第八十九話:ライバルたちの影と見えない壁
山本嘉位が海外へ行ってしまってから、学校では、蓬田香織と彼の関係について、様々な憶測が飛び交っていた。彼の席は空席のままだ。彼は、もう学校に戻ってこないのだろうか。それとも、しばらくしたら戻ってくるのだろうか。
香織は、周りの生徒たちの視線や、ひそひそ話に、常に不安を感じていた。特に、桜井さんや佐伯麗華からの視線は、香織を不安にさせた。二人は、彼が海外に行ったことを知っているのだろうか。そして、二人の関係が終わったと思っているのだろうか。
ある日の昼休み、香織が八重と一緒に食堂で昼食を食べていると、桜井さんと佐伯さんが、香織たちの近くのテーブルに座った。二人は、意図的に聞こえるように、香織たちの悪口を言い始めた。
「ねぇ、聞いた? あの地味な子と山本君、やっぱり別れたらしいよ」桜井さんが、嘲るような口調で言った。
「あら、そうなんですか? ふふ、嘉位様が、あんな方と長続きするわけないですわ」佐伯さんが、冷たい声で答える。
その言葉に、香織の心臓が締め付けられるような痛みを感じた。別れた。彼女たちは、そう思っている。そして、それを喜んでいる。
八重は、怒りに震えていた。「なに言ってんのよ、あいつら!」
八重は、立ち上がって反論しようとしたが、香織は八重の手を掴み、首を横に振った。ここで騒いでも、状況を悪化させるだけだ。
桜井さんと佐伯さんは、香織たちの様子を見て、満足そうに微笑んだ。彼女たちの目的は、香織を傷つけること。そして、二人の関係が終わったことを、周りに知らしめることなのだ。
放課後になり、香織は裏門で「かい」に会うことも、メッセージを送ることもできない。彼の世界は、香織には見えない、閉ざされた扉の向こうにある。
香織は、手に握りしめたキーホルダーをそっと触った。小さなスマートフォンの形。そして、四つの「i」。彼の声が録音された、あの特別なアイテム。そして、千佳からのメッセージ。それだけが、彼との繋がりを示す、唯一の証だ。
不安は尽きない。彼は、遠い国で、困難な状況に置かれている。そして、周りには、彼との別れを喜び、香織を貶めようとするライバルたちがいる。
しかし、香織は、彼の声を聞けたこと。そして、彼が香織のことを諦めていないと、千佳を通して伝えてくれたこと。それを信じている。
ライバルたちの攻撃は、香織の心を傷つける。しかし、それは、香織の彼への想いを、さらに強くするものだった。困難な状況の中で、彼の愛を信じ、彼の帰りを待つ。それが、今の香織にできることなのだ。
波乱は、まだ続いている。ライバルたちの影が、香織の周りを付きまとう。そして、彼との間に立ちはだかる、見えない壁。しかし、香織は、彼との再会を信じ、希望の灯火を消さない。




