第五十四話:楓の策略と予期せぬメッセージ
日常に戻った学校生活。蓬田香織は、山本嘉位との秘密の繋がりを胸に、日々を過ごしていた。学校では他人行儀に振る舞い、放課後や夜に、メッセージや電話で連絡を取り合う。それは、スリルがあり、そして彼への愛を深める時間だった。
しかし、彼の妹である山本楓は、二人の関係を静観してはいなかった。楓は、兄である「かい」が、自分以外の女性に心を寄せていることを決して許せない。特に、香織のような「地味な女の子」に。
ある日の午後、香織が学校の廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。
「蓬田香織さん?」
声の主は、山本楓だった。香織は驚いて立ち止まる。
楓は、香織の前に立ち、冷たい微笑みを浮かべた。その周りには、何人かの生徒たちが興味深そうに二人の様子を見ている。
「ごきげんよう。お兄様から、あなたのお話は伺っておりますわ」
「楓さん…」香織は緊張しながら、楓の言葉の真意を探る。
「お兄様ったら、あなたのことに夢中だそうで。ふふ、面白い方ですわね」楓は、香織の周りを回りながら、香織の全身を値踏みするように見る。
「…あの…」香織は言葉を探すが、何も出てこない。
「ねぇ、蓬田さん。あなた、お兄様とどんな関係なのかしら?」楓は、香織の顔に近づき、囁くように尋ねた。その声は、甘えているようにも聞こえるが、その瞳の奥には、明確な探るような光が宿っている。
香織は、二人の関係を他の生徒たちに知られたくなかった。しかし、楓に嘘をつくこともできない。
「…あの…お友達…です…」香織は、震える声で答えた。恋人だとは、どうしても言えなかった。
楓は、香織の答えを聞いて、フッと冷たく笑った。
「お友達…ですか。まあ、そうでしょうね。お兄様が、あなたのような方を、それ以上の関係にすることなんて、ありえないですもの」
その言葉に、香織の心臓が締め付けられる。ありえない。それは、楓の本心なのだろう。彼女にとって、香織は、兄の恋人になる資格などない存在なのだ。
「ねぇ、蓬田さん。忠告して差し上げますわ。お兄様は、あなたの知っているような方とは違うの。お兄様の世界に、あなたのような方が足を踏み入れては、危険な目に遭うかもしれませんわよ」
楓は、香織の耳元で囁くと、香織の肩をそっと叩いた。その手は、まるで香織を突き放すかのように、冷たかった。
「それから…」と楓は続けた。「お兄様には、もうすぐ、ふさわしい婚約者が決まる予定なんですの。あなたのような方が、お兄様の邪魔をするのは、お兄様のためにならないわ」
婚約者。その言葉に、香織は息を呑んだ。婚約者。それは、彼がもうすぐ他の人と結婚するということなのだろうか。
楓は、香織の顔色の変化を見て、満足そうに微笑んだ。そして、何事もなかったかのように、香織に背を向け、廊下を歩き去っていった。
その場に一人残された香織は、楓の言葉の意味を理解しようとしていた。婚約者。彼は、他の人と結婚する予定がある。それは、彼が自分に隠していたことなのだろうか。
不安と悲しみが、香織の心を支配する。彼を信じたい。でも、楓の言葉が、香織の心に深く突き刺さる。
その日の放課後、香織のスマートフォンに、見慣れない番号からメッセージが届いた。
「蓬田香織さんへ。楓です。今日の件、誰にも言わないでくださいね。お兄様に、迷惑がかかるといけませんから」
それは、楓からの、明確な脅迫めいたメッセージだった。香織の心臓が、ドクドクと鳴り始める。彼女は、本気だ。そして、これから、二人の関係を壊すために、どんな手段を使ってくるか分からない。
波乱は、すでに始まっている。そして、それは、香織が想像していたよりも、ずっと大きなものになる予感を、香織は感じていた。




