第八十四話:届かない声と迫る夏
山本嘉位からの電話が途切れて以来、蓬田香織は、彼からの連絡を待っていた。しかし、何日経っても、彼からの連絡はなかった。メッセージも、電話も。まるで、彼の世界から完全に閉め出されてしまったかのようだ。
夏の海辺への旅行まで、あと数日。彼と二人きりで行くはずだった、大切な時間。それが、彼の家の事情によって、開催が危ぶまれている。不安と絶望が、香織の心を支配する。
学校でも、彼の姿を見かけることはなかった。彼の席は、空席のままだった。彼は、まだ学校を休んでいるのだろうか。それとも、父親によって外出を禁じられているのだろうか。彼の安否が心配で、香織は夜も眠ることができなかった。
八重は、香織の様子を見て、心配そうにしていた。
「かおり、大丈夫? 山本嘉位から、まだ連絡ないの?」八重が優しく尋ねる。
「うん…全然…」香織は、力なく答えた。
八重は、香織の手を優しく握った。
「山本嘉位、何か家のことで大変なことになってるのかな…」八重が心配そうに呟く。
香織も、そう思っていた。彼の父親の怒鳴り声。彼の家の事情が緊迫しているという噂。すべてが、彼が今、困難な状況に置かれていることを示唆していた。
夏の海辺への旅行の計画は、どうなるのだろうか。彼は、本当に来られないのだろうか。約束は果たされないのだろうか。
香織は、旅行の準備をしていた荷物を見た。水着、サンダル、日焼け止め。それらが、香織に夏の海辺での彼との時間を想像させる。しかし、その想像は、不安によってかき消されてしまう。
もう一度、彼に連絡してみるべきだろうか。しかし、彼の父親が傍にいるかもしれない。迂闊な連絡は、彼をさらに危険な状況に追い込んでしまうかもしれない。
香織は、無力感に打ちひしがれていた。彼のために、何もできない。ただ、彼からの連絡を待つことしかできない。
夏休みが始まった。そして、夏の海辺への旅行当日を迎えた。香織は、約束の場所に行くべきかどうか迷った。もし、彼が来られなかったら…一人で、そこで待つのは、あまりにも辛い。
しかし、もし、彼が来るかもしれない。困難な状況の中でも、約束を果たそうと、来てくれるかもしれない。そう思うと、香織は、約束の場所へ行くべきだと強く思った。
八重は、香織の気持ちを理解していた。
「かおり、もし、不安だったら、私、一緒にいてあげるよ。約束の場所まで」八重が優しく言った。
「ありがとう、八重…」
香織は、八重の優しさに、心が温かくなるのを感じた。八重がいてくれるだけで、心強い。
約束の場所は、駅だった。そこから、海辺へ向かう電車に乗る予定だった。香織は、八重と一緒に駅の改札の前で待った。
時間は刻々と過ぎていく。約束の時間は過ぎてしまった。しかし、彼の姿は現れない。
不安が、香織の心を再び支配する。やはり、彼は来られなかったのだろうか。
八重は、何も言わずに香織の傍に立っていた。香織は、彼の姿を探し続けた。しかし、人々の流れの中に、彼の姿を見つけることはできなかった。
夏の海辺への約束は、果たされなかったのだろうか。二人の愛は、彼の家の事情によって、引き裂かれてしまうのだろうか。
香織の目から、涙が溢れそうになる。その時、香織のスマートフォンの画面に、メッセージの通知が表示された。差出人は、見慣れない番号だった。
(誰だろう…?)
香織は、恐る恐るメッセージを開いた。そして、そこに書かれている内容を見て、香織の心臓はドクドクと鳴り始めた。




