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第五十五話:逃避行と深まる愛

山本楓やまもと かえでからの脅迫めいたメッセージを受け取った蓬田香織よもぎだ かおりは、不安と恐怖で胸がいっぱいだった。楓は、二人の関係に気づいており、それを壊そうとしている。そして、「かい」には婚約者がいるという、衝撃的な事実。


放課後、いつもの待ち合わせ場所で「かい」に会った時、香織は楓のことを話すべきかどうか迷った。彼の婚約者のことも。しかし、楓からのメッセージを思い出し、彼に迷惑をかけたくないという気持ちが勝った。


「蓬田さん! どうしたの? 顔色が悪いよ?」


「かい」は香織の顔を見て、心配そうに尋ねた。香織は、無理に笑顔を作った。「う、ううん…なんでもない…ちょっと、疲れただけ…」


「かい」は香織の手を取り、優しく握りしめた。彼の温かい手に、香織の心は少しだけ安らぐ。


「ねぇ、今日はさ…どこか、遠くに行こうか」


「かい」は、香織の様子を見て、何かを察したのだろうか。いつもとは違う、どこか逃避行のような誘いだった。


「…遠く…?」香織は戸惑う。

「うん。誰もいない場所。二人きりになれる場所」


彼の言葉に、香織の心臓がドキドキと鳴る。誰もいない場所。二人きり。それは、楓や他のライバルたちから離れて、彼と二人だけの時間を過ごせるということだ。


「…はい…行きたいです…」香織は、顔を赤らめながら答えた。


「ありがとう!」


「かい」は嬉しそうに微笑むと、香織の手を引いて学校を出た。行き先は聞かされなかった。ただ、彼と一緒に、どこか遠くへ行ける。それだけで、香織の心は満たされた。


電車を乗り継ぎ、バスに揺られ、二人がたどり着いたのは、海が見える小さな丘だった。そこには、誰もいない。ただ、青い海と、白い砂浜、そして、心地よい風だけが広がっている。


「わぁ…綺麗…」香織は、目の前に広がる景色に、思わず声を上げた。


「秘密の場所だよ。僕が、一人になりたい時に来る場所」と「かい」は優しく微笑んだ。


二人は丘の上に座り、海を眺めた。潮風が、香織の髪を優しく揺らす。水平線の向こうには、夕日が沈もうとしている。空の色が、オレンジ色から紫色へと変わっていく。


「ねぇ、蓬田さん。ここでなら、誰にも邪魔されずに、ゆっくり話せるね」


「かい」の声は、どこか安堵しているようだった。彼は、香織の手を取り、指を絡ませる。


「…あのね…」香織は、勇気を出して、今日の午後に学校で楓に会ったこと、そして楓から言われたこと、そして楓からのメッセージのことを話そうか迷った。しかし、彼の安堵した顔を見ていると、この穏やかな時間を壊したくないと思ってしまう。婚約者のこと。それは、いつか彼から直接聞きたいと思った。


「かい」は、香織の言葉を待つ。香織は、少し迷ってから、別のことを話すことにした。


「…あの…山本君と、ここにいられて…すごく、幸せです…」


素直な気持ちを伝えると、「かい」は香織を優しく抱きしめた。


「僕もだよ。蓬田さんと一緒にいられて、すごく幸せだ」


夕日が沈み、空が茜色に染まる。二人の間には、言葉は必要なかった。ただ、互いの体温を感じ、海の音を聞きながら、抱きしめ合っていた。


やがて、空が暗くなり、星が瞬き始めた。二人は、丘を下りて、海辺を歩いた。波の音が、二人の心を癒してくれるようだった。


「ねぇ、蓬田さん。この夏、一緒に、海に行かない?」


「かい」の突然の誘いに、香織は驚いた。海。夏。


「…えっと…」香織は戸惑う。

「修学旅行中、海が見えるって言ってたけど、ちゃんとした海じゃなかったから。この夏、二人で、綺麗な海に行こう?」


彼の言葉に、香織の心臓がドキドキと鳴る。夏の海。彼と二人きり。それは、香織にとって、初めての、そして特別な体験になるだろう。そして、それは、もしかしたら、「大人の関係」へと進む、一歩になるのかもしれない。


「…はい…行きたいです…」香織は顔を赤らめながら答えた。


「ありがとう!」


「かい」は嬉しそうに香織の手を握りしめた。夏の海辺。二人の間の距離は、急速に縮まっていく予感。


夕食は、海辺の小さな食堂で食べた。新鮮な魚介類を使った料理は美味しかった。二人は、他愛のない話をしながら、楽しい時間を過ごした。


家に帰る途中、車の中で「かい」は香織の手を離さなかった。香織は、彼の温かい手に、安心感と、そして少しだけ期待を感じていた。


今日の逃避行は、香織にとって、楓からの脅迫や、婚約者のことによる不安を忘れさせてくれる、大切な時間だった。そして、夏の海辺への誘い。それは、二人の関係が、これからさらに深く、そして特別なものへと進んでいくことを予感させた。




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