第七十一話:夏の予感と波乱の序曲
山本嘉位の家での夜の密会で、夏の海辺での「大人の関係」へと進むことを誓った蓬田香織。彼の言葉と温かい抱擁は、香織の心を、期待と、そして少しの緊張で満たしていた。
彼の家を出て、送迎車で送ってもらう帰り道。車窓から流れる夜景を見ながら、香織は夏の海辺でのことを想像していた。彼と二人きりで過ごす時間。それは、香織にとって初めての、そして特別な体験になるだろう。
家に帰り着き、自分の部屋に入った香織は、ベッドに倒れ込んだ。心臓がドキドキと鳴っている。夏の海辺。彼との「大人の関係」。
不安は尽きない。しかし、彼への愛おしい気持ちと、彼をもっと知りたい、彼に自分のすべてを委ねたいという気持ちが、香織の心の中で大きくなっていた。
翌日から、学校生活に戻ると、香織と「かい」の間には、以前よりも強い繋がりが生まれたように感じられた。周りの目を気にしながらも、視線が合うと、お互いに微笑み合う。それは、二人にしか分からない、秘密の合図だ。
桜井さんや、転校生の佐伯さんといったライバルたちの存在は、相変わらず香織を不安にさせる。しかし、香織は、彼の言葉を信じている。彼が好きなのは、自分だけだと。そして、夏の海辺での約束。それは、香織にとって、彼との関係が本物であることの証のように感じられた。
夏休みが近づいてくるにつれて、香織の心臓はドキドキと鳴り始めた。夏の海辺。彼と二人きり。それは、香織の人生にとって、大きな転換点になるだろう。
しかし、そんな香織の期待とは裏腹に、新たな波乱の兆候が見え始めていた。
ある日の放課後、香織が八重と話していると、佐伯麗華が二人に近づいてきた。佐伯さんは、香織に冷たい視線を向けながら言った。
「蓬田香織さん? 嘉位様と、親しくしていらっしゃるそうね?」
佐伯さんの言葉に、香織は戸惑った。なぜ、佐伯さんが二人の関係を知っているのだろうか。
「…あの…お友達…ですけど…」香織は、震える声で答える。
「お友達、ですか。ふふ、面白いですわね」佐伯さんは、香織の周りを回りながら、香織を値踏みするように見る。「嘉位様には、もうすぐ、ふさわしい方がいらっしゃるのに。あなたのような方が、嘉位様の邪魔をするのは、嘉位様のためにならないわ」
その言葉は、以前楓から言われた言葉と似ていた。そして、それは、香織に明確な警告を突きつけていた。
佐伯さんは、香織に冷たい視線を投げかけ、何も言わずに立ち去っていった。香織は、その場に一人残され、佐伯さんの言葉の意味を理解しようとしていた。彼女もまた、楓と同じように、二人の関係を邪魔しようとしている。
さらに、別の日の放課後、香織は学校の廊下で、桜井さんと佐伯さんが話しているのを偶然耳にした。
「ねぇ、麗華。聞いたんだけど、あの地味な子と山本君、なんか怪しいらしいよ?」桜井さんが佐伯さんに話している。
「あら、そうなんですか? ふふ、嘉位様も、面白い方ですわね」佐伯さんが冷たい声で答える。
二人の会話を聞いて、香織の心臓が冷たくなった。二人の関係は、クラスメイトたちの間で噂になり始めているのだろうか。そして、桜井さんと佐伯さんが、手を組んで二人の関係を壊そうとしているのだろうか。
波乱は、すでに始まっている。それは、香織が想像していたよりも、ずっと大きなものになる予感。そして、その波乱は、夏の海辺での約束を、揺るがしかねないものだった。
夏の予感は、甘いだけではない。それは、波乱の序曲を奏で始めていた。二人の愛は、この波乱を乗り越えられるのだろうか。夏の海辺への道のりは、険しいものになるかもしれない。
(つづく)




