第七十七話:嵐の前の決意
山本楓からの脅迫めいた手紙と、山本嘉位の家の事情が緊迫しているという噂。蓬田香織の心には、不安と恐怖が渦巻いていた。夏の海辺への期待は高まるけれど、その光が、すぐそこまで迫っている波乱によって消し去られてしまうのではないかという予感。
放課後、いつもの裏門で「かい」に会った時、香織は楓からの手紙のことを彼に話した。「かい」は手紙を見て、怒りに震えていた。そして、香織の手を取り、優しく握りしめた。
「ごめんね、蓬田さん。僕のせいで…楓が、こんなことを…」
「かい」は、楓にきちんと話すと言ってくれた。そして、香織に、何も心配しないでほしいと言ってくれた。しかし、香織の心には、不安が残る。楓は、簡単には諦めないだろう。
さらに、「かい」の家の事情が緊迫しているという噂を聞いたことも、「かい」に伝えた。「かい」は、香織の話を聞いて、少しだけ苦しそうな表情になった。
「…家のこと…少し、バタバタしてるんだ…婚約者のこととか…色々…」
彼の言葉は歯切れが悪かったが、香織は、彼が抱えている問題の大きさを感じ取った。彼の家の存続に関わる、重要なこと。そして、それは、彼の意志だけではどうすることもできないことなのだろう。
「でも…」と「かい」は香織の手を強く握りしめた。「どんなことがあっても、蓬田さんとの約束は守る。夏の海辺に、絶対に行こう」
彼の真剣な言葉に、香織の心臓が温かくなる。不安は消えないけれど、彼が一緒に乗り越えていこうと言ってくれるなら。
「だから、蓬田さん。怖がらないでほしい。僕の傍にいてほしいんだ。どんな困難も、二人で乗り越えていこう」
彼の言葉は、香織の心に深く響いた。この嵐の中で、彼が一緒に乗り越えていこうと言ってくれる。それは、香織にとって、何よりも心強いことだった。
「…はい…」香織は、頷くのが精一杯だった。
夏の海辺への期待感は、高まるばかりだった。彼と二人きりで過ごす時間。それは、香織にとって、初めての、そして特別な体験になるだろう。そして、それは、二人の愛が、新しい段階へと進む、大きな一歩になるのかもしれない。
しかし、その光の影には、迫りくる波乱の予感があった。楓の存在、桜井さんと佐伯さん、そして彼の家の事情。すべてが、夏の海辺への道のりを、険しいものにしている。
夏休み前の、最後の週末。香織は八重と一緒に、海辺への旅行の準備をしていた。水着、サンダル、日焼け止め。すべてが、香織に夏の海辺での彼との時間を想像させる。
「ねぇ、かおり、本当に大丈夫? あの山本嘉位の家のこととか、妹のこととか…」八重が心配そうに尋ねる。
「うん…大丈夫…だと思う…」香織は曖昧に答える。大丈夫ではないけれど、八重に心配をかけたくなかった。
八重は、香織の様子がいつもと違うことに気づいていたが、それ以上は追及しなかった。ただ、香織の隣で、黙って荷造りを手伝ってくれた。その優しさが、香織の心を温かくする。
夏の海辺への期待と、波乱への不安。二つの感情が、香織の心の中で交錯する。夏の扉は、すぐそこまで開いている。そして、その扉の向こうには、光と影、そして、二人の愛を試す、大きな波乱が待ち受けているだろう。




