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第八十八話:キーホルダーの温もりと千佳の影

山本嘉位やまもと かいが海外へ行ってしまってから、数週間が経った。蓬田香織よもぎだ かおりは、彼の声が録音されたキーホルダーを肌身離さず持っていた。彼の声を聞くたびに、彼の存在を近くに感じることができた。それは、香織にとって、暗闇の中の一筋の光だった。


学校では、彼の席は、空席のままだった。彼の姿がないことに、香織は寂しさを感じながらも、彼の無事を祈っていた。彼が今、遠い異国の地で、困難な状況の中で、どうしているのだろうか。婚約者と一緒に。


かえでからのメッセージ以来、彼女からの連絡はなかった。しかし、香織は、楓が二人の関係を終わらせるために、どんな手段を使ってくるか分からないという不安を常に抱えていた。


ある日の放課後、香織は八重やえと一緒に、彼の家の近くの公園に来ていた。もしかしたら、千佳ちかに会えるかもしれない。あるいは、何か、彼の状況を知る手がかりが見つかるかもしれない。


公園のベンチに座り、香織はぼんやりと彼の家の方を見ていた。高い塀に囲まれた、立派なお屋敷。そこは、香織にとって、遠い世界のように感じられた。


どれくらいの時間が経っただろうか。香織が諦めて帰ろうとしたその時、公園の入口に、見慣れた人物の姿を見つけた。猿飛千佳さるとび ちかだった。


香織は、思わず立ち上がった。千佳は、香織に気づくと、こちらに向かって歩いてきた。


「蓬田様」千佳は、香織に優しく微笑みかけた。

「あ、あの…千佳さん…」香織は緊張しながら、千佳の顔を見た。


「御坊ちゃまのこと…ご心配でいらっしゃいますね」千佳は静かに言った。

「はい…山本君…大丈夫なんですか…?」


千佳は、香織の心配に、静かに答えた。


「御坊ちゃまは…お元気でいらっしゃいます。しかし…まだ…ご家族の方によって…厳しく管理されておられまして…外部との連絡も…難しい状況でございます」


千佳の言葉に、香織は胸が締め付けられるような痛みを感じた。彼は、遠い国でも、まだ檻の中にいるのだろうか。外部との連絡も難しい。


「でも…御坊ちゃまは…蓬田様のことを…決して、忘れてはおられません」千佳は、そう言うと、香織の手を取り、香織の手に、何かを握らせた。


それは、小さな、折りたたまれた紙だった。


「これは…?」香織は驚いた。


「御坊ちゃまからの…お伝言でございます」千佳は静かに言った。「無理に…お時間を作って…私に、お渡しくださったものでございます」


「かい」からの伝言。香織は、期待と不安が入り混じり、紙を握りしめた。千佳は、香織に会釈をすると、静かに公園を出て行った。


香織は、公園のベンチに座り、八重が傍にいることを確認し、紙を開いた。そこには、「かい」の、聞き慣れた筆跡で、短いメッセージが書かれていた。


「蓬田さんへ。元気にしてる? 今、連絡が難しい状況だけど、君のこと、いつも思ってるよ。必ずまた連絡する。待ってて。嘉位より」


彼のメッセージを読みながら、香織の目から涙が溢れ出した。短いメッセージ。しかし、そこには、香織を思う彼の気持ちと、必ずまた連絡するという約束が込められていた。


彼は、遠い国でも、困難な状況でも、香織のことを思ってくれている。そして、千佳を通して、香織にメッセージを伝えてくれた。それは、彼との繋がりが、まだ途切れていない証拠だ。


八重は、香織の様子を見て、優しく香織の背中をさすってくれた。


夏の終わり。秋の始まり。彼のいない寂しさはあるけれど、「かい」からのメッセージは、香織に、未来への希望を与えてくれた。彼のただ一人の光である香織は、彼の帰りを信じて待つ。そして、彼が困難な状況を乗り越えて、再び彼と会える日が来ることを願っている。


波乱は、まだ続いている。しかし、香織の心には、彼への愛と、彼との再会への希望が、強く灯っていた。

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