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第六十五話:それぞれの苦悩と再会への兆し

蓬田香織よもぎだ かおりは、街で偶然遭遇した山本楓やまもと かえでから浴びせられた言葉に、心が深く傷ついていた。彼は、もう自分のことを気に留めていない。諦めて、自分の世界に戻るべきだ。楓の言葉が、香織の心に重くのしかかる。


学校でも、彼の姿を見ることはなかった。彼は、まだ学校を休んでいるのだろうか。それとも、本当に香織のことを諦めてしまったのだろうか。彼の姿がないことに、香織は安心する一方で、寂しさも感じていた。


一方、山本嘉位やまもと かいもまた、苦悩の日々を送っていた。香織に「無理です」と告げられ、彼の心は深い絶望に沈んでいた。彼女の涙、そして、彼から離れていく後ろ姿。すべてが、彼の心を締め付ける。


学校を休んでいたのは、香織に会うのが辛かったからだ。彼女に会えば、またあの時のことが蘇ってしまう。そして、彼女に許してもらえないかもしれないという恐れ。


自室に閉じこもり、何も手につかない日々を送っていた「かい」の元へ、妹の楓がやってきた。楓は、兄の憔悴した様子を見て、どこか満足そうな表情を浮かべていた。


「お兄様。お元気でいらっしゃいませんわね」楓は、甘えた声で「かい」に近づいた。


「…楓…」と「かい」は掠れた声で言う。


「ふふ、お兄様。あの地味な方とのこと、もう終わりになさったのかしら?」楓は、香織のことを「地味な方」と呼び、嘲るような口調で尋ねた。


「かい」は、楓の言葉に苛立ちを感じた。彼は、楓の顔を真っ直ぐ見つめ、毅然とした声で言った。


「楓。蓬田さんのことを、そんな風に言うな」


楓は、「かい」の言葉に一瞬だけ怯んだようだったが、すぐに冷たい微笑みを浮かべた。


「あら、まだ気にしていらっしゃるの? お兄様。あの方よりも、もっとお兄様にふさわしい方がいらっしゃるというのに」


楓は、彼の婚約者のことを言っているのだろう。


「かい」は、楓の言葉に反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。彼の婚約者のこと。それは、彼自身も、どうすることもできない、彼の家の事情に関わることなのだ。


「ねぇ、お兄様。もう、あの方のことは諦めて、お兄様にはお兄様にふさわしい方がいらっしゃることを、認められた方がよろしいわ」


楓は、そう言って、「かい」の頬にそっと触れた。その手は冷たく、香織の頬に触れた彼の温かい手とは全く違っていた。


楓が部屋を出て行った後、「かい」は一人、深くため息をついた。楓の言葉は、彼の心をさらに追い詰める。婚約者のこと。家のこと。そして、香織のこと。すべてが、彼にとって、重荷となっていた。


しかし、千佳ちかの言葉を思い出す。香織は、彼のただ一人の光なのだ。その光を失ってはならない。


彼は、香織に、もう一度会って、きちんと話したいと思った。彼女に、彼の本当の気持ちを伝えたい。婚約者のこと、そして、それでも彼がどれだけ彼女を愛しているのかを。


彼は、スマートフォンを取り出し、香織とのトーク画面を開いた。最後にメッセージを送ったのは、あの日の夜だ。香織からの返信はない。


しかし、彼は、諦めなかった。香織に、もう一度連絡してみよう。彼の言葉が、彼女の心に届くかもしれない。


彼は、震える指で、メッセージを入力し始めた。それは、彼の心からの願いを込めたメッセージだった。


一方、香織もまた、苦悩していた。楓の言葉が、頭から離れない。彼は、本当に自分を諦めてしまったのだろうか。


その日の夜、香織のスマートフォンが鳴った。差出人は、「山本嘉位」。


彼の名前を見た瞬間、香織の心臓は大きく跳ねた。彼から連絡が来た。それは、彼がまだ香織のことを諦めていない証なのだろうか。


香織は、少し迷ってから、彼のメッセージを開いた。そこには、彼の心からの願いが込められたメッセージが書かれていた。


「蓬田さん。お願いだ。もう一度だけ、会ってくれないか。話したいことがあるんだ。君に伝えたいことがあるんだ」


彼のメッセージを読みながら、香織の目から涙が溢れ出した。彼は、まだ香織のことを諦めていなかった。そして、香織に会って、話したいと言ってくれている。


会うべきだろうか。彼の言葉を聞けば、また傷ついてしまうかもしれない。しかし、このままでは、何も解決しない。


香織は、少し迷ってから、彼に返信することにした。それは、彼の言葉に耳を傾けるという、香織なりの決意だった。


二人の物語は、まだ終わっていない。そして、再会への兆しが見え始めた。しかし、その先には、さらに大きな波乱が待ち受けているだろう。


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