるかを思い知らされた。
授業中、生徒たちの視線は時折廊下にいる「かい」に集まる。彼の存在感は、教室のどこにいても際立っていた。地味な香織とは、あまりにもかけ離れた存在。昨日の夕方、彼が自分に興味があるような言葉をかけてくれたことが、まるで夢のように感じられた。
休み時間になると、廊下にいた「かい」の周りにはすぐに人だかりができた。生徒たちが彼に話しかけ、今日の数学の授業の件について質問したり、感心したりしている。香織は、その光景を少し離れた場所から眺めるしかなかった。彼の世界は、あまりにも遠すぎる。
(やっぱり、私なんかとは住む世界が違うんだ…)
昨日の期待が、急速にしぼんでいくのを感じた。彼は、ただの気まぐれで自分に声をかけただけなのかもしれない。異端児と呼ばれる彼の、予測不能な行動の一つに過ぎないのかもしれない。
しかし、そんな香織の心を揺さぶる出来事が、午後の授業で起こった。それは、八重が「かい」に対して放った、ある一言だった。