第四十七話:嵐の中の誓い
山本嘉位の家で、妹の山本楓に遭遇し、その敵意と彼を取り巻く世界の重さに圧倒された蓬田香織は、「怖い」と口にし、その場から逃げ出したい衝動に駆られていた。「私…やっぱり、山本君の世界にいるのが…怖くて…」震える声でそう告げる香織の手を、「かい」は強く握りしめた。
「蓬田さん…」彼の声は、苦しさと、そして香織を失いたくないという切実な響きを帯びていた。「ごめん…僕の世界に連れてきてしまって、怖い思いをさせてしまって…」
「かい」は、香織が抱えている不安や恐れを理解していた。彼の華やかな世界、彼の家族、そして特に楓の存在。それらが、香織にとってどれほど重荷になっているのかを。
「でも…怖がらないでほしいんだ。僕が、蓬田さんの傍にいるから。どんなことがあっても、僕が守るから」
「かい」は、香織の手を握ったまま、その手を自分の胸に当てた。香織は、彼の心臓の鼓動が、自分の手を通して伝わってくるのを感じた。強く、そして早く鳴る心臓の音。それは、彼の動揺と、香織への想いを物語っていた。
「僕の心臓の音、聞こえる? 今、こんなにも、蓬田さんのことでドキドキしてる」
「かい」は、香織の瞳を真っ直ぐ見つめた。その瞳には、迷いはなく、ただ香織への真摯な想いが宿っている。
「僕は、蓬田さんのことが大好きだ。この気持ちに、嘘はない。僕の世界が、君にとって怖いものだとしても、それでも、君と一緒にいたいんだ」
彼の言葉は、香織の心の奥深くまで響き渡る。怖くない、と言えば嘘になる。彼の世界は、香織にとってあまりにも未知数で、そして危険な香りがする。しかし、彼の真っ直ぐな想い、そして、どんなことがあっても守ってくれるという言葉。それが、香織の心を強く揺さぶった。
「蓬田さん…お願いだ。僕から離れていかないでほしい。僕と一緒に、この困難を乗り越えてほしい」
「かい」の声は、懇願するような響きがあった。普段の自信に満ち溢れた彼からは想像もできない、弱さを含んだ声。その声に、香織の心は締め付けられる。
楓の冷たい視線と言葉が、香織の脳裏に蘇る。「あなたのような、地味な女の子に、汚されてはいけないのよ」。その言葉の棘は、まだ香織の心に深く突き刺さっている。
しかし、それ以上に、「かい」の真剣な想い、そして、彼の心臓の鼓動が、香織の心を強く引きつけていた。彼は、この困難な状況の中で、自分を選んでくれた。自分と一緒にいたいと言ってくれた。
香織は、震える手で、彼の手に重ねて、彼の心臓に触れた。温かくて、そして力強い心臓の鼓動。それは、彼の命の音のように感じられた。
「…私…」香織は、言葉を探す。「私…山本君のことが…好きです…」
精一杯の勇気を振り絞って、香織は自分の気持ちを伝えた。「かい」の顔に、驚きと喜びの表情が浮かんだ。
「…本当に…?」
「…はい…だから…」香織は、彼の瞳を真っ直ぐ見つめ、「だから…山本君と一緒に…いたい…です…」
その言葉を聞くと、「かい」は、感極まったように香織を強く抱きしめた。彼の温かい腕の中で、香織は安堵し、そして、これから始まるであろう波乱に立ち向かう勇気をもらったような気がした。
「ありがとう、蓬田さん…! 本当にありがとう…! 嬉しい…!」
「かい」は香織の髪に顔をうずめ、深く息を吸い込んだ。彼の温かい吐息が、香織の首筋にかかる。
「どんなことがあっても、蓬田さんを守る。約束する。だから、安心して僕についてきてほしい」
彼の言葉は、まるで嵐の中で交わされた誓いのようだった。このお屋敷で、楓という嵐の中で、二人は、互いの気持ちを再確認し、共に困難を乗り越えていくことを誓ったのだ。
応接間の豪華な雰囲気も、楓の冷たい視線も、今はもう香織の心には響かない。ただ、彼の腕の中にいること、そして彼の心臓の音だけが、香織の世界を満たしていた。
この夜、山本嘉位のお屋敷で、蓬田香織は、彼の世界の光と影を垣間見た。そして、その光と影の中で、彼への愛を誓ったのだ。二人の物語は、これから、さらなる波乱を迎えることになるだろう。




