第六話:学校帰り・・・八重に告げる
一日が終わり、放課後の喧騒が学校を包み込む。蓬田香織は、ぐったりとしながらも、今日の出来事を反芻していた。朝、「かい」と一緒に登校したこと、そして彼から改めて謝罪と食事の誘いを受けたこと。結局、明確な返事はできなかったが、「考えておきます」と言ってしまった手前、どうするべきか悩んでいた。
八重と一緒に教室を出て、昇降口へ向かう。八重はバスケ部の練習について熱心に話しているが、香織は上の空だった。
「…でさー、あの新入りの子、結構やるじゃん?身長もあるし、将来有望かも!」八重は楽しそうに話すが、香織の反応が薄いことに気づいたようだ。「かおり?どうした?なんかぼーっとしてない?」
「あ、ううん、なんでもないよ」香織は慌てて誤魔化す。
「絶対なんかあったでしょー?朝から変だよ。顔も赤いし」八重は香織の顔を覗き込む。隠し通せないな、と思った香織は、意を決して八重に昨日と今日の出来事を打ち明けることにした。
「実はね、昨日、入学式の時に…」香織は、山本嘉位にぶつかったこと、胸を触られたこと、平手打ちをしてしまったこと、連絡先を交換したこと、そして今朝一緒に登校し、食事に誘われたことまで、包み隠さず話した。
話を聞き終えた八重は、目を丸くして絶句していた。そして、しばらくの沈黙の後、突然大声で笑い始めた。
「ぷはっ! なにそれ! 漫画みたいじゃん! あのクールビューティーで有名な山本嘉位が、かおりに平手打ちされるとか! しかも、胸鷲掴みって!」
「ちょっ、八重!笑わないでよ!」香織は顔をさらに赤らめながら、八重の口を塞ごうとする。
「ごめんごめん!でも、マジかー。あの山本嘉位がねぇ…しかも、かおりに。これはあれだね、運命だね!」八重は面白がってニヤニヤしている。
「運命なわけないでしょ! ただの事故だし、最悪の出会いだよ!」
「でもさ、あんな山本嘉位が、よりによって地味で内気なかおりに、そこまで食いつくなんて、絶対なんかあるって! かおりの何かに、ピンと来たんだよ、彼は!」八重は興奮気味に香織の肩を掴んで揺さぶる。
「私の何か、って…」香織は首を傾げる。自分には、彼の気を引くような特別なものなんて何もないはずだ。
「それは、かおりが気づいてないだけだって! あの山本嘉位が、他のキラキラした女子には目もくれず、かおりに夢中になるなんて…! これはもう、かおりは『ユニークアイテムな女子』ってことだよ!」八重は力説する。
ユニークアイテムな女子。その言葉が、香織の心にストンと落ちた。もしかしたら、八重の言う通りなのかもしれない。自分では気づかない、何か特別なものを彼は見つけたのだろうか。
「で、どうするの? 食事の誘い、受けるの?」八重が真剣な顔で尋ねる。
香織は悩んだ。正直、怖い気持ちもあった。彼の世界のスピードについていける自信もない。でも、少しだけ、ほんの少しだけ、好奇心も湧いていた。あの山本嘉位という人間が、自分に何を求めているのか知りたい。
「…考えてみる」香織はそう答えるのが精一杯だった。
昇降口を出ると、またしても「かい」が待っていた。今度は一人だ。香織と八重に気づくと、軽く手を上げて近づいてくる。
「蓬田さん、八重さんも。帰り?」
「うっす、お先にっす!」八重は気さくに挨拶する。
「かい」は香織に向き直り、「あの、さっきの話なんだけど…」「あー! ちょっと俺、腹減ったから購買寄ってくわ! かおり、また明日なー!」八重は絶妙なタイミングで香織の背中を押すと、足早に購買部の方へ走っていってしまった。
香織は八重の粋な計らいに感謝しつつも、二人きりになってしまいドギマギする。「かい」は香織の様子を見て、苦笑いを浮かべた。「気を使わせちゃったみたいだね。ごめん」
「い、いえ…」
「改めてなんだけど、どうかな? ご迷惑じゃなかったら、いつか一緒にご飯、どうかな?」
真剣な瞳で見つめられ、香織はもう逃げられなかった。それに、少しだけ、このまま彼と話してみたいという気持ちも芽生えていた。
「…あの、もしよければ…」香織は小さな声で言った。
「やった!」と「かい」は嬉しそうに笑った。その笑顔が、香織の心に温かい火を灯した。