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第六十一話:涙の選択と新たな波乱の予感

公園のベンチで、山本嘉位やまもと かいから婚約者のこと、そして彼の家の複雑な事情について話を聞いた蓬田香織よもぎだ かおりは、言葉を失っていた。「婚約者がいるという事実を、一緒に乗り越えてくれないか?」彼の言葉は、香織の心臓を締め付けた。


隣に座っている八重やえは、何も言わずに香織の背中をさすってくれている。その優しさが、香織の心を少しだけ落ち着かせる。


「かい」は、香織の返事を待っている。彼の顔には、苦しみと、そして香織への切実な願いが浮かんでいる。


(どうすれば…)


彼の言葉を信じたい。彼の苦しみも理解できる。しかし、婚約者がいるという事実。それは、香織にとって、あまりにも重すぎた。自分自身が傷つくこと。そして、彼を傷つけてしまうかもしれないこと。


香織の目から、涙が溢れ出した。止まらない。


「蓬田さん…」と「かい」が心配そうに声をかける。


香織は、涙を拭いながら、震える声で言った。


「…ごめんなさい…私には…無理です…」


「かい」の顔から、血の気が引いた。彼の瞳に、絶望の色が浮かぶ。


「無理…?」


「…はい…山本君のことは…好きです…でも…婚約者の方がいるのに…私…そんなことは…」


香織は、それ以上言葉を続けることができなかった。声が震えて、何も言えなくなる。


「かい」は、香織の言葉を聞いて、苦しそうな表情で俯いた。彼の肩が、小さく震えている。


八重は、静かに二人の様子を見守っていた。そして、香織の手に、そっと自分の手を重ねた。


沈黙が流れる。夕日は完全に沈み、空は茜色から藍色へと変わっていく。


やがて、「かい」は顔を上げた。その瞳には、涙が浮かんでいた。


「…そっか…ごめん…無理を言って…」


「かい」の声は、掠れていた。彼は、香織の手から、そっと自分の手を離した。


その瞬間、香織の心の中に、大きな穴が開いたような感覚がした。彼の温もりが離れていく。そして、彼との関係が、今、終わろうとしている。


「僕…山本家と…婚約者のために…やらなければならないことがある…だから…」


「かい」は、苦しそうな表情で香織を見た。


「だから…蓬田さんとは…もう…」


彼の言葉を聞くのが怖かった。香織は、思わず耳を塞いだ。


「…ごめん…」


「かい」は、そう言って、ベンチから立ち上がった。そして、香織に背を向け、公園を出て行った。


香織は、彼の後ろ姿を、涙で滲んだ視界で見送ることしかできなかった。彼の背中は、遠ざかるにつれて、小さくなっていく。


八重は、香織の隣に座ったまま、何も言わずに香織の背中をさすってくれた。


公園に、静寂が戻る。虫の音だけが聞こえる。


香織は、ベンチに座ったまま、泣き続けた。彼との関係が終わってしまった。婚約者のいる彼との、危険な関係を続ける勇気が、香織にはなかった。


しかし、彼の苦しそうな顔、涙。そして、彼の言葉に隠された、言いたくても言えない何か。それは、香織の心に、深く刻み込まれた。


この別れは、香織にとって、そして「かい」にとって、どのような意味を持つのだろうか。二人の物語は、ここで終わってしまうのだろうか。それとも、この別れが、新たな波乱の始まりとなるのだろうか。


夜空には、星が瞬いている。しかし、香織の心は、深い闇の中に沈んでいた。夏の海辺への約束は、遠い夢となって消えてしまった。


(つづく)

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